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胡蝶の夢  作者: みなきら
胡蝶の夢、我となれるか
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クリアランス・サクリファイス

 常春の庭から博雅のいる長秋庵へと渡る。


 博雅の奏でる楽器の音は、邸に近付くにつれてはっきりと聞こえてくるようになる。


「素晴らし音色だこと・・・・・・。」


 珍しくうっとりと小笹が呟くと、晴明は「楽器の精は、老若男女問わず、誰しも博雅に熱を上げる」と話す。


「こんな風に奏でて貰えるのであれば、楽器冥利に尽きるというものです。」

「そういうもの?」


 加代子が訊ねれば「そういうものですよ」と小笹は答えつつも「そうですね、人がアイドルに憧れるのに似てますわ」と言われると「なるほど」と合点がいった。


「それでわざわざこちらに場所を移したのはどうしてだ?」

「博雅は雅信の二つ違いの従兄弟です。《大己貴命》については私が説明できますが、《雅信》については幼い頃から一緒にいる彼から話してもらった方が良いかと思いまして。」


 涼やかな風に尾花が揺れる。一見すると、手入れされていないように見える庭なのに、「秋」だからか不思議とこの状態が似つかわしいような気にさせられる。


 晴明について庵の中へと進めば、確かに背格好が雅と似た雰囲気の男が琵琶を奏でていた。


「博雅、邪魔をするぞ。」

「それは構わぬが、そんな畏まった服装でいかがした・・・・・・?」

「お主にも縁あるお客人を連れて参ったのだ。」

「客――?」


 そして、後ろから付いてきた面々の中に加代子の姿を見つけると、博雅は大きく目を見開き、幽霊でも見たかのような顔で「なぜ琴姫がここに?」と訊ねた。


「琴姫をご存知なんですか?」

「もちろん。琴姫は滋野井弁が娘で、雅信の恋女房だ。だが、早くに亡くなったはずだし、これは一体・・・・・・。」


 雅と違って人の良さそうな雰囲気の博雅は、狐に摘まれたような顔で「晴明、この方は琴姫なのか?」と訊ねた。


「別人と言えばそうだし、同じと言えば同じだ。以前、素戔嗚尊のところで須勢理毘売命がお戻りになったと話したであろう?」


 横から晴明がそう補足にならない補足をすると「そうだったか?」と博雅は何とも頼りなげな声を上げる。とはいえ、加代子も上手く言葉が見つからなくて、結局、晴明の言葉に頷いた。


