救出作戦最終打ち合わせ……え?
「言ったでしょ。俺は男には何でも出来るって。」
矢野は笑顔だけで、更紗に暴力を振るおうとした奴らの末路が哀れなものとなったと、俺にしっかりと想像させた。
無邪気な子供が悪戯に成功した時に見えせてくる笑顔のようでも、彼自身がそれなりな場数を踏んでおり、手下も多かった話を聞けば、彼の笑顔が指し示す事実は言わずもがな、という奴だ。
そんな男が美緒子の誘拐の手伝いとその後の尋問を受け持つと志願し、そこで彼には美緒子の誘拐の下調べの為に和泉家の黒服として潜入してもらっている。
俺が入るには俺は外見が目立ちすぎる。
田辺には違う仕掛をさせるつもりなので使えない。
そこで人手が欲しいと相良に頼んで派遣されたのが矢野であり、俺はこうして椅子に座って矢野の話を聞くだけの情けない無能に甘んじているのである。
「それで、今日はどうしたの。美緒子のいる部屋を初めて担当したんでしょ。」
俺が渡したグラスの酒をぐいっと飲み乾すと、彼はグラスをじっと見ながら答えた。
「あれは美緒子じゃなかった。天だったよ。」
「ほんとうか。」
「あれは天だよ。他の奴らの話だと、あいつは記憶喪失で盲目なんだそうだ。ひき逃げにあってね。額に大きな傷跡があったよ。」
俺も自分の酒を注ぎに行った。
生きていた?
あのかんしゃく玉が生きていた?
「ただし、目は見えている。でも記憶がない。俺の顔を見ても何の表情も変わらない。だから盲目だと思い込んでいたけど、あいつ、見えていたよ。俺が判らないだけだったよ。」
初めて聞いた矢野の悲痛な声に、俺はグラスを持ったまま動けなくなった。
矢野は特別な感情を更紗に抱いていたのか?それならば更紗も?
天野拓郎では更紗に合わないが、この矢野という男ならば更紗が恋心を抱いてもおかしくはない。
「侵入も奪取も、あんたが計画したとおりで運ぶしかないね。」
冷静になった矢野の声に、俺はグラスと酒瓶を持って彼の前に座り、突き出した彼のグラスに酒を注ぎ足してやった。
「あんたの想定どおり、和泉の布陣は完璧だよ。今突撃しても無理だろう。天を連れ出す前に黒服どもに侵入者ですぐに捕まる。」
そこでがちゃっとドアが開き、田辺が戻って来た。
彼の持つ盆からコーヒーの香りが溢れ、一気に部屋中にそのかぐわしい香りが広がった。
「何を飲んでいるんですか!まだ昼の日中ですよ。」
怒りながら俺と矢野にがちゃんがちゃんとカップを置き、自分の分も置くと矢野の隣に座り込み、矢野は溜息をついてしぶしぶと横に動いた。
「それで、俺は明後日仕掛けに入れますよ。」
元工作兵の田辺は目を輝かせての報告だ。
「え、もう?内部の調査はもうちょっとなんだけどね。家の間取りは判るけれど、かなり厳重な警備でしょ。」
田辺は幸せそうにクククと笑った。
「ですから俺ですよ。停電と火が出るようにします。いくらなんでも火が出たら外に出ざるえませんから、逃げられるでしょう。」
「放火は捕まったら刑罰が重いよ。停電だけにして。」
俺は無能で小心者であるので、優秀すぎて独創性のある元工作兵にお願いをした。
「えー、それじゃぁ詰まらないですよ。俺以外の人でも出来る仕事じゃないですか。」
頬を膨らます田辺に、矢野は笑いながら「花火を仕掛けましょうよ。」という。
「家中に花火を撒いて家人を外に追い出すとか。ねぇ、田辺さん。」
「それこそ俺が必要ない所業でしょうが!俺がやれば仕掛け自体が無くなりますからただの漏電で足が付きませんって。」
田辺はどれだけ危険な工作がしたいのだろう。
彼も更紗が好きそうな男だ。
色々と話し合っていると家の奥で電話が鳴った。
田辺がいそいそと部屋を出て行き、そして暫くの後に、大声で俺を呼んだ。
「隊長!早く!警察からです!」
俺と矢野は顔を合わせて電話機のところへ急ぐと、田辺はとても残念そうな顔をしていた。
何の電話だと、俺が田辺から渡された受話器に応答すると、警察が家出した女性の保護に俺を呼び出すものだった。




