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恭一郎が悪魔の子供に手伝わされた事

「恭一郎!暇だったら手伝え!」


 天野家で「婚約破棄」のために子供の相手をして遊んでいたが、俺も大人だ。

 戦死した戦友の事を偲び、静にしたい日だってある。

 けれど子供は容赦なかった。

 子供だから。


 俺は毎日のように彼女に外に連れ出されていたが、急に何かを思い立ったらしき彼女の命令で、ある日から何かを探させられていた。

 俺は何を探しているのかも知らされていないので、実は一生懸命山で地面を探る更紗の側で見守っていただけであった。

 そんな日が続き、ようやく九日目にその探し物とやらは見つかった。


 何の事はない、俺が落ちかけたのである。

 蛇穴に。


 うわぁ、と突然足場がなくなり、ストンと下半身が穴に吸い込まれた。

 咄嗟に穴の縁に両腕を掛けなければ落ちていただろう。

 蛇穴と言っても大昔の枯井戸か陥没した穴でしかないが、不安定にぷらぷらと空中に漂う足元を見下ろせば数匹の蛇の姿を確認できた。


 青大将ばかりでマムシがいないことにはほっとしたが、穴から抜け出そうと上体を動かすと、ザラっと体を支える土が崩れて穴へと落ちていく有様に恐怖感はかなりのものだ。


 はぁ。


 声は出ないが、情けない息が出た。


「ここだったのかぁ。凄い。よく見つけたね。今日はもう帰っていいよ。」


「え?」


 彼女は俺を褒めただけで、俺を穴から引っ張り上げることもせずに、助けだって呼んでもくれず、スタスタと俺を置いて家に帰っていってしまったのである。


「どうして置いていったの。」


 使用していない温室の片隅で、何かを一生懸命包んでいる少女に尋ねた。

 この元温室は更紗の遊び場で実験室である。

 温室中央には行水用盥くらいの大きさの円形の人工池が水を湛えて煌めいており、また、割れたガラスの代わりに網が張られている場所が幾つかあるので、夏でも風通りがあり涼しく過ごしやすい。


 だが室内にはミジンコプールやタナゴ水槽に変な昆虫入りの箱も数多くあり、ファーブルのシデムシ実験の真似事でモグラの死体を吊るした事もあるらしく、正造以外の家人と使用人及び近隣のガキ共でさえ気味が悪いと一切近寄らない場所でもあるのだ。


 そんな温室の隅に茣蓙が敷かれ、その上に書き物机が置かれている。

 この温室の主人は外遊びをしていない時はそこで自らの研究成果を監督しているのが常であり、今はその書き物机で一心不乱に内職仕事中であった。


 泥まみれの俺をチラリとも見上げることなしに、当り前だがねぎらいの言葉も一切なしに、彼女は手も止めずに一心に何かを作り続けているのだ。


 俺はあの穴から逃げ出して、ここまで来るのに半刻は掛かったというのに。

 足を踏ん張るにも穴の側面はぬるっと湿っていて、体を引き上げる体勢に持っていくまでが地獄だった。

 何しろ蛇穴だ。

 底ではヘビたちがうにょろにょろしている。


 薄情な子供を殴ってやるぞと、その一念で俺は頑張って脱出してきたのだ。


「ここからあそこまでだから、恭一郎は脱出に十五分近く掛かったんだね。でも、気づかなくても大人の男の人は落ちない穴だったんだ。」


 冷酷に呟いた更紗に俺は愕然とした。


「俺を落すつもりだった?」


 彼女はようやく俺を見上げて肩を竦めた。


「穴を見つける手伝いをして欲しかっただけ。私が落ちたら引っ張りあげる手が必要でしょ。恭一郎が落ちるとは思わなかったけど。でも、お陰でいいデータが取れたよ。ありがとう。」


 言うだけ言って更紗は再び変な包み物を作る作業に戻った。

 それは見覚えのあるものだ。

 聞いたら関わってしまいそうでとても嫌だが、聞かなければもっと嫌な思いをする気がして、嫌々ながらも俺は彼女に尋ねた。


「その爆竹で何をするつもりだ?」


「何かしたほうがいい?」


 純粋そうな子供のように小首を傾げて尋ね返してきたが、俺は騙されない。

 それは何かの計画の上で作っているに違いないのだ!

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