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胡蝶の夢  作者: みなきら
胡蝶の夢、我となれるか
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月暈(げつうん)

 また随分と懐かしい夢を見たものだ、と、雅は思った。


 恋しいと思って眠ったせいか、《須勢理毘売命》と最初に出会った日の夜の夢を見た。


「夢と知りせば、覚めざらましを。」


 記憶の中の須勢理毘売命は、長い時の中で美化されているのだろうが、本当に美しくて、一目で心を奪われた瞬間の、あの心のざわめきが目を覚ましても残っていた。


 源 雅信が琴姫を会った時よりも鮮烈で、加代子と出会った時と同じように驚きに満ちた出会いに、本当なら垣間見でも畏れ多いのに、あの時は魂があくがれて、ふらふらと彼女のすぐ傍まで行ってしまったのも思い出した。


 そして、夢中になって琴を奏でる彼女の、その音色に魂ごと囚われた事も。


 唇を交わせば熱っぽく、言葉を交わせばつれなくて、やきもきしたあの夜。


 あれから自分も彼女も大きく様変わりしたというのに、やはり彼女に恋焦がれている自分に雅は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。


(思えば、須勢理毘売命の局は、素戔嗚尊の結界内。きっと唇だけの触れ合いとは言え、完全にバレてたんだろうな・・・・・・。)


 最愛の奇稲田姫の面影のある、たった一人の愛娘だ。高天原やら黄泉の国やら矢継ぎ早に縁談話が来ていて、あれこれ気を揉んでいる中で、一介の国津神に過ぎなかった自分にその娘を奪われれば怒って当然だと思う。


 雅は自分自身、娘の倫子の件で道長にしてやられたのを思い出すと、なんだか今更ながら素戔嗚尊に申し訳ないなと思ってしまった。


(因果応報とは言うけれど、本当になんて因果な話・・・・・・。)


 結局は自分の築いた基盤を使って、道長は誰よりものし上がり、倫子も幸せそうにしていたから良かったのだろうが、どうにもこういう望月の夜は素戔嗚尊と語りたい気分にさせられる。


 そして、自分がこういう男だと知りながら、きちんと露顕の儀までしてくれたのを思うと、素戔嗚尊の器の大きさに敵わないなとも思う。


 雅はそんな事を考えながら、「はあ」とため息をついた。


 現世を映す鏡はあの夜と同じように朧月夜を映し出し、月は白い(かさ)を被っている。


 どう考えても素戔嗚尊(彼女の父親)以上の強い男にも、器の大きい男にもなれそうにない。


「我よりも須勢理を愛し、我よりも強い者でなければ譲るつもりはない。我が、我よりも軟弱者に娘を渡せると思うか?」


 あの頃はそんな無茶なと思ったが、今ならその言葉に大きく頷ける。そして、だからこそ、彼が加代子との事には、何も言わないのも感じていた。


(とはいえ、この八方塞がりの状態は、さすがに苦言を呈されるだろうが・・・・・・。)


 高天原と中つ国と根の堅洲国と黄泉の国。複雑に絡む四つの世界の均衡は、本当に絶妙なバランスで成り立っている。


 中つ国で世界大戦が起こった時も、他の世界が均衡を保っていたから、辛うじて世界は纏まったが、そこが崩れれば世界は再び渾沌たるものに変わってしまう。


(加代子さんを動かす事が吉と出るか、凶と出るか・・・・・・。)


 雅は険しい顔で現世の映る鏡を消すと、再び目を瞑り、静かに眠りに落ちた。


 ◇


 須勢理と初めて出会った大己貴命は、彼女に口付けをした後、近付く人の気配から身を隠し、急ぎ八十神から保護してくれている五十猛神の元へと戻った。


 そして、興奮冷めやらぬままに、どうしたら彼女を手に入れられるかを五十猛神に相談した。


 当時は「考え無しの無鉄砲が服着て歩く」と後に少彦名命に評されるような()()()だったから、自分の身の上に起こるこれからの事など全く考えずにいられたのもあるが、逆に顔色を変えたのは、話を聞いた五十猛神で「よりにもよってそこに手を出したのか!?」と叫んで大袈裟なまでに頭を抱えてみせた。


「大己貴命・・・・・・、お主が迷い込んだのは素戔嗚尊の東の対の屋だ。お前が垣間見たのは、素戔嗚尊が愛娘、須勢理毘売命だろうよ。」


 それを聞くと大己貴命も顔色を悪くする。須勢理毘売命と言えば、素戔嗚尊が溺愛していて、名の通った天津神ですら縁談を断り続けていると名高い高嶺の花の姫君だ。


「ああ、ですが、彼女に通うと約束してしまったのですよ・・・・・・。」

「大馬鹿野郎、そんな事をしたら、火に油どころか、火に火薬を投げ込むことになるぞ?」

「しかし、約束は約束ですから・・・・・・。」

「まあ、おめおめ引き下がるような奴に、素戔嗚尊は絶対に娘を渡さないだろうが。ひとまず、正式に通いたいのであれば、真正面から素戔嗚尊に須勢理毘売命を貰い受けに来たと宣言するのが筋ではないか?」


 五十猛神がそう言って「お前の気骨の良さはよく知っているし、お前自身は悪いヤツじゃない」と話す。


「だから、お前が一心不乱に望めばもしかしたら許してもらえるかもしれない。だが、悪いが、俺は物凄く命が惜しい。他の件はともあれ、この件は手出し出来ぬ。」


 泣き言を言い、及び腰になっている五十猛神を見て、大己貴命はため息を吐いた。


「何もそんなに拒絶しなくても・・・・・・。」

「いいや、俺は嫌だ。安心しろ、死んだら骨くらいは拾ってやるから。」

「そんな大袈裟な。」


 しかし、五十猛神は「大袈裟なもんか」と言い、「素戔嗚尊(自分)より強い男じゃないと須勢理毘売命の夫とは認めないと豪語しているんだぞ」と言えば、大己貴命もさすがに顔を引き攣らせた。


「本当にお前ってツイていないのな。あの馬鹿兄貴や性悪女の相手もしなきゃならぬと言うのに。」


 数多いる八十神達兄弟に「末子相続は認めない」と殺されかけ、二度ほど死にかけたうえ、明らかに会う前から男がいたのだろう、もうすぐ臨月を迎える八上比売に「夫はあなた」と濡れ衣も着せかけられて、命からがら逃げてきたのがこの「根の堅洲国」だ。


 そして、神皇産霊尊に言われた事もあり、素戔嗚尊に知恵を分けてもらおうとはるばる来たというのに、須勢理毘売命の件で色々と想定外な事が起こっている。


「お前ほど、自ら苦難に飛び込んで行く奴も初めて会う。」


 五十猛神の言葉に大己貴命は肩を竦める。しかし、その一方で「素戔嗚尊を納得させられれば」という思いも芽生えた。


 自分の事を「月影の君」と呼び、困惑している姿の須勢理毘売命は、本当にろうたげで、一目見れば素戔嗚尊でなくても溺愛してしまうであろう。


 父親が溺愛するのは致し方ないとして、それが自分以外の他の男に盗られるくらいなら、素戔嗚尊に斬られようが、煮られようが、焼かれようが、お願いしてみるだけ、お願いしてみようかと思った。


(とはいえ、今、一人で対峙しても返り討ちにあって「はい、お終い」だろうし・・・・・・。)


 怖いものなしと言った風な五十猛神にして、この恐れようなのだから、根回しは必要であろう。


 お断りされたと聞く並み居る婚約者達の妬み、嫉みも考えられるし、後ろ盾なしに動くのは得策ではない。


「なあ、五十猛神、八島士奴美神と連絡は付くでしょうか?」

「付くが、それが何か・・・・・・?」


 すると、大己貴命はにっこりとして「八島士奴美神に味方になってもらおうと思う」と話した。


「はあ?」

「五十猛神が間に立ってくれるなら一番なんですが、お嫌なのでしょう?」

「ああ、全力で遠慮する。」


 やや食い気味に五十猛神が言うから、大己貴命は苦笑しながら「それであれば須勢理毘売命の実の兄上に仲立ちしてもらうのが良いと思うています。いかがでしょう?」と話す。


「確かに、高天原の天津神どもも、須勢理の実の兄の推挙とあらば、とやかく言うのは難しいであろうが・・・・・・。」

「それに素戔嗚尊にも悪くない話かとは思いますよ。高天原に近ければ大事な姫君を質に取られかねないですが、私はどちらかと言えば対立関係にある側ですし。」


 「敵の敵は味方と言うでしょう」と、いつになく大己貴命が、きちんと先を読んで話すから五十猛神は「その頭をなぜ普段に使わない」と嘆いた。


「これほどまでに()()()と思うたものがなかったですから。」


 領民は大切だが、国の長に立つ事も、美姫と言われる八上比売も、八十神に虐げられている自分の命にすら頓着した事がなかった。その話を五十猛神にすれば、呆れた顔で「欲がないにも程があるだろう」とぼやかれる。


「自分でも、時折、なぜ国津神などしてるのか分からなくなりますが・・・・・・。」


 争い事など煩わしいし、粗方のことは自分で出来るから、正直、命さえ狙われずに平和に暮らせればそれで良い。


「ただ、平穏に過ごしたいだけなのだが、どういうわけか、放っておいてくれないのですよ。」


 五十猛神のように気の合う者もいるが、闘争心の塊のような八十神はなにかにつけて突っかかってくるし、思惑通りに死にかけてみれば必死に助けようとする母神もいる。


 命を助けられている身とはいえ、炊事、洗濯、掃除、荷物持ち、殴る蹴るの暴力に、歳若いというだけで虐げられてきた毎日を思えば、一思いに殺してくれるなら「誰も助けてくれなんて言ってない」とさえ思ってしまうくらいには、大己貴命は日々のあれこれに疲れていた。


「それで? そんなお前が唯一気に入ったのが、()()()と言うことか?」


 五十猛神には「そういう事になりますね」と答えながら、心は再び須勢理毘売命のことを思う。


 乳母だろうか、女房装束の女性と話していた時は、自分と同じでどこか色々なものを諦めて、受け入れている雰囲気だったのに、琴を弾いている時の彼女はそんな気配は微塵もなくて、とても楽しそうにキラキラとしていた。


 そして、その姿は大己貴命の心に焼き付いて離れず、あの楽しそうな須勢理毘売命をもっと見ていたいと思ってしまう。


 大己貴命自身、こんな欲が出来るだなんて、自分自身思ってもみなかった。


「八島士奴美神に連絡をつける程度なら、やってやるよ。返事が戻ってくるかどうかはわからないが。それと、ほかは本当に勘弁してくれ。」

「ええ、構いませんよ。八嶋士奴美神との口添え頂けるなら、あとは自力で交渉致します。」


 五十猛神はにっと笑い、「わかった。じゃあ、貸し一つな」と言うと、懐から人型の紙を取り出して、八島士奴美神へと式神を飛ばす。


 そして、小半刻(こはんとき)もせずに、飛ばした式神が戻ってきて、八島士奴美神から「すぐにでも会いたい。時間はなんとかする」との返事が来ると、まじまじと返信の文と大己貴命の顔を見比べた。


「兄者から、こんなに返事が早く戻って来るとは・・・・・・。」


 驚いたように五十猛神が言うから、大己貴命は片眉を上げる。


「なかなか、お会い下さらない方なのか?」

「ああ、俺と違って、人付き合いの良い方ではないからな。このようにすぐにでも会いたいなどと言うとは思ってなかった。」


 五十猛神は「お前、兄者と面識があるのか?」と大己貴命に訊ねる。


「いや、根の堅洲国では貴方のお邸と、紛れ込んでしまった素戔嗚尊のお邸以外は行っておりませんので、お会いしたことはないと思うのですが・・・・・・。」


 そう話しつつも、合縁奇縁で神皇産霊神に助けられた事のある大己貴命は、もしかしたらお会いしたことのある方だろかと考え込んだ。

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