君は何をしようとしているのか
俺は純粋そうな振りをした悪たれの手元を見つめた。
そして、絶対の問い詰めねばならないと自分に言い聞かせてもいた。
目的がなければ爆竹を束にして強力にする必要はないだろう?と。
「絶対恭一郎には使わないから弄らないでね。怪我するほどのものではないし。」
最後の一個を作り終わったか、彼女はそれを小さな木箱に入れていく。
「あの蛇穴のところには二度と近付いちゃ駄目だよ。危ないから。それから、私が恭一郎を助けなかったのは、助けられないから。下手に私の手を握ってバランスを崩したら二人とも落ちちゃうよね。そんなの恭一郎の本意じゃないよね。」
果てしなくむかつく子供は、馬鹿な子供に教えるような口調で俺にクドクド言うと、またしても俺を残してどこかに去っていった。
俺は泥まみれの自分を見下ろして、情けない気持ちで辺りを見回した。
自分を落ち着かせようと、更紗の作った完璧の池を覗いた。
この池の中で全ての生命のサイクルが完成しているのだと、彼女が自慢していたものだ。
「魚の糞が水草や魚の餌のプランクトンの栄養になって、水草が酸素を供給して魚が水をかき回すから水がいつも新鮮なの。多すぎる汚れは小エビが食べてくれる。私は時々水を足して眺めるだけでいい、この池は完璧な世界なんだよ。」
破れ温室に入る日の光を浴びて、水面はキラキラと輝き水草も生き生きとしている。
蝶々のような尾びれを動かして泳ぐ黒い出目金が水草の隙間を縫っていく。
更紗が作り上げたという、完璧な世界。
「恭一郎、人間がいなくなったら世界は完璧な世界になるんだよ。人間は途中で全てのサイクルを壊すから、いなくなると完璧になるの。でもね、人間が作った田んぼや畑、そして私が作ったこの池でも生命のサイクルが呼べるのならば、私達はいらない生物じゃないよね。」
十一歳の子供の考えることじゃないので、俺は彼女の頭をポンポンと撫でた。
頭のいい子供は俺にごまかされた事に気づいていたが、大人らしい意見を与えなかった事にも気づいて俺の腰に腕を回し、ぎゅっと俺に抱きついた。
「騙されないよ。あいつは絶対何かやるつもりだ。」
自然を愛する更紗の言葉と振る舞いを思い出して、何かする予定の更紗を打ち消そうとしたが、やはり火薬の存在は大きく俺は不安が増すばかりだった。
そして、その予感は二日後に現実のものとなる。
更紗が朝から違っていたのだから当たり前だ。
眠れない俺が珍しく朝の六時前に目覚めて何気なく外を眺めたら、いつもと違う姿の悪魔が村に降りていったのを目撃することになったのだ。
彼女は少女の格好をしていたのである。
紺のワンピースに白い大きな帽子。
俺の視線に気づいたか、ふわっと振り向いた更紗は、見た事も無い美少女だった。
そこで気づいた。
更紗はあの坊主頭でわざとアンバランスな姿を保っていたのだ。
あの頭や普段の格好は何か目的があったのだ、と。
「あの蛇穴のところには二度と近付いちゃ駄目だよ。」
探していた蛇穴にわざわざの警告。
あそこで何かしようとしているのだ。
「竹ノ塚さん。」
女性の静かだが凛とした声に物思いから覚めてみれば、女主人である相良が階段の上から俺を見下ろしていた。
相良は俺が顔を上げると、そのまま階段を下りて俺の元まで真っ直ぐに来て、それからなんと、俺に対して深々と頭を下げたのである。
「そんな、相良さん。」
頭を上げた相良の顔は、迷子の子供と再会した母親そのままであり、俺は彼女の表情に更紗の安全を確信したと言ってもよい。
「本当にありがとう。それから、ごめんなさい。功労者のあなたを放って置いてしまって。」
「いえ、構いません、そんなことは。それよりも更紗の具合は如何でしょうか。」
「心配ないと医者は言っています。ふふ、それで心配するなって言っても無理でしょうね。詳しく話しますから、私の部屋にいらして。」
「ありがとうございます。」




