ラスカとリュウ
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宿の一室。
まだ日は出ているが、ラスカはベッドで眠っていた。海から救出された時からずっとだ。
彼女の規則正しい寝息を確認し、ディークリフトは部屋を後にする。
『だいじょーぶ。ねむってるだけ』
彼女に付き添っていたルイは、ゆるりとそう言いながら後をついてきた。
隣室の扉を開けると、心配そうな顔の面々が一斉にこちらを向く。
「心配ないそうだ」
短く告げると、それぞれが安堵の表情を浮かべていた。
そんな中、幼女ーーリアナが、先程の言葉だけでは足りないとばかりに服にしがみついてくる。
「それで、何があったのです?!」
ラスカに何かあったらしいと真っ先に連絡を寄越してきたのは、この幼女だ。腕輪を通して異変に気がついたのだろう。
しかし、何があったのかは分からない。
答えられずにいると、レイが浮かない顔で双子の妹の方を見る。
「これって、あの時と同じじゃない?」
問いかけられ、彼女は曖昧に頷いた。
『そんしょう、すくない。でも、にてる』
「どういう……こと?」
ラスカと共に行動をしていたサーシュが、そのやりとりを聞いて顔を曇らせる。
双子は顔を見合わせた後、揃って視線を寄越してきた。
「以前にも不可解な出来事が起こって、あいつは昏睡した事ある。あの時は数日眠り続けた」
「不可解なことって、何なのです?」
サーシュが反応するより早く、ずいっとリアナが割り込んで問うてくる。煩わしく感じ始めたところで、レイが口を挟んできた。
「あの時は、爆発が起きたんだ。状況的に身体強化の魔法を使った可能性があったけど、原因は分かってないんだ」
「そんな、ことが……あったんだね」
ラスカが一時期療養していた事は知っていたようだが、細かい事までは聞いていなかったらしい。話を聞いたサーシュの顔は、普段よりも青ざめて見える。
「今回の件で、身体強化の可能性はさらに低くなった。クラーケンに遺された傷は、あいつの剣でつけられたものではなかったからな」
魔物の目と目の間ーー急所を貫いていた謎の穴。剣ではなく、もっと厚みのある何かで突いたような跡。
そう、例えるならば巨大な槍ーーもしくは、角。
「煌が……言ってた、けど……」
ゆっくりとしたその声は、意外にも存在感がありよく響いた。
「クラーケンとは、別に……海に、いたんだって……。何か、大きな……ものが。まるでーー」
ひゅう、とその喉から乾いた息が漏れ、サーシュが唾を呑んだのがわかった。
「まるで……リュウ、みたいな」
☆★☆★
「そんな魔物、知らないです。それに、あの海にはそんなものいないよです」
煌が見たという、リュウのような何かの特徴を聞いていたリアナはふるふると首を横に振った。
「妖精とか神獣だったとしても、鱗の一片もーー何も痕跡はなかったです」
「そう……なの?」
「海のことなら任せてです。お庭のようなものです」
そう胸を張るが、少女はすぐにしゅんとなる。
「でも、異変に気づくのが遅れたです。ラスカお姉ちゃん達の腕輪に異常があったから、飛んでこれたですけど……」
首都はその周囲を壁で囲われ、さらに魔道具や守護者であるリアナによって管理されている。だが、その圏外となるとなかなか力が行き届いていないらしい。
幼いながらも、彼女は己の力不足を痛感しているようだった。
気落ちするリアナに、ふとレイが尋ねる。
「腕輪の異常って何?」
「えっと、乱れのことです。激しい魔力の流れとか、感情の昂りとか。ラスカお姉ちゃんの腕輪からは、すごい魔力を感じたです」
魔力。
その単語に不可解さを感じたディークリフトは、少年の方へと目を向けた。
彼もまた同じようなことを感じたらしく、眉をひそめている。
ラスカは魔力の保有量が少ないはずだが、やはり何かしらの魔法を使ったのだろうか。
しかし、仮に魔法を使ったのだとしても、煌が見たというリュウらしきものはーー
「まさか、召喚か」
一瞬でも、謎の生き物を呼び出したのではないだろうか。
辿り着いたその答えに、小さく唸る。
「もう一度、あいつのことを細かく調べる必要がありそうだな」
あの少女は何者なのか。
共に過ごすほどに、その謎は深まっていく気がした。
ーーー