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胡蝶の夢  作者: みなきら
胡蝶の夢、我となれるか
16/34

四間飛車

 庭には色付いた木の葉が舞い散る。


 数日寝込んでいる合間にも秋の気配は進み、風は涼やかな気配から冷たいものに変わっていた。加代子は東の対屋に渡り、熱心に話を聞く。


 そこでは、地蜂の精だという柳舟(りゅうしゅう)がそれぞれの土地柄の特長と歴史を教えてくれて、百足の精だという妙白(みょうはく)が軍事的に三界がどのような状況に置かれているのか話してくれていた。


「死神界がある高天原の統治下には葦原中国があり、夜乃食国、根の堅洲国はそれぞれが自治を認められた国、黄泉の国は仮想敵国という事です。」

「そして、お(ひい)さんが伏せっている間に、高天原が黄泉に攻め入った。」


 妙白は「高天原の軍から漏れ聞いた戦況は凡そこんな感じか」と言いながら、柳舟が描いた黄泉の概略地図に凸の字で記していく。


「常闇の御門には伊邪那美命、および、大己貴命が坐すはずだが、襲われた当初以来、大己貴命の姿を見かけたものがいないようだ。そして、こちらの少し離れたところで陣が張られているのが淤加美神が軍。孤軍奮闘状態だったところ、先刻の報せだと、伊邪那美命の黄泉軍(よもついくさ)が合流し、現状は膠着状態と言ったところか。」


 長引けば八雷神にも司令が下っており、道真か将門が火雷大神として黄泉に付けば、戦乱の世、再びの状態になるらしい。


「そうなる前にと、我らに交渉したいと言ってきていたのが、先程の御仁たちよ。」


と、言いながら妙白はカラカラと笑う。


「使いに我らが天敵の()を寄越すとは実に高天原らしい。」


 柳舟は「全くです」と吊り目気味の目を一層吊り目にして、機嫌悪そうに「厚顔無恥にも程がある」と言い捨てた。


「そんなわけでお姫さんの教育係をかって出たんだ。今回の我らは《中立》であることを表には出さねばならぬ。」


 自分の事を「お姫さん」と気軽呼ぶ妙白は武将らしく胸板の厚い屈強な男で、一方、「姫様」と丁寧に接してくる柳舟は反対に神経質そうな「インテリメガネ」といった体の男で、金縁のモノクルを付けている。


「姫様、ここまではよろしいですか?」

「ええ。」


 加代子はにこやかにそう返事をしていたが、近くに侍っている小笹は二人の様子を気味悪そうに見ていた。


 何せ「人のなり」をしているとはいえ、その本質は《地蜂》と《百足》だ。上手くその気配を隠しているからか、加代子は気にかからない様子だったが、式神として、相手の本質が見える状態の小笹の目には、気を抜くとすぐにでも悲鳴を上げられそうな光景が繰り広げられていた。


 巨大な大地蜂と大百足が、大事な主の傍にいる。月読命の力で生きながらえている加代子は、儚い蝶のようで、一瞬でも目を離せば、二人に頭からバリバリと食べられてしまうのではないかと不安になる。


 しかし、そんな小笹を知ってか知らでか、加代子は「雅は大丈夫かな・・・・・・」と不安げに呟いた。


 途端、ふわりと木の葉が舞入ってきて、それを中心に黒い風が舞い起こる。


「な・・・・・・ッ?! 敵襲かッ?!」


 御簾が跳ね上げられ、几帳が吹き飛ばされる。加代子は一瞬の内に妙白の背の後ろに匿われていた。


「しまった、加代子さんの近く過ぎましたね。」


 聞き慣れた声にそっと妙白の肩越しに声の主を見れば、見慣れた黒い服装に、漆黒の髪の雅が立っていた。


「大己貴命――ッ!?」

「貴様、何しに現れたッ?!」


 柳舟は驚き、それから怒号を上げる。雅は五月蝿そうに片耳を手で塞いだ。


「柳舟さん、そんなに怒鳴らないでくださいよ。ちょっと目測を誤っただけなんですって。」


 雅が煩わしそうに言えば、妙白は冷えきった声で「おい」と声をかけ「お姫さんに几帳が当たりそうだったぞ?」と言う。


「庇わねば、お姫さんが怪我をしていたぞ。」


 それには雅もいつになく申し訳なさそうに眉を八の字にする。


「それは、申し訳ございませんでした。」

「謝るなら、お姫さんにしろよ。」

「大丈夫だよ? 妙白さんのおかげで怪我はないから。」


 加代子が妙白の肩越しに顔を覗かせていうと、雅は加代子の姿を見るなり破顔した。


「ああ、加代子さん、ご無沙汰していました。」

「そんなにご無沙汰された気もないんだけど。でも、雅は黄泉にいるんじゃなかったの?」

「もちろん、籍は黄泉の国のままですが、加代子さんに一目逢いたくて、こうして立ち寄ったんですよ?」


 荒れた部屋を片付けながら、じっとりとした目を向ける他の三人を無視して、雅は加代子の傍へと来ると腰を下ろした。


「もう具合は落ち着かれましたか?」


 そう言って触れてくる雅の指先はとても冷たく、その瞳は深紅に染まっていた。


 頬に触れてきた雅の手の上から、加代子はそっと手を重ねると「雅こそ、無事でよかった」と甘えるように話す。


 そんな二人のやり取りを見て、妙白はやや大袈裟に溜息を吐くと、「露顕(ところあらわし)をしたばかりの新婚に言うのは俺も野暮だとは承知で言うが、お主ら、我らが居ること忘れておらぬか?」と訊ねた。


「そこは気を利かせて、席を外してくれるべきところじゃありませんか?」


 雅がにっこりとして言えば、妙白は「全く」と呆れ、柳舟は「いや、ダメだ。今、姫様と二人きりにしたら、姫様を拐かしかねない」とぼやく。


「それも一興ですね。どうです、山荘など?」


 雅が本気なのか、冗談を言っているのか分からなくて困っていると、柳舟は「大己貴命」と底冷えする声で咎めた。


「まあ、冗談はさておき、妙白さんと柳舟さんがいらっしゃるのは重畳。ぜひお力をお貸しいただけないでしょうか?」

「我らはお主の《味方》は出来ぬ。」

「ええ、それは根の堅洲国が《中立》を守るために必要なことでしょう。」

「分かっているなら聞くな。」

「なので、妻が勉強している横で、たまたま夫が話を聞いていて、時折、質問をする、という体裁ではいかがと考えています。」

「む?」


 妙白は片眉を上げただけだったが、柳舟は「本当に悪知恵ばかり働く」と雅を評する。


「それで何を聞きたいとおっしゃるのですか? ()()()。」

「そうですねえ、妻はこの後どうしたら、高天原に、軍を引いて貰えるかを気にしています。」


 加代子は、一瞬、雅の応答に呆気に取られ、それから胸元をトンと一つ叩いた。


「どうしました?」


 全く悪びれた様子のない雅に加代子はむっとしながら、「嘘吐き」と口パクで言って唇を少し尖らせる。


 妙白はそんな仲睦まじい二人のやり取りに目を細めると、「お姫さんはどうするつもりだ?」と訊ねた。


「居飛車よりは振り飛車で、とは思っているようです。」

「今、我らが把握している戦況ならば、居飛車となり、がっちり囲った方が敵に対処しやすいのではないか?」


 妙白は雅の生み出した風で部屋の片端に寄ってしまっていた戦況図を広げ直すと、妙白は「連絡のおっそい、高天原軍より伝えられているのはここまでだ」と言い、「もっと詳しく戦況を知っているのだろう? 現況と違うところは朱を入れてくれ」と修正を依頼する。


 雅は朱墨を受け取ると、いくつか凸の字を書き加えたり、矢印を引いたり、×印を書き加え、端のところにそれとは別に凸の字を書き加えた。


「黄泉の軍はこのような状態ですね。高天原の軍の主力隊はこちら、そして、前衛の動きに合わせて攻め込めるように後衛を置いてますが、これは反転させればこの邸を襲えましょう。」


 それを見ると柳舟は「今の話、殿に急ぎ伝えよ」と式符を取り出して放つ。雅はそれを見届けてから、「淤加美神の陣営は少し前に出て、轟のいる主力軍と少し交戦した後、今は両者睨み合いです」と話した。


「この軍の配置を指示してるのは?」

「総指揮は私です。」


 すると妙白は「総指揮が振り飛車役も兼ねるか」と失笑した。


「こちらは先制攻撃でごっそりやられましたからね。人手不足は否めません。」


 一見すれば小さな魚鱗の陣だが、高天原の軍が押し込んでくれば、両サイドから奇襲が掛けられるように三つの小隊が伏されていて、展開したら鶴翼の構えに変じて袋叩きにするつもりなのが見てわかる。


「振り飛車としては一旦陣に引くべきか、それとも夜の食国に攻め込むがいいか。」

「桂馬となる駒はあるか?」

「桂馬ですか?」

「ああ、居飛車穴熊に持ち込まれる前に叩く。あちらには建御雷命がいるのだろう?」


 すると、雅は青竹を取り出し「凛」と声をかける。


「これより二手に分かれる。お前は事代主神の元を訪ね、神田明神に来るように申し伝えよ。来ねば破門とする旨もな。」

「御意――。」

 

 雅の声色は硬く凛が居なくなっても、威圧感は消えない。「桂馬の采配もお決まりですか」と訊ねれば、柳舟は「高天原の動きにも寄りますが、いくつか手はあります」と答える。そして、カラカラと凸型の駒を取り出すと、いくつかに分けて配した。


「ここが今の飛車。そして、欲しい桂馬はココです。」

「なるほど。四間飛車ですね。では、角をここに配し、玉はここですね。」

「ええ。」

「だが、こう動いた場合は、こっちに角、こちらに玉を移動させたいところだな。」

「いずれにせよ、美濃囲いに持っていく感じですね。」


 三人の話を聞きながら、加代子は横から覗いてみたが、駒の動きを見てもピンと来なかった。


「私には何か出来ないの?」


 そう訊ねると三人が顔を見合わせる。


「うーん、加代子さんが動くと、かなり予想外な状態が起こりますからね。」


 さながら周りは将棋を差しているのに、一人だけチェスをしているような、そんな似て非なる動きになると言われて、加代子は不貞腐れる。


「じゃあ、規格外(イレギュラー)は大人しくしてますよ。」

「いや、逆ですよ。加代子さんと小笹には、ぜひ行っていただきたいところがあるんです。」


 雅は柳舟から懐紙を借り受けるとサラサラと朱墨で書きつけ、加代子にどこかの住所が書かれた紙を手渡した。

 

「ここは?」

「葛飾の熊野神社の住所です。そこへ行っていただけませんか?」

「そこに何があるの?」

「《ある》というか、《いる》ですね。」

「何がいるの――?」

「安倍晴明、ですよ。」


 八咫烏(やたがらす)の神紋が目印で、聞けば伊邪那岐命のお膝元の神社らしい。


 すると柳舟は「姫様を伊邪那岐命の所に送るとは、血迷ったかッ?!」と非難の声を上げ、妙白も眉根を寄せた。


「血迷ってもいませんし、伊邪那岐命が動いてくださるなら、逆に願ったり叶ったりです。あの方は御方様を誰よりも愛し、そして、誰よりも畏れている方。きっとお助けくださるでしょう。」

「それで、高天原の勢力は二分するつもりか?」

「そうなったら最高ですけど。そうはなりますまい。」


 雅がにこりとすると、妙白は「そんな博打な話」と肩を竦める。


「思い通りにならない時はどうなる? お姫さんをみすみす質に取られかねないぞ?」

「本気でそう思われますか? 須勢理毘売(加代子さん)ですよ?」


 その言葉に妙白と柳舟は顔を見合わせ、頭が痛そうな顔をする。「へ?」と間抜けな声を上げた加代子の横で、小笹だけが苦笑した。


「旦那様は将棋の盤上で、チェスをするおつもりなのですね?」


 小笹の言葉ににっこりとした雅は極上スマイルをしていた。

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