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再会した貴公子

 朝の目覚めは最高だった。

 時計を見たら昼の十二時を軽く回っていたが、こんなにも安全を堪能して目覚めたのは記憶を失ってから初めてだったと確信した。


「こうしてはいられない。」


 なぜだかとてもうきうきしている自分がいて、子供のようにベットから飛び降りた。


「いつっ。」


 爪先で起きた激痛に足元を見下ろすと、両足には包帯が巻かれていた。


「あ、そうだった。怪我をしていたんだ。」


 私は怪我の痛みを繰り返さないようにと、そろりそろりとゆっくりと身支度を始めることにした。

 見覚えが無いようで懐かしさを感じる部屋の作り置きのクローゼットの中にはたくさんの服が溢れており、しかしどの服も私のサイズでは無いのは確実であるのに、なぜだか服は全て自分の物だったとわかった。

 それに、室内の設備の使い方も判らないはずなのに、自分の体がしっかりとなぜか全てを覚えているのである。


 つまり、ここは私が住み慣れた自分の家のような所だという事だ。

 自然に顔が綻んだ。


「虐められはしないね。」


 私は包帯を巻いた両足を柔らかそうなスリッパに突っ込むと、当たり前のように台所を突撃するのだと階下に降りた。

 腹が空いたのだから仕方が無い。

 足に響かないように最初はそろそろと廊下を歩いていたが、そのうちに、結局タカタカと足音を立てて走り出した。


 走り出す足を止められなかった。

 足に感じる痛みよりも、私はこの家の廊下を走ることが嬉しくて堪らなかったのだ。

 そして食事室を目指して扉を開けると、そこには初めて会ったと思われる、一目で頬に血を昇らせるような男性が座っていた。


 秀でた額に整った目鼻立ち。

 けれども顔に痣があり、右手には指の欠損もある。


 なんと、この美しい男性は、竹ノ塚恭一郎に違いない。


 しかし彼は、食事室に飛び込んだ私の姿に、あ、の顔をして、そして呆然とした顔付きで椅子を立った。

 女性が室内に入ってきたら立ち上がる紳士のルールだが、第一印象から感じた凛とした雰囲気の人にしては、行動が普通だと思ってしまった。

 そのせいか、初対面の人に対して、ぞんざいな言葉が出てしまっていた。


「一々立ち上がらないでよ。それをされると好き勝手に部屋に出入りできない気がするじゃない。」


 私の乱暴で礼儀知らずな物言いに関わらず、恭一郎は懐かしいものに出会ったかのように破顔一笑だ。


 その顔は胸の奥が温かくなるように感じて、私はこの人を知っていたと実感するしかなかった。

 涼やかで印象的な彫りの深い目元は優しく微笑み、大き過ぎもしないが頑固そうにも見える形の良い鼻の下にある口元も完璧だ。

 また彼は少々痩せぎすだが、そこは別にかまわない。

 大柄過ぎるよりずっといい、と私は思った。

 和泉が大柄で、彼の影に私は脅えていたからであろうか。


 私は引き寄せられるようにして、立ち上がったままの彼の近くの椅子に勝手に座り込んでしまったのだが、立ったままの彼は私の為に椅子を引いて待っていたらしいと座ってから気が付いた。


「あ、そっちに!まあ!ごめんなさい。」


 彼は眉毛を上げて、解っていたような顔つきで微笑み、テーブルを挟んで私の前となる席に座った。

 つまり、私達は向かい合わせだ。

 恭一郎は食事は既に済んでいるようで、席を移動する時には彼が飲んでいたらしきコーヒカップまでも一緒に引っ越して来た。

 わぉ、私の分もカップも、いつの間に。


 気が利くどころか、私のカップのコーヒはミルクいっぱいのカフェオレになっているなんて!


「怪我の具合はどうだい?足の爪が剥がれているって聞いたけど。」


「痛いけど死なないし、大丈夫。それよりもご飯を食べないと死んじゃいそう。」


「あぁ、そうだね。そうだそうだ。」


 ハハハと気持ちの良い声で笑う恭一郎は立ち上がり、台所の方へ私の為に食事の用意を伝えに行った。


 なんて良い人だろう。

 七年前に彼ではなく和泉を選んだ自分が情けない。

 再び座りなおそうとする彼に、私は謝るべきだと感じた。


 どうしても私は彼に嫌われたくないと、私の奥底が強く願っているのである。

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