「私は《島崎 加代子》と申します。それ以前の事を忘れてしまったけど《琴子》で《須勢理毘売命》だそうです。だから、別人と言えば別人だし、同じと言えば同じですね。」


 博雅は呆気に取られた表情で、まずは自分の頬を抓ってから「痛くないから、もしかしたら夢か?」と晴明に訊ねる。


 晴明は「博雅は目を開けて寝るのか?」とくつくつと笑った。


「まあ、一年(ひととせ)も前の話だからな。忘れていても致し方ない。」

「そんなこと言っていたか? あの時は道真公の夢見の話をしに聞きにいっただけだと思ったのだが。」


 晴明は微笑みながら「それとも関わる話だが、今はまあ、それは良いのだ」と話す。


「今日、ここへ来たのはお主の知る雅信殿を琴姫にお伝えして欲しいのと、今回の高天原と黄泉の国の戦ごとの件を琴姫に多角的に見て頂こうと思ってな。」

「は? 戦ごと?」

「ああ、高天原が黄泉の国に攻め入ったのよ。」


 そう言うと、どこかのIT企業が羨ましがりそうなホログラムを晴明は難なく生み出す。


「ここが今、我らがいるところ。そして、こちらが黄泉、葦原中国、高天原。黄泉と葦原中国の間にあるのが根の堅洲国、葦原中国と高天原の間にあるのが夜の食国です。」


 博雅は口を丸く開けてその様子を見、柳舟は目を輝かせてその様子を見ていた。


 加代子はそれを見て三界の真ん中、核になっている部分を指さすと「そこには何があるの?」と訊ねた。


「他の国では《世界樹(ユグドラシル)》の名でも通っていますが、この国の《心の太柱》があります。実際の木ではなく巨大なエネルギーの核ですが。」


 そう言うとそれを反映したホログラムを展開する。


 すると、高天原はそのエネルギーが上に伸びた先に広がり、夜の食国は枝葉の少し影になっている部分に、同じように根の堅洲国は下に広がるエネルギーのうちで地面に出た根の出たようになった所にあり、黄泉の国はその下に広く広がっていた。


 晴明が少し腕を動かせば、立体模型は向きを変える。


「根の堅洲国と夜の食国は、年に二回、春分と秋分の季節に変若水と死に水の湧き出でる時期に繋がります。」

「それが今の季節?」


 加代子が訊ねると晴明は「そうです」と答える。


「この間だけであれば夜の食国と根の堅洲国を押さえれば、高天原と黄泉の国が争おうとも葦原中国は関わらずに済む。我らが葦原中国としては高天原と黄泉の国の事で巻き込まれぬように考えているのです。」

「それと《大己貴を討つ》事とどう繋がると言うの?」


 加代子が苛立って言えば、晴明は世界樹を指差し「貴女を贄として求めている《龍》はこのエネルギー体そのもの」と言った。


「《心の太柱》は数多の《龍穴》を封じられて以来、三界への影響を徐々に小さくしています。それゆえ世界は今まで安定していましたが、それは決してエネルギー量が減ったわけでは無いのです。」


 むしろ《龍穴》という出口を塞がれたことで、中の圧力は高まっており、何かの拍子にエネルギーが漏れ出たならば、龍穴の大きさによっては《心の太柱》自体が壊れてしまうだろうと晴明は話した。


