ちょっとした騒ぎ
シリーズⅡスタートしました!
LASKAー勇者はとりあえず依頼をこなすー
の続編です。
初めての方は、LASKA(作 朝舞)からお読みください。
「さて、どうしたものか」
長い銀髪の間から、切れ長の目が静かに前を見据えている。完璧なラインを描いた美しい彼の横顔は、どこか憂い気に熟孝している……ようにも見える。
ディークリフトはただ気怠く呟いただけだろうが、彼の美貌は簡単に理想を形にするのだ。
青年を先頭に旅を続けて、目的地であるセレイーンの王都を目前とした一行だったが、どういう訳か立ち入らずにいた。
「何か問題があるんですか?」
ぞろぞろと巨大な門をくぐっていく人々を遠目に見ながら、ラスカは首を傾げる。
必要なものは、身分証明書といくらかの通行料くらいだ。そのどちらも揃っているというのに、なぜ遠目から様子を伺っているのか分からない。
「あの門だ」
ディークリフトにくいっと顎先で示されたその門は、たしかに変わった造形をしていた。その大きさもさることながら、柱や壁に複雑な紋様が刻まれている。
だが、それだけだ。
そこへ、まだあどけなさの残る少年の声が割って入る。
「セレイーンは、アレスティアと同じように多民族を受け入れているんだけどね」
言葉の足りない青年に代わり、この少年……レイが補足で説明するのはいつものことだ。
「素性をごまかされないように、あの門には何か仕掛けがあるみたいなんだ。王都は、特に管理がしっかりしているんだよ」
「あぁ、だから警戒しているんですね」
「オレとルイは、もう何度か素性を明かされてしまっているからね……」
『ね〜』
レイとよく似た少女が、浮かない様子の彼とは対照的に、朗らかに相槌を打つ。
二人は双子の兄妹という設定だ。
その時、ディークリフトの目から気怠さが抜け落ちた。
「あぁ、そうか。そうだったな」
どうやら、解決策がうかんだらしい。
☆★☆★
門には複数の通路があり、人間、獣人、魔人、その他の種族で分けられていた。
一行は人間の列に並び、
ピーーーーーー!
「……ん?」
順番がまわってきたディークリフトが先にそこを通過すると、警鈴が鳴り響いた。
もちろん、すぐに門番に止められる。
ピーーーーーー!
ピーーーーーー!
ピーーーーーー!
……全員止められた。
ピーーーーーー!
「あれ……?」
ラスカの後に門を通った少年が、おっとりと目を瞬かせる。
「え、サーシュさんもですか?」
「そう、みたい……」
彼は、四人の旅に同行している連れだ。
冒険者として共に行動するようになったのは最近の事だが、以前に共闘した事がありーー
「お前達、ついて来い」
つらつらと説明している暇もないらしい。武装した兵に囲まれて、五人は仕方なく場所を移動する。
「一人ずつ、ここに立ってみろ」
門の一番端。確か、その他の種族専用の通路だ。
ずいぶんと大雑把な振り分けだが、三大種族以外は数が少ないのでまとめられたのだろう。
威圧感のある兵達の態度に顔をしかめながらも、ディークリフトが渋々通路の前に立った。正確に言えば、通路の前に設置された魔道具の上に立つ。
すると、そこに鏡があるかのように人影が立ち昇った。人だと認識できる程度で、その姿ははっきりとは見えない。おまけに、謎の強い光を放っていた。
「人間離れしてはいるが、人間だな。よし、いいぞ」
「なんだ、この言われようは」
男の言葉に、彼は不機嫌そうに魔道具を降りる。
「次は、サーシュさん乗ってみてよ」
「え……?」
レイに背中を押され、戸惑いながらも少年が前に出る。
すると現れたのは、彼とよく似た人影と、もう一人の影。
「人間……だが、二人だと?!」
「これって……」
騒めく兵達をよそに、サーシュは人影に手を伸ばした。
「もしかして……煌?」
とたんに、その若草色の瞳が暗くなる。
「おぉ、これは妾なのか。こんなものまで映すとは、この魔道具もよくできておる」
「あ、サーシュさんの身体には、煌さんという別の人格が憑依しているんです」
呆気にとられる兵達に、ラスカは簡単に説明する。それを聞いた彼らは、揃って少年に同情の眼差しを向けた。
「憑依ということは、取り憑かれているのか?大変だな……。さぁ、降りていいぞ。」
「取り憑いているとは失礼な。……煌、怒らないで、ね?」
煌は途中で引っ込んでしまったらしく、後には困った表情のサーシュが残された。
『つぎ、るーがのる!』
ルイがぴょんっと飛び乗ると同時に、ザアァッと勢いよく何かが吹き上がった。
「なんだ?!」
驚きの声を上げる兵達の前で、人間ではなく、獣人でもなく、魔人でもなく……ヒトの形さえ為さずに、ただ眩いばかりの光だけが映し出される。
「お前、ヒトじゃないな?!!」
兵士達が一斉に武器を向け、ルイを包囲した。
少女はきょとんと彼らを見上げたあと、首を傾げた。
『そうだよ?』
「何者だっ!」
『えっと、いっちