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胡蝶の夢  作者: みなきら
胡蝶の夢、我となれるか
27/34

徐かなること林の如く、侵略すること火の如し

 一方、その頃、雅は淤加美神の邸近く、轟の率いる軍の近くに潜んでいた。


 敵影は見える範囲で中隊規模はあるだろうか。轟の軍は目の前の淤加美神と黄泉軍の合同軍に意識を向けてばかりだったから、上手くすればその背後で陣を張っている敵将を討ち取ることも出来るように思われた。


(とはいえ、ここで見つかって、蜂の巣は勘弁して欲しいですし、この辺りの方には眠って頂きますかね・・・・・・。)


 雅は加代子がかつてしたように、伊邪那美命の力を借りると短く呪文を詠唱し、魔法陣を複数個、展開させた。


「仇なす者に永久(とわ)の眠りを与えん。」


 そして、ふっと息を吐けばそよ風が吹き渡り、見える範囲の敵はフラフラとし始め、やがて、全員、昏倒するとその場に斃れ伏す。


「さすが伊邪那美命の力。効果抜群ですね・・・・・・。」


 後は死神の仕事の時と同じようにして、数多ある魂を狩った。


 死神のそれと違うのは今まで輪廻の輪に戻していた魂の火を、自軍の兵糧へと再利用する手筈を取っている事だった。


「何事だ──ッ!?」


 突然、一個小隊からの連絡が途絶えた事に周りがざわめき始める、様子を伺う斥候らしき人影が木の間に何人か見え隠れしている。


(さて、次はどれくらいの規模のがきますかね?)


 こちらの敵影がどれくらいなのか、必死に確認しようとする気配を感じる。


 雅はふと黒い風を纏って姿を消せば、その姿を見失って焦った者たちが物陰から出てきた。


「まずは一人目――。」


 朗詠を吟ずる時と同じように、静かに数えると、狙いを澄ませて大鎌を振るい、一人目の喉元を素早く掻き斬る。


「二人目――。」


 敵の戟による攻撃を、半身を翻して避けると、柄の反対側についた蛇鉾のような穂先で心の臓を狙って一突きする。


 そして、その場で踏ん切り、ふわりと宙返りをしながら、その反動で死体から刃先を抜き取ると、三人目を攻撃する前に間合いをとった。


「まさか、一人で乗り込んで来たのかッ?!」


 奥まった所にいるのは、この辺りの伍長か、軍曹だろうか。


 恐れ戦き震える兵を前に、雅はにっこりとする。


「我らを襲うということがどういう事か、分かっていて襲ったのでしょう?」


 轟の使った複数個の雷の珠を生み出す技を真似てみれば、なるほど、この飛び道具はなかなか使い勝手が良く、耐性の無いものは直撃せずとも痺れさせ敵を倒すにとても効率がよいと知る。


「た、退却――ッ!!」


 この一個中隊の軍曹なのだろう、前線を下げて体勢を整えようする。


 雅は元々潜んでいたところからは、それほど動いていなかったが、やや前に歩みを進めると大鎌を上に掲げた。


 すると、雅の背後から、黒い手が無数に伸びていく。やがてその手は雅を越えて、逃げ惑う敵兵へと向かっていく。


 そうして決着が着いたのを見届けると、雅は後方へと下がった。


「愉快、愉快ッ!! 奴ら、何も出来ずに逃げ惑うておる。」


 羅剎が猫のような金の眼で愉しげに笑う。


「お主のような優男に何が出来ると思うておったが、いやはや、こうなると愉快、痛快だな。追って掃討するか?」


 しかし、雅は羅剎のようには奢ることはなく「いったんここまで退きましょう」と告げた。


「この勢いのままに敵軍を蹂躙するのではないのか?」

「勢を考えればそうしたいのですが、このままだと夜乃食国が御方様を夜討ちしにくる可能性がありますゆえ、一旦、後ろの守りを固めた方がよろしいでしょう。」


 その言葉に羅剎は戦況図を見ながら唸った。


「日中に夜討ちを避けられるように、手筈を整えましたが、正直、きちんと手筈通りに上手く事が進むかどうか。八嶋士奴美神や素戔嗚尊の腹心方々が上手く動いてくださるかどうかにかかっております。」


 目論見が失敗に終われば、傍目にはそう見えないように根の堅洲国に力を貸しつつ、戦の真似事をするという、敵も味方も騙すような振る舞いが必要になる。


 それを自軍の副将たる羅剎には説明すると、「その間、お主はどうするつもりだ」と訊ねられた。


「仮に八嶋士奴美神らが上手く立ち回ってくだされば、私はこちらの戦いを一旦抜けて、茶番に付き合うつもりですよ。いったん根の堅洲国に捕まったフリをしなくてはなりません。」

「随分と回りくどい事をするのだな。」

「夜乃食国も根の堅洲国も高天原とはかなり難しい関係なんですよ。我らが敗れれば次は両国が高天原に攻め入られる。」

「では我が軍に付けば良いのに。」

「そんな事をすればそれこそ大戦ですよ? 素戔嗚尊が娘、月読命の姪、そして、我が妻である須勢理は、御方様の呪を受けている上、助かったとしても高天原に狙われている。」


 羅剎は「ふむ」と言って雅を見る。


「御方様は嫁御を盾にしているのか。」

「ええ、その上、淤加美神の横恋慕付きと来てますから気が抜けません。」


 カカッと羅剎は笑い「良いのう、良いのう。儂は昼ドラが好きなんじゃ」と笑った。


「笑い事じゃないですよ、私は恋女房と平穏無事に過ごしたいだけですのに。」

「火車の如き動きをしておいてよう言うわ。早う敵方に行き、飛車成りして参れ。」


 雅はクッと喉を鳴らし「昇り龍としての見せ所ですしね」と言う。


 戦況図に先程まであった中隊規模のところにバツをつけ凸型の駒を配する。あたりは丁度歓声が上がり始めていた。


「おそらくこの後、轟が動き始めます。」

「うぬが言っていた牛頭、馬頭を手負いにさせた者か。」

「ええ、元相棒です。」

「なんじゃ、そっちもうぬが仇なのか?」

「ええ、残念な事に。」


 羅剎が「敵が多いのだなあ」と言うと雅は眉を八の字にして「全くです」とため息を吐く。


「それで我は何をすれば良い?」

「はい、一連の事が片付くまで、彼をこの場に引き付けておいて欲しいのです。」


 そのために先程相手したのとは別の一個中隊を潰す必要がある。


「この地を我らが押さえられれば、向こうは袋の鼠になってしまう。向こうの大将がそれと気づけば激しい戦いとなりましょう。それでも夜八つ時には雌雄を決するかと存じます。丑三つ時には和議に移るかと。」

「時刻までとは、これより先に起こることをする見てきたように言うのだな。」


 すると、雅は首を横に振った。


「兵は拙速を聞く、未だ功の久しきを()るなり。長引けばこちらが不利になるばかりですから、こちらよりスピード勝負で仕掛けねばなりません。」


 確かに高天原の軍が他の国との出入り口を封鎖し黄泉の国を包囲しているとは言うものの、この国の中にまで入り込んだ数はそこまで多くない。


「牛頭馬頭の御二方が陣頭指揮に立てないという事は向こうにも伝わっているでしょうが、貴方のような方もいらっしゃいますし、助っ人も呼んで参りました。天の利、地の利、全体的な兵力自体はこちらが上です。ですので、私が戻るまでは、追い詰め過ぎぬ程度に囲っておいて頂けると助かります。」


 根の堅洲国で妙白と柳舟と戦況図でシミュレーションしたのと同じように、細やかな調整をしながから自軍を誘導する。その鮮やかな戦術と、細やかな説明に、羅刹はこの男が「伊邪那美命のお気に入り」な理由がわかった気がして唸った。


(攻め込まれてからここまで立て直すのに、約四時間あまり。)


 完全なる不意討ちで後塵を期していたはずなのに、気付けば被害を最小限に止められるように采配が振るわれており、少なかった兵糧も根の堅洲国と敵陣から調達し、多少の兵糧攻めであれば乗り切れる程度には備蓄も確保した。


(自軍を立て直して、鼓舞し、敵軍との和議まで半日で済ませる気とは・・・・・・。)


 羅刹の雅に対する印象は「敵に回せば厄介そうな男」に変わり、当初こそ、お手並み拝見と口出ししなかったものの、ここまで至ると、ようやく雅の策について羅刹も勘案し始めた。


「助っ人とは、誰だ?」


 羅刹に問われて、雅は薄く口元に笑みを浮かべる。


「平 将門公と、不肖の息子、建御名方神にございます。今は将門公が御方様と共に、建御名方神はこちらを対応してもらっております。」


 建御名方神のいる位置を見て、羅剎は片眉を上げる。


「少し手薄ではないか?」

「はい、この一団をこちらに誘い込もうと考えておりますゆえ。」

「なるほど。我らをここに残すという事は、この辺りに別働隊も出せば良いだろうか?」


 意図を汲んでくれた羅刹に雅は頷く。しかし、その目はまだ迷っているように見えた。


「この陣形になれれば確かに叩けそうだが、何か気掛かりな事があるのか?」

「個人的な話なのですが、お願い事をひとつ聞いていただけないでしょうか?」

「む?」


 すると、雅は手薄と言われた建御名方神の陣を指さした。


「建御名方神が暴走せぬように見張って頂きたい。」

「暴走?」

「ええ、単身、建御雷命かもしれぬ者に戦いを挑まぬように。」


 将門公や建御名方神をこの戦いに巻き込んだのは自分だ。それゆえ、二人を無事に返すまでは責任がある。


「その者が建御雷命と戦うのは不味いのか?」

「ええ。相手は牛頭馬頭を手負いにした者ですからね。」


 そう言うと建御雷命と思しき轟の率いる高天原軍の動きと、黄泉軍の動きを凸型の駒を使いながら、建御名方神が単身躍り出た場合の動きを再現する。


「建御雷命に勝ったとしても、後方部隊に囲まれたら多勢に無勢だな。建御名方神は討ち取られるか――。」

「はい、それは黄泉軍の士気にも関わりますから、必ず阻止したいのです。」


 現に自分が、太古の大戦で高天原へ《国譲り》を決めたのも、瀕死の重症ながら生き延びた建御名方神の助命が故だった。


「平和と規範の中で生きてきた建御名方神は、群雄割拠している場合の戦い方を知らない。一方、私の知る限り轟は、平和な高天原にあっても戦国同様に生きている男でした。平時ならともかく、今戦えば捻り潰されるのはどちらかなど、火を見るより明らか。」


 雅としてはそれを何としても避けねばならない。


「良かろう、それではここより拠点を少し下げ、このあたりに陣を張るのでは如何? 我が軍を三つに割り、ひとつは拠点に、ひとつは別働に、ひとつは我と共に建御名方神の助力に回ろう。」


 雅はその提案に頷くと「私が合流後は、再び元の位置まで上がることとしましょう」と、話した。

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