「そうなれば《龍》は新たな《八岐大蛇》と化して三界のあらゆるものを飲み込みます。かつて宝玉の姫を喪い素戔嗚尊に調伏された八岐大蛇と同じように。」


 そして、それを防ぐには圧力鍋に乗っている重石のように、安全に圧力を逃がす装置が必要だと晴明は言う。


「貴女はその《重石》となりうる唯一の存在。古き世の心の太柱の名残が生まれ変わった淤加美神や、今、黄泉に封じられている伊邪那美命が貴女を求めるのはそれが理由。」


 淤加美神はその生まれゆえに須勢理毘売命に惹かれ、伊邪那美命はその苦しみがゆえに身代わりを求めているという。


「一方、大己貴命はその身を幽世に封じられた事もあり、《心の太柱》の力を顕現させる事の出来る方に変じられた。」


 和御魂であれば安泰だが、今のように荒御魂と化して、その力を顕現されれば、多くの災害がもたらされ、結果、葦原中国の者の多くが消し飛ぶ可能性がある。


「今の大己貴命が数多の罪なき民を、絶望の奈落に落とす存在だと知っても、貴女は彼を助けたいのですか?」


 その言葉に少彦名命は目を伏せ、柳舟と小笹は黙ってこちらを見てくる。加代子は頭の中で雅の言葉を反芻した。


《世界の方が僕らを排除しようとするんですよ? 少しくらい痛い目を見せようとは思いませんか?》


 そう話した雅は世界に怒りをぶつけると言うよりも、悲しくて堪らないという声をしていた。


《世界が私たちを排除するとして――。もう一度、受け入れて貰えるようにする方法はないの?》


 そう何気なく答えてしまった自分が今更恥ずかしくなる。


《幾度となく、殺されかけて、助けを望んでも手も差し伸べられず、最終的に殺された貴女が、それを仰るんですか?》


 加代子は自分の返答に歯痒さを覚えた。あれは彼自身を指していたと言うのに。


《そうですねえ。僕らがそうなるように願ったなら、もしかしたら、もう少しマシな世界が出来るかもしれません。》


 あんなに傷つき絶望している雅を、どうして放っておけるだろう。


 少し乱れかけた呼吸を整えると、加代子は僅かに声を震わせながら「それでも私は助けを乞うわ」と答えた。


 私自身が贄となり、彼らが一瞬でもこっちを向くのであれば私は幾らでもこの魂を手放そう。そう言うと晴明の表情が固まったのが分かった。


「晴明、私は信じてるんだよ。」


 災厄にまみれ、自分の無力さに気が付き、どんなに絶望してしまって、その場に崩れ落ち、天を仰ぎ地に伏せたとしても。


 パンドラの匣の底には《希望》があると。


 そして覚悟を決めると加代子は素戔嗚尊に貰った勾玉を強く握り、雅に教えて貰った晴明の真の名を思い浮かべる。


()()宿()()()()。」


 静かに晴明の名を口にした加代子からは瑠璃色の気が立ち上る。少彦名命は目を丸くし、晴明は咄嗟に九字を切った。


「姫様ッ!?」


 晴明から放たれた光の刃に小笹が声を上げ、柳舟は佩いている太刀に手を掛ける。しかし、加代子が「控えよ」と一言告げると、光の刃は霧散し、柳舟や小笹は全く身動きが出来なくなってしまった。


 晴明は身構え、今度は護符を手にして呪を唱える。しかし、加代子が小さく「霹靂(はたた)」と口にすると、そのつり目は見開かれ「何故それを」と呟いた。


「素戔嗚尊が娘、また、大己貴命が妻として命ず。我に従い、我を助けよ。我が仮の名よりこの者に《理》の字を与え、久々理の神とせん。」


 晴明は身構えたが、それは普通の名縛りとは違い、自分の生み出した常春の国の春風のように、どこまでも優しい力で祈りと願いに満ちていた。


 そして、加代子はにこりと微笑んだ後、ふらりと体勢を崩すと、そのまま意識を手放す。


「姫様ッ!?」


 小笹が支えようとした瞬間、その身体を支えたのは、不思議と晴明だった。


「よもや偏諱(かたいみな)を賜るとは思わなんだ。」

「偏諱?」

「ああ。」


 博雅で言うなら、それは「博の字」を賜る事だと話す。


「それはどういう事だ?」

「名縛りは力任せに《配下》にくだらせますが、偏諱は理に則り《門下》にくだらせます。しかも、私に《理》の字を与えられた。スサ、スセは、進めるの意、リは(あらたま)を磨くこと。」

「璞?」

「掘り出したばかりの石のことよ。そして、それは《荒魂》に通ず言霊。それを正す門下に下されたとあらば、私は大己貴命を誅せなくなった。」


 博雅を置いてけぼりで一人合点する晴明に、博雅は「何を一人で納得しておる」と険しい顔つきになる。


 一方、柳舟は「姫様の力の目覚めも近そうですね」と呟き、少彦名命は「厄介な事にな」と応えた。


「今から願い下げをしたところで、高天原への進行は止められましょうか?」

「どうだろうな? ただ、両国で戦いをしている場合ではないと、俺は思うんだが。大己貴命が淤加美神と須勢理を求めて本気で争えば、八岐大蛇が生まれいでるのは、今、この瞬間でもおかしくない。それが分かっていながら、伊邪那美命は大己貴命を唐草の呪で縛っているが。」

「それはまた、厄介ですね。」

「ああ、全くだ。」


 少彦名命の話に晴明は眉間に皺を寄せつつ、式神を呼び出すと「龍仙の珠を持てまいれ」と伝える。


「何をするつもりだ?」

「私はそちらに坐わす姫様に下された。それゆえ、判断を姫様に委ねます。」


 そして、晴明は加代子の目と耳にその珠を宛てがうようにし「己が目と耳で決めてくださいませ」と話した。

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