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胡蝶の夢  作者: みなきら
胡蝶の夢、我となれるか
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驪竜之珠

 須勢理毘売命の意識が薄れているせいか、目を覚ましたのは加代子だった。


 二人を再び引き合わせてしまったが故に、大己貴を失い傷付いた須勢理(彼女)をさらに傷付けてしまったように感じて、加代子は胸が痛んだ。須勢理はもしかしたら暫く目覚めないかもしれない。


 薄目を開けて、燈火の光で見えたのは添い寝姿の淤加美神で、心地よさそうに眠っている。その寝顔を見ると、亨の面影を感じて加代子自身も胸が塞がる心地になった。


「どうした、目が覚めたのか?」


 寝たふりは厳しいだろうなと思うから、不機嫌を装って瞬きだけ返す。


「幾ばくか、生気が戻ったみたいだな。」


 汗で顔に張り付いた髪を淤加美神が払いながらくすりと笑う。その笑顔は自分が亨に惹かれた時と同じものだったから、加代子は困ったように目を伏せた。


 考えてみれば三年間、同棲してからは二年、淤加美神こと城島 亨は朝夕問わずにいつも傍にいた。別れ方は最悪だし、彼の残した烙印をきっかけに、今もこんな目にあっているわけだが、それでもこうしてあの頃と同じような笑みを見せられると、心が不安定になる自分がいる。


 加代子が眉間に皺を寄せると、淤加美神は「そんなに厭わないで欲しい」と頬に触れてきた。そのまま、唇を交わす。


 ああ、知っている――。


 目を瞑っていると、余計に彼の触れ方、焦らした方を感じてしまう。


 いけない――。


 自分は加代子で、雅を欲しているのに。


 須勢理(彼女)の欲しているのも、大己貴命なのに。


 大雨の後の増水した暴れ川のような、淤加美神の与える心地良さに飲み込まれてしまいそうになる。


 同時に胸、下腹も弄られれば、須勢理毘売命の身体はビリビリと痺れたようになり、加代子は自分が心地良いのか、須勢理が心地良いのか分からなくなって、僅かな息継ぎの際に「ああ」と切なげな声を上げた。


「ここが気に入ったか?」


 後ろから抱え込まれるようにして愛撫されれば、どうしたって淫らな心地になる。


 ダメなのに――。


 狂いそうだ――。


 身体の芯がウォッカかテキーラでも煽った直後のようにカッと熱を持ち、ひと撫でされるごとに角砂糖がコーヒーの中で溶けていくみたいに理性が崩れていく。


「須勢理、我を選べ。そうしたら楽にしてやろう。」

「だ・・・・・・め・・・・・・ッ。」


 ぎりぎりのところで加代子が否定すれば「心は頑なだな」と嘲笑い、触れる力や速さが変わり、頭の芯がずんと痛いくらいに感じる。


「画してきた一線も越えたというのに、何を躊躇う。」


 半開きになった口に指を押し込まれ口内を弄られ、耳を(ねぶ)られると、自分の意思に反してビクビクと身体が震えてしまう。


 今にも飛びそうな意識の中で、大きな黒いうねりとなって、何かが脊椎に沿ってせり上がってくるようで、埋め火のような内側からのじりじりとした熱さに襲われる。


 それを感じているのが加代子(自分)なのか、それとも須勢理(彼女)なのか曖昧になる。


 欠けて壊れた器を金継ぎするようにピタリと寄り添ってくる感覚で、強く彼を拒めない。


 このまま、流されてしまおうか――。


 そう思った矢先、加代子の視線の先には大己貴の玉璽が目に飛び込んできた。途端に須勢理に意識を奪われる。


「やめ・・・・・・て・・・・・・ッ!」


 大己貴の玉璽に助けを求めるように手を伸ばす須勢理の様子に、淤加美神は煩わしそうにその手を捕らえると、床に縫い付けるかのように組み伏せる。


「大己貴はもうおらぬ。彼奴はそなたを助けには来ぬ。」


 須勢理はそれでも手を伸ばそうとしたが、腹に回された腕で腰を引き起こされると、力任せに抱き込まれた。


「やあぁ・・・・・・、あ・・・・・・ッ。」


 焦らされて火照った身体の最奥を穿たれれば、須勢理は「狂う」と呻く。淤加美神は肌を密着させて耳たぶを噛むようにすると、「狂えばいい」と促した。


「ここに朝は来ぬ。ただ我を求めればいい。」


 体勢を変え、向き合うようにすれば、中がかき混ぜられて、目の前がチカチカと瞬き、心地良さに喘ぐ。


「本当の名前以外、全てを捨ててここにいれば良い。我が(あぎと)の珠の姫として。」


 そう言うと淤加美神は、抱き締めてくる腕の力は強くして、快楽に震える須勢理に懇願した。


「ただ一言、()と言うておくれ。」


 今までとは打って変わって甘えるように、願うように掠れた声で言われる。


「貴方が忘れ草になるとでも?」

「ああ、なる。我が呪で楽にしてやろう。」


 もっと前にこうしていれば、楽だったろう。淤加美神が言い切ると須勢理も全てを捨てても良いと思えてしまう。


「我が愛しの《珠姫(たまひめ)》。」


 淤加美神の気に飲まれ、波涛の如く快楽に誘われる。須勢理は全てを捨てる事を了承した。


 一方、須勢理から意識を切り離された加代子は、再びたくさんのモニターのある部屋に戻ってきていた。


「晴明ッ! なんで、二人を引き合わせたのよッ!?」


 再び合わなければ、自分は亨に会うことはなかった。そしたら、こんな風に心乱れる事もなかったのに。


 すると、小さなモニターは晴明の姿を映し出し、いつか雅が言ったように「この世に偶然はない」と答える。


《あの場に我らがいたのも、須勢理(彼女)が淤迦美神と生きると決めたのも、また()()。我らが彼女を淤加美神の元へ送らねば、あの時点で八岐大蛇は蘇り、今日の我らはなかったでしょう。》


