リアナという少女
「リアナ様!」
情けない声の男達に呼び止められるが、リアナと呼ばれた少女は構わずにレイとルイに近づいていく。
くりくりとしたその瞳は好奇心で輝いていた。
「魔神さん? 魔神さんなのです?? 初めて見たです!」
『はじめましてー。るーだよ』
「はじめましてです! わたしはここの守護者なのです!」
ルイが差し出した手を握り返そうとして、彼女は慌てて手を引っ込めた。
「火傷しちゃうです」
『あ、ごめんねー』
すぐに人間の姿に戻ったルイに、兵士達がほっと安堵の息を漏らす。
「もしかして、立ち入り拒否されちゃったです?」
門を指差して尋ねるリアナに、ルイはこくりと頷いた。
『うん。ちょっと、こまってたの』
「魔神さんは初めてだから、止められるのは仕方がないよです。えーっと……」
肩から提げていた小さな鞄を探り、少女は腕輪を取り出してみせる。
「これをつけてたら大丈夫だよです! はい、どうぞ」
「ちょっと待て」
彼女の動きをディークリフトが手で制し、厳しい目を向けた。
「それは魔道具だろう。どういう代物だ」
「あぁ、説明を忘れてたです」
青年に対して少しだけ首をすくめ、しかし怯えた様子は見せずにリアナは答えた。
「これをつけているのは、特殊な存在だという証明になるのです。何かあった時のために、居場所が分かるようになってるのです」
「監視される、ということだな」
「怖い言い方をするとそうなるですね。どうするです? つけるのやめるのです?」
「む……」
まっすぐに尋ねられ、珍しく彼がたじろぐ。
「監視される以外はないのか?例えばーー」
「何もないよです〜。危ないヒトだったら最初から入国させないでしょです〜」
この問答に飽きてきたのだろう。リアナはつまらなそうに口を尖らせた。
「分かったわかった。それをつけよう」
お手上げだとでもいうように、ディークリフトの方が折れた。
それを聞いて二つの腕輪を手渡そうとした少女に、今まで空気と化していた兵士が口を挟む。
「あ、リアナ様。そこの三人も腕輪が必要です」
「え?みんな特殊なのです?」
驚いたような声のあと、少女は目の前の青年を見上げた。先程のむくれた表情はどこへやら、頬を紅潮させながら目を輝かせる。
「いろいろ調べたいです……」
「そういうことなら、俺じゃなくてこっちで頼む」
「え?」
唐突に指し示され、ラスカは内心どきりとする。これは身代わりにされたのでは?と悶々としていると、彼はぽつりと付け足した。
「どこの誰なのか分からないからな」
「ディークリフトさん……」
失った記憶を取り戻すための手がかりにならないか、機転をきかせてくれたのだろうと思い直す。
「それに、面倒くさそうだからな」
「…………ディークリフトさん……」
ひっそりと聞こえた青年の本音に、肩を落とさずにはいられなかった。
ーーー
セレイーン。
魔道具が発達しているその国の王都が、なぜ水の都と呼ばれているのか。
それは、街中に張り巡らされている水路が由来だ。
海岸沿いにある王都は貿易が盛んで、港から発展した
水路は道路と同じように重要な交通手段となっている。観光のためのものも多いが、人々が日常的に利用している船も少なくはない。
「なんだか賑やかな雰囲気ですね」
あちらこちらに色鮮やかな旗が吊るされている。最近飾られたばかりなのだろうか、どれもまだ新しいように見えた。
「パレードの準備なのです」
ラスカと手を繋ぎながら歩いていたリアナが答える。しっとりとした柔らい小さな手が心地よい。案内役を買って出た彼女に連れられて、今は王都を歩いているところだ。
「滅多に見られないと思うよです。わたしも楽しみにしているのです」
話しながら、少女はぴょんぴょんと飛び跳ねる。緩やかに波打つ彼女の髪の毛が、つられて揺れた。
「ディーク。こんな時期にパレードなんてあったっけ?」
「聞いたことないな」
レイとディークリフトの会話を背中に聞いていると、リアナがちょんちょんと手を引いてきた。
「あっちにある大きな建物が、ギルドだよです」
そう指さされた運河の向こう側に、その建物は佇んでいた。
積み上げられたレンガの壁に、赤い屋根が美しい。大きな窓は等間隔で並んでいて、目の前を流れる運河の水面が反射している。
趣はあるが、やはりギルド。室内では冒険者達の快活な声が飛び交っていた。
「わ……広いね……」
『すごーい!』
萎縮しているサーシュの側で、ルイは高い天井を見上げてはしゃいでいる。
ディークリフトはというと、魔道具らしきものを見つけては、物珍しそうに眺めていた。
「ラスカ、受付の方に行こうよ」
レイがガラガラのカウンターを指差して言う。昼時ということもあり、そちらよりも飲食スペースの方が賑わっているようだ。
「そうですね、今のうちに済ませちゃいましょう」
「わたしも行くです!」
繋いだ手をぎゅっと握るリアナに、ラスカは笑って頷いた。
「こんにちは、ギルドへようこそ」
受付嬢は二人ににこやかに挨拶をした後、ラスカの手を握ったまま離れようとしないリアナに気がついた。
「あら、リアナ様!」
「この人達に、案内をしているのです。今はお仕事中なのです」
「そうでしたか、お疲れ様です。ーー今回は、どういった御用でしょう?」
胸をはる少女に相槌を打ってから、受付嬢は二人に向き直り尋ねる。ちらりと、腕輪の存在を確認したようだった。
「ギルドマスターに会いたいんだ。アレスティアのギルド本部からの紹介状も持ってきた」
「確認いたします。しばらくお待ちください」
受付嬢はレイから封筒を受け取ると、席を外す。
その後ろ姿わ見届けて、リアナは関心したように少年を見上げた。
「魔神さんはしっかりしてるん……んぅ?」
少女の言葉は、レイに口を塞がれた事で途切れてしまう。
少年はすぐに手を離すと、そのまま人差し指を自分の唇に当ててみせた。
「リアナ、それは秘密なんだよ。みんなを怖がらせちゃうからね。オレの事は、レイって呼んでよ」
「分かったです!」
ーーー
その翌日。
セレイーンの王都は喜色で溢れていた。
街では楽団の陽気な音楽が響き、あちらこちらでは露店が立ち並ぶ。
人々は一際大きなこの水路に詰め掛けては、手にした小さな国旗を振って見せている。
水路を進む、立派な船に乗っている四人に向けて。
そのうちの一人、ディークリフトがぽつりと口を開いて言った。
「なぜこうなった」