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胡蝶の夢  作者: みなきら
胡蝶の夢、我となれるか
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鎮魂(みたましずめ)

 雅は「ひとまず出来る限りの事はしてみましょうか」と言って取り掛かったのは、加代子を安全そうな場所へ運んでいくことだった。


「素戔嗚尊がお力を貸してくださったようですね。」


 その声に薄らと目を開けると、大きな槙の木の枝葉が見える。雅は「ひとまずはここなら安心でしょう」と言うと、木陰に加代子をそっと下ろした。


「先程のでは焼け石に水。まだ熱が高いですから、大人しくしていてくださいね。」


 熱でぐったりしている加代子が目だけで頷くと、雅は「約束ですよ」と囁いた後、運んできてくれた時と同じようにふわりと軽い身のこなしで去っていく。加代子はその姿を目で追いながら、ため息を吐いた。


(なんで、熱なんて出してるんだろう・・・・・・。)


 助けなきゃと思っているのに、雅に何も返せていない。むしろ今回もどうやってか分からないが、伊邪那美命の目を盗んでこうしてすぐ傍にいてくれてる。


(あー、でも、夢だからノーカウントなのかな・・・・・・。)


 夢の中ならせめて健康体でいたいのに、と思いながらも大きな壁に見えていた蛇を眺めれば、二股の蛇ではなく、二匹の別々の蛇が絡まっている事に気がついた。


 () () () () (いつ) () (なな) () (ここの) (たり)


 低く静かな雅の声が、拡声器でも使ったかのように、すぐ近くから聞こえてくる。


(なんか、距離感覚がおかしい・・・・・・。)


 「やはりこれは夢なんだ」と思い眺めれば、ズームアップしたみたいに雅の姿もすぐ傍に感じる。


(何、これ――?)


 ぐらぐらと視界が揺れ、感覚が定まらない。雅と目が合うと、一瞬、目を見開かれて、「大人しくしていて下さいと言っているのに」と言いたげな顔もされたが、それも一瞬の事だった。


 雅は目を伏せて、直刃の美しい剣を日に翳すようにすると、「ふるえ、ゆらゆらとふるえ」と唱えて、(くう)を八の字に斬る。


 そして、前へ五歩進むと、再び同じ所作をし、後ろへ五歩、回れ右をして五歩と静かに繰り返す。


 一方、大蛇の方は雅の祝詞と舞に鼓舞されたかのように、先程までの緩慢な動きから一転して、緩まり締まりを繰り返して、互いに威嚇し合いながら戦い始める。


 やがて一匹が事切れたのか、だらしなく口を開けたまま動かなくなると、もう一方の蛇はゆるゆると(とぐろ)(ほど)き、今度は雅の周りを囲うようにして塒を巻いた。


 視点はいつの間にか、雅のそれになっていて、蛇の口が裂けるように開き、二本の毒牙が間近に迫って来る。目を閉じたいのに雅の視線で見ているからか、目が逸らせない。


 加代子は胸がぎゅうっと掴まれるような心地になった。


 しかし、雅は持っていた剣を高く掲げ、そのまま上へと投げると、「蛇比礼(おろちのひれ) ふるえ」と肩巾に変じさせる。


 それもまた八の字に振ると、大蛇はその動きに口を閉じ、大人しくなってちろちろと舌を出した。


佐太(さだ)蛟龍(みずち)よ、これ以上はいけないーー。」


 まるで旧知の仲のように雅は大蛇に呼びかけ優しく諭す。


「御方様の(くちなわ)を喰らってくださったようですが、このままでは須勢理の《気》まで絶えてしまいますよ?」


 雅の呼び掛けに応じるように、蛟龍は取り囲むのをやめて塒を解いていき、雅が指さした川下の方へとゆるゆると移動し始めた。それにつれて川にはとろりとした水が戻り始める。


「貴方が過去にお願いした通り須勢理を護ってくださっているのはよく存じておりますが、どうぞ手加減くださいませ。」


 雅の声に呼応して「承知した」と頭の中に蛟龍の声が響いてくる。途端に雅の視点から切り替わり、彼のすぐ傍に立っている視点に切り替わった。


「ところで、加代子さん。大人しくしていて下さいと言いましたよね?」

「うん・・・・・・。さっきの所でじっとしているよ。」


 不思議と雅を目の前にしている感覚もあるが、実際、木に凭れている感覚もある。雅はそれを聞く眉根を顰めて「それでは、()()()()ているのですね」と言った。


「あくがれている――?」

「今、熱や怠さをあまり感じていないのではないですか?」

「うん・・・・・・? そう言えば、そうかも。あんなに熱かったのに。」

「わかりました。今、槙の木の元に戻ります。あと、少し手荒な事をしますが、許してくださいね?」


 雅はざぶざぶと水音を立てて進むと、槙の木の下へ向かい、横たわっている加代子を抱え起こす。加代子は雅に抱えられている自分を第三者の視点で眺めて、そこで初めて異常な事態に気がついた。


「え? 雅に抱えられてるのはずなのに、それを傍から見てる?? 何、これ?」


 しかし、それには答えぬまま、雅はずんずん川へと進んでいき、ざぶざぶと水の中を進んでいく。


「ちょっと、雅――?」


 深さが腰下ぐらいになると、雅は大きく息を吸うと、(おもむ)ろに抱えた加代子と共に水の中へと沈んだ。


 冷たい――。


 ぞわりと冷たさが襲ってくる。


 水に囚われる――。


 視界は濁り、目が痛む。空気の代わり水が鼻奥と喉に入ってきて苦しい。ビクリと身体が痙攣する。必死に手に力を入れ掴めば、雅が空気を口移しで分けてくれて、そのまま力いっぱい引き上げてくれた。


 ゴホッと鈍い音をさせて、盛大に噎せる。加代子はそのまましばらく言葉に出来ぬまま肩で息をした。


「な、何・・・・・・す・・・・・・るの・・・・・・ッ?!」


 人ひとり引き上げた雅も、肩で息をしていて「苦しかったですか?」と訊ねてくる。加代子は「当たり前でしょッ!」と声を荒らげた。


「何、考えてるのよッ?!」

「少し手荒な事しますとお伝えしたんですが・・・・・・。」


 「ダメでしたか?」と言わんばかりの雅に、加代子は思わず天を仰ぐ。


「色々と説明が足りないよッ!」

「その時間も惜しかったんですよ。あのまま、あくがれたままだと危なかったんですよ?」

「でも、すごく苦しかったんだからッ!」


 そう言って睨み付けても、雅はホッとしたのか泣き出しそうな顔になり、大きく腕を広げると、ずぶ濡れのまま、きつく加代子を抱き締めてくる。


「雅、痛いよ――。」


 その力の強さに加代子は「雅」ともう一度囁く。それでも雅の腕は解かれる気配がなかった。


「加代子さんが、あのまま、消えてしまうかと・・・・・・。」


 いつになく震えた雅の声に、宥めるように背中に腕を回す。


「私、消えかけてたの――?」


 言葉なく雅が頷く気配がする。


「心配掛けて、ごめんね。あと、助けてくれて、ありがとう――。」


 全身濡れ鼠で、川の中で抱き合ってるだなんて滑稽だけど、冷たく、それでいて確かな質量を感じるこの状態は、魂だけの存在だというのに「確かに生きている」と感じられる。


 強請られるようにして唇を交わせば、冷たい肌の感触と対称的に、燃えるような熱さの粘膜の感触に意識が支配されて、途端に胸の内が温かくなり全てがひとつに溶ける心地がする。


「ああ、八嶋士奴美でしょうか? 丁度良い所に。」


 雅が指を差し出した先に止まった青白い光を帯びた蝶に「玉の緒を結び固めてよろづも」と告げてふっと息を吹けば、胸元の逆鱗紋の所に吸い込まれるようにして蝶は形を崩して消えた。


「魂の緒を結び止めておきましたので、これで簡単に解けるような事はないでしょう。何かあれば月読命の蝶とあの蛟龍が貴女を護ります。」


 加代子が頷けば、雅もホッとした顔付きになる。


「この川の水をたっぷり飲んで、浴びて頂きましたから、もう二、三日もしたら熱も下がるでしょう。さあ、そろそろ目を覚ましてあげてください。小笹が首を長くして待っていますよ――?」


 そうして、その言葉に導かれるようにして目を覚ませば、枕元で小笹がずっと傍にいてくれたようで、枕元でうとうととしていた。


「小笹――?」


 呼び掛けると、一瞬びくりとして、すぐに「ああ、姫様」と傍に寄ってくる。


「寝汗が酷うございますね、ご気分はいかがですか?」


 加代子は優しげに微笑む小笹の姿を見て、心から安堵した。

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