 晴明の指さした先には、根の堅洲国の素戔嗚尊の邸に、武装した高天原軍がなだれ込んでくる映像だった。そして、音声が無くとも「唐王御前を探し出せ」と喚いている様子がみてとれる。


 その映像に近付けば辺りのモニターは消えていき、不意に八嶋士奴美神の元へ遣いに出された白蛇の視点に切り替わった。


 草むらを体をくねらせて進んでいくと、声を潜め隠れている八嶋士奴美神を見つける。八嶋士奴美神と目が合った。蛇も涙を流すだろうか、加代子は心乱れたまま、縋るように八嶋士奴美神に近付く。


「誰の遣いだ? 随分と間の悪い時に来たな・・・・・・。」


 優しく手を差し伸べられると、白蛇のまま身体をくねらせてその手に擦り寄った。どうやら素戔嗚尊の邸に来たものの、襲撃を受けて命からがら抜け出して来て潜んでいる所だったようだ。加代子は須勢理がそう呼ぶようにそっと「兄様」と声をかけてみた。


「!?」


 自分の呼び掛けに驚いた顔で、そのまま厭うことなく蛇の身体を抱き上げる。晴明が言うのだから、こうして干渉できる時点で、これも必然なのだろう。


「兄様、須勢理にございます。」

「私を《兄様》と呼ぶのはお前くらいだから分かるよ。それよりこれはどうした事だ? 邸から外へ出られずにいるのかい?」

「いいえ、今は邸にはおらず、黄泉におります。」

「黄泉に?」

「はい。」


 そして、本来、奇しくも淤加美神がそう告げるように命を掛けたとおりに、加代子は須勢理が黄泉の淤加美神の元にいる事を話した。


「分かった――。それではそのまま、そちらに置いてもらえ。こちらは高天原の軍が押し寄せており危うい。父上と二人、妙な気を察して、庭に逃げたが、このまま邸に火を掛けられる可能性もある。時が満ちるまで逃げ延びよ。」


 それを聞くと白蛇は加代子の意識とは裏腹に消えてしまった。そして、次は空を飛ぶ烏の目を借りていた。


「探せッ! どこかにいるはずだ。大己貴の御璽(ぎょじ)を取り上げよッ!」


 その言葉に淤加美神の所にあった玉璽を思い出す。彼らはあれを探しているのだ。


 結界を破って土足で邸内を闊歩する。輩の目は青く底光りし、自らの行動が正しいと信じきっている目で、きっと自分と晴明が須勢理毘売命を淤加美神の元へ連れてっていなければ、岩佐又兵衛の「堀江物語絵巻」のようになっていたに違いない。


「庭も探せッ! 逃げ出していても、そう遠くには行っていないはずだッ!」


 上空高く昇り、八嶋士奴美神の姿を探す。辺りを探せば、その姿は既に垣根を越え、敵の馬でも捕まえたのか、かなり離れた位置にあった。


 ぴいいいっと甲高い音で呼ばれて振り返れば、やはり一里ほど離れたところに三本足の大烏と共に素戔嗚尊の姿を見つけた。


「皆、逃げ仰せたか?」


 他の烏どもがかあかあと啼く中黙っていたら「須勢理はどうか?」と言われる。加代子は「烏語は話せないし」と思ったが「蛇で通じたんだから、話せるかも?」と思って「父上」と声をかけた。しかし「かあ」としか話せない。


(あ、ダメか・・・・・・。)


 と、加代子は落胆したが、素戔嗚尊は眉間に皺を寄せた。


「父上・・・・・・?」


 伝わっている事に加代子は嬉しくなって、パッと顔を上げる。そして、パサパサッと片羽を広げた。


「父上、須勢理です。」

「なにゆえ、烏に思念を飛ばしておる? まさかまだ邸近くで囚われているのか?」

「あ、いえ、今は黄泉におりますので無事にございます。」

「黄泉だとッ!?」


 さっきまで騒がしくしていた烏が一斉に黙る。加代子も自分の失言に気がついて、ハッとする。


「よ、黄泉近く、です。」

「須勢理。嘘を吐くにしても、もう少しましなのを吐け。」

「は、はい・・・・・・。」

「それで、黄泉の何処におるというのだ?」


 険しい表情の素戔嗚尊に加代子はなんて答えたらいいものかと悩んだ。気分は朝帰りした日の朝、うっかり親に見つかった時のあのなんとも言えない気まずさに似ている。


 加代子は少し逡巡し、素直に「淤加美神の所にいる」と話した。


「無事にしておりますから、ね?」


 だから、今はそっとしておいてあげてと願う。首を傾げて「かあ」と鳴く烏に向かい、素戔嗚尊は小さく溜息を一つ吐いた。


「まあ、無事ならば良い。そちらにいる方がどうやら気が紛れているようだしな。淤加美神も気をつけるとは思うが、ゆめゆめお袋殿に気取られるなよ。」

「はい。」


 そう話すと、再び意識が烏からふわりと離れる。次の瞬間、加代子はまた別の生き物の目を借りていた。


 今度は、一頭の瑠璃色の羽をした蝶だった。

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