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胡蝶の夢  作者: みなきら
エピローグ
33/34

むなしき空に満ちぬらし

 宵闇の頃。根の堅洲国に戻った加代子は、一人になりたくて、小笹にぶつくさ言われたが人払いをした。


 行儀が悪いと言われるとは思ったが、ゴロンと仰向けに転がって、懐から雅のメモを広げて改めて眺める。


 走り書きのそれは、後朝で貰った手蹟と同じ癖があって、雅の直筆なのだと思うとちょっとしたメモなのに心が揺さぶられる。


(なんで、こんなになってるんだろ・・・・・・。)


 正直、雅との出会いは突然で、ここに至るまで流されに流されて来てしまったように思う。


(私、雅のどこが好きなんだろう・・・・・・。)


 雅と居るのは辛いことや困難なことばかりだし、会おうにも会えない状態にある。その癖、離れていれば恋しくて、会えれば無条件に嬉しくなるし心動く。


 でも、それは「魂が龍とその珠だからだ」と言われると心惑う。


(顔は、まあ好み・・・・・・だけど。)


 なんなら身体の相性も悪くはない。でも、それで言えば亨ともそう悪くない。


(・・・・・・って、そうじゃなくてッ!!)


 ゴロンゴロンと転がっていると「姫様」と冷ややかな声が聞こえてくる。


 加代子はがばりと上体を起こした。


「小・・・・・・笹・・・・・・。」


 微笑みは浮かべているが、目を三角にするという器用な顔付きで「端無うございます」と叱られる。


「はい、ごめんなさい・・・・・・。」

「何か、悩み事ですか?」


 夕餉を持ってきてくれたのであろう、手際よくお膳を準備してくれる小笹に、加代子は「え、あ、あー」と言葉を濁した。


「お一人で悶々となさらないでくださいませ。晴明のところで夢から目覚められてから、赤くなられたり、ぼうっとなさったり、琴を弾かれて落ち着かれたかと思ったら、お人払い。またお熱でも出て、苦しいのでいらっしゃいますか?」


 加代子は小笹の心配そうな表情に申し訳なくなって「そうじゃないの」と首を横に振った。


「ちょっと大勢に囲まれて疲れたって言うのはあるけど、熱で浮かされてるってわけじゃないから安心して。」

「夕餉を全て召し上がられたら、信用致します。」

「あの、今の身体は食べなくても差し障りないんじゃ・・・・・・?」

「こう連日、過去の記憶を見るのに気を使った後では捧げ物を召し上がらなければ、魂の身とはいえ疲弊致します。」


 「また熱を出したいのですか?」と小笹が暗に言ってくるので、加代子は「はい、頂きます」と箸を手にした。


 御膳には強飯の他、海の物や山の物など旬のものを使った料理が彩りよく配されている。


「あ、美味しい・・・・・・。」


 正直、こんなに素直に美味しいと思うのは雅の作ってくれた料理以来だった。


「御神酒もございますので、お疲れでしたら、少し召し上がっては?」


 小笹に勧められて一口頂けば、甘口の日本酒がとろりと喉を潤していく。


「日本酒ってこんなに美味しかったんだ・・・・・・。」

「生前は呑まれなかったのですか?」

「うん、専ら、甘いカクテルだったかな。」


 「カルーアミルクとか、スクリュードライバーとか」と話すと「では、お酒が飲めなかったわけでないのですね」と笑われる。


「そう言えば、雅はどれくらい飲めるんだろう? 白酒を呑んだ上で、一差し舞を舞うくらいには強いみたいだけど・・・・・・。」

「平安の世の時は、あのような宴が毎夜でしたから、相当お強いとは思いますよ。」

「それは休肝日が必要そうだね・・・・・・。」


 そして、小笹は右近として琴子にも付いていたのだなと思い出す。


「ねえ、琴子(昔の私)加代子(今の私)ってどんな風に違うの?」

「どんな風にとは?」

「きっとさっきみたいな事、しなかったのでしょう?」

「さっきみたいな事と申しますと、床で転がっているとかですか?」

「うん・・・・・・。」


 記憶の中の須勢理も琴子も、今の加代子ほど奔放には生きているようには思えなくて問えば、小笹は可笑しそうに口元を袖で隠した。


「お変わりならないですよ、姫様は。今も昔も目を離すと、割とすぐに羽根を伸ばされます。」

「え。」

「須勢理毘売命の時のこともあり、先日、素戔嗚尊付きとなっている早蕨からも申し送り頂きましたが、私の知る琴姫様と変わらず、じゃじゃ馬でいらっしゃったようですし。」

「んなッ!?」

「本当のことにございます。人前では猫を被る事をお教えしましたから、気をつけていらっしゃいましたが。旦那様もその辺は心得ていらっしゃるようで見て見ぬふりがお上手でした。」


 小笹にそう言われると、加代子は酷く恥ずかしくなってばっと顔を覆った。


「ですから、そんなに過去と比べて気負わなくても大丈夫ですよ。今日の琴の事がいい例です。今の姫様がお忘れでも、姫様の根本は変わらないのですよ。記憶として残っていなくても、魂としてその芯の部分は変わらない。姫様が何にお悩みかは分かりませんが、姫様は姫様らしくしていらっしゃれば良いのではないでしょうか?」


 小笹がそう諭すように話すから、加代子はパタパタと自分の手で火照った頬を扇いだ。


《今の加代子さんは、誰よりも自由なんですから、そのまま自由でいてください。》


 雅もそう言っていたわけだし、その言葉に甘えさせてもらおう。


「小笹には迷惑掛けるけど、加代子としても改めてよろしくね?」

「ええ、もちろんです。」


 くすくすと笑う小笹の視線を感じながら、栗の甘露煮を口にする。それはお正月などに食べる甘露煮とは違って、もっと優しい甘みがした。


「これ、お砂糖が違うのかな?」

「ああ、それは甘葛(あまづら)煮にございます。」

「甘葛?」

「はい、蔦より樹液を取り、煮詰めたもので煮ております。」

「それって物凄い手間暇かかるんじゃ・・・・・・。」

「はい、それはもう。素戔嗚尊が姫様の食が進むようにと、ご心配のあまり取り寄せられたとか。」


 それを聞いて「どんだけ親バカだッ?!」と内心ツッコミを入れる。その感情が表に出ていたのだろう。小笹がくすくすと笑った。


「今と昔、違うとすれば、姫様が庶民感覚を持ってくださったことですね。」

「庶民感覚・・・・・・。」

「はい、素戔嗚尊も旦那様も色々と伝説クラスの方々ですし、琴姫として現世に降りた時も《竹取の翁がかぐや姫にかしづくよう》と評されておりましたから・・・・・・。」


 そういう意味では、加代子もかなり甘やかされて過ごしてきたのだが、亨のこともあって実家を出たせいか、どうやら一般人の視点が加わったらしかった。


(そう考えると、亨との事も全部が悪かった訳でもないのか・・・・・・。)


 小笹と話しながら、加代子はそう思うと笑みを漏らす。


「少し気が晴れたご様子ですね。」

「え、あ、うん・・・・・・、たしかに。」

「琴姫の時もよく《悩み事がある時は美味しいものを食べて、部屋を暗くして寝るに限る》と仰せでしたけど。今夜は暗くして眠られますか?」


 どうせ素戔嗚尊の結界が張られていますし、邪な者は入れますまいと言われれば、加代子も有難く思って頷いた。


 夕餉をすっかり平らげ、少し手遊びに琴を奏で、やがて眠りにつく。


 いつも灯らせている灯りがないだけで、部屋の中は別の空間のようで、加代子は蔀戸の外に見える月を眺めていた。


 須勢理の時も――。


 琴子の時も――。


 そして、今も――。


 月の光は変わりなく降り注ぎ、いつの世も魂の片割れを恋うる気持ちは変わらない。それなのに、少し会えないだけで迷ってしまう自分を雅は許してくれるだろうか。


(夢で良いから、会えればいいのに・・・・・・。)


 加代子は満月より少し欠けた十六夜の月を眺めながらため息を吐いた。


(了)

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