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女傑と間男と亭主の三すくみ

 俺が警察に呼ばれて急ぎ勇んでタバコ店に着いた時、そこは大騒ぎになっていた。

 野次馬を掻き分けて進むと、タバコ屋の前に大きな男と警察官が立ち塞がり、彼らに和泉和匡と黒服数人が押し門等をしていたのだ。

 和泉は俺の姿に気づいて振り向くと声をあげた。


「お前が何をしに来た。」


 七年ぶりに見る男は、相変わらずの傲慢そうな外見をしていた。

 一目でわかる成功した実業家そのものの風体だ。

 しなびたブチ犬風情には太刀打ち出来そうもない、土佐犬の風格。


「これは妻と私の問題だ。間男は帰れ。」


 痣だらけの顔に指の足りない手で杖まで握り締めている男を、「間男」と呼んでくれた和泉に俺は少々嬉しい思いだ。


「私は彼女を相良耀子さんに届けることを頼まれただけですよ。」


 朗らかに野次馬に聞こえるように宣言し、そしてすっと和泉に近寄り彼だけに聞こえるように囁く。


「あれは更紗だ。」


 和泉は怯む事もなく俺を見返して、俺と同じように抑えた声で返した。


「だとしたらどうなる?益々お前が部外者になるだけだ。あれはまだ未成年だろう。」


 ハハハっと軽く小馬鹿にしたように笑ってから、和泉の耳に囁いた。


「更紗でしたら俺の婚約者ですよ。」


 和泉は一瞬驚いた顔つきになるが、すぐに表情に余裕を見せ、大きな声で宣言しだした。


「どうしても相良が妻に会いたいのならば、私が明日にでも連れて行きますよ。これは情けない夫婦喧嘩ですから、どうぞ部外者はお引取りを。」


 そこに割り込む声があがった。

 乱暴な言葉使いでも、温かみのある女性の声だった。


「何言っているんだい。その女房が裸足で足の爪剥がしてお前の所から逃げてきたんだ。身体中傷だらけのあの子を、誰があんたに引き渡すもんかね!」


 俺はこの女傑に心の中で盛大な拍手を送ったが、胸の内には怒りもくすぶる。

 足の爪が剥がれているだと?身体中が傷だらけ?


「ここは帰って下さいよ。彼女は相良に渡します。記憶喪失ならば母親同然の所で養生させたいと思いませんか?本人がそこに行きたいと言っているのですから希望を叶えてあげましょうよ。彼女が大事だと思われるのなら、ね。」


 彼は目を細めて俺をねめつけると、取り巻いていた部下を引き連れて去っていった。

 アッサリとした行動に、俺は後で襲撃があるなと理解した。

 和泉の後姿を見送ると、俺は警官に向き直った。


「連絡を頂いた竹ノ塚恭一郎です。それでは私に助けを求めている女性を引き取りたいのですがよろしいでしょうか。」


 警官は困った顔をしながら店内へ入ると、疲れたように店番用の小さな椅子に腰掛けた。


「和泉建設の社長夫人を夫の目の前で間男に引き渡すって、公序良俗に反していますよね。警察官としてどうかと思いますよ。」


「記憶喪失で夫に虐げられている女性を守って下さり感謝していますよ。相良耀子は娘同然の彼女の心配をして私に託したのですからご心配なく。何か有りましたら相良か私の父の竹ノ塚重吾郎にどうぞご連絡を。」


 自分の名前で懐柔できない事が情けないなと、自分と父の名刺を彼に渡すと、純朴そうな警官は見るからに安心した顔付きに変わった。

 彼は和泉に楯突いた後を想像しながらも更紗を守ってくれたのかと合点がいき、この警官に本心からの感謝の念が湧いた。


「守っていただけて良かったですよ。知人の話では一人で怯えていたそうですから。」


 深々と頭を下げた。

 勿論、彼の後ろに立つミヨと彼女の甥にも向けてのお辞儀だ。


「いえ、あの。どうも。」


 警官は恐縮至極だが、ミヨは「フン。」と鼻を鳴らすと店内のたたきから家の中に甥と入っていった。その後姿に警察官が声をかける。


「ミヨさん、あのお嬢さんを連れて来てくれないかな。」


 くるっと振り返ったミヨは、ニヤっと悪い笑顔で答えた。


「とっくに別の男と逃げ出してしまったさ。」


 俺はミヨの千里眼に大笑いをしながら店を出た。

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