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私は大丈夫

 和泉が外で大声で叫んでいる。

 竹ノ塚が到着する前に全てが終わってしまったのだと、私は諦めて外に出ようとした。

 彼女達に迷惑をかけられない。


「あんたはここに隠れていなさい。助けが来るんだろう?」


 けれどもミヨは私を押し留め、そのまま店外に出て行ったのだ。

 なんていう豪傑。


 そして私が外の喧騒を窺っていると、肩を叩かれた。


 なんと、本当に助けがきたのだ。

 外でミヨ達が頑張っている間に、いつの間にか室内に入り込んでいた男が私を連れ出しに来たと目の前にいる。

 どうして信じたのか解らないが、初対面の小柄で敏捷そうなその男を、私は「味方」だと疑うことなく信じたのだ。

 ねずみ小僧のような黒ずくめの彼は簡潔だった。


「表が騒いでいるうちに出るよ。」


 それが良かったのかもしれない。

 私の考えと一緒だったからだ。

 ここまで騒がしいと竹ノ塚が到着して彼に引き取られたとしても、その後に和泉に襲撃をされるのは確実だ。

 その場合は多勢に無勢となり危険だろう。


「これに着替えられる?」


 渡された服は男性服で、それだけでワクワクして大丈夫だと確信したのはなぜだろう。

 彼はすぐさま服を目の前で着替え出した私に目を丸くしていたが、私の背中の傷跡の方に驚いていたのだと気が付いた。


「もう痛くないから大丈夫ですよ。」


「すまない。」


 彼はとても申し訳なさそうな顔ですぐさま謝った。

 謝る事など何も無いのに。


「子供の描いた線路みたいで面白いでしょ。」


「聞いていた通りだ。それで、歩けるかな?かなり足がボロボロだね。靴がないけど大丈夫?」


 左足の中指と親指、右足の人差し指の爪が割れている。

 膝や脛は擦り傷だらけで、足の裏は皮が擦れて血が滲んでいる。

 屋根から飛び降りての全力疾走なのだ。

 当たり前だ。

 ただし、手当てをして貰うまで、左足の爪が剥げたか割れたのはわかっていたが、右足の爪まで割れていたとは気が付かなかった。


「手当はして貰ったし、包帯で痛みが治まっていますから大丈夫です。」


 その男はフッと笑うと、付いて来て、と私を誘った。

 彼は田辺と名乗った。

 タバコ屋の居住部分の縁側から外に出て、私は自分の先を歩く田辺の背中だけを見つめて歩いた。

 その背中は真っ黒いジャンバーの背の高い男のものと変わり、私はその背中を見慣れていて安心してはいるけど、泥まみれの背広の背中を突き飛ばすのでは無かったと考えてしまった。


「え、突き飛ばす?」


「どうしたの?」


「あ、いいえ。不思議ですね。どうして伏兵が一人もいないの?一人くらいには見つかって捕まるかもって。」


「外の騒ぎはそのためでしょ。騒がせて君が家のなかにいるって、騒いでいる彼ら自身に思い込ませているからね。気が回らないのさ。」


「まああ!」


 数分後、田辺と辿り着いた合流地点には車が一台止まっていた。

 和泉達が乗っている日野ルノーではなく、丸っこい大きな青色の四輪車だ。

 そして、その前には、黒服ではなく若者らしいシャツにスラックス姿だったが、あの男が待ち受けていた。

 絶対的味方だと確信した、あの殴りたくもなる、自信満々の男。


 しかし彼は、人懐こい笑顔を私に見せただけだった。


「さぁ、早く乗って。」

「ガキがうろちょろしてんじゃねぇよ。」


 彼の掛け声に罵声が重なった気がして足を止めた私は、思わず両手に拳を作って彼に構えてしまった。

 私の構えを見た男は、ブフっと噴出すや、口を押さえてしゃがみ込んだ。

 背中が小刻みに震えているところを見れば、私を笑っているのであろう。


「どうしたの矢野さんって、嬢ちゃん?その変なポーズは何?早く乗って逃げないとでしょう。」


 私を誘導してきた田辺が慌てて私を咎めるが、私もどうしてこんな間抜けなポーズをとっているのか解らない。


「この男の顔を見ると殴りたくなるのって、どうして?」


 私の質問に矢野と呼ばれた黒服だった男は本格的に笑い出し、私は田辺に車に押し込まれ、笑いの止まらなくなったらしき矢野が運転席に座った。


「もう大丈夫だから。」


 運転席の矢野の声は聞いた事のある懐かしさを持っていた。


「お前は私の事を知っているんだよね。私もお前の事を知っていた?」


 運転席の椅子をギュッと掴んで身を乗り出して聞いた。

 返事の代りに車は突如発進して、私はパフッと後部座席に吸い込まれた。


「大丈夫?」


 心配してくれたのは田辺だ。


「大丈夫です。貴方方は相良耀子の手下ですか?和泉は相良が私が妹殺しの犯人だから虐めるために呼び寄せようとしているって。虐めても良いけど、明日からにしてくれませんか?今日は色々あって疲れています。」


 田辺はポカンとして、運転席は再び馬鹿笑いに興じている。

 私は思わず運転席のシートを蹴った、ドカッと。


「危ないだろうが、馬鹿。運転中だろ。」


「どうしてだろう、私はお前を見ると攻撃したくなるよ!」


 ハハーとふざけた笑い方を矢野は繰り返し、頭に来た私は何度も運転席の後ろを蹴った。

 ドンドンと。


「ちょっと、嬢ちゃん、大人しくして。危ないからね。大丈夫、虐める人いないから。大丈夫だから落ち着いて。いいかな?」


 田辺は私に子供に対するような話し方をした。

 それから、子供に飴を上げるからという風に、言葉を続けた。


「隊長も後から来るから心配しないで。大丈夫だからね。」


「隊長って誰?」


「君が呼んだ竹ノ塚恭一郎だよ。」


 私は本当に信じられないのだが、田辺のその一言でを完全に安心をしたのだ。

 何しろそこで私は意識を失い、目覚めたのは翌日の昼だったのだから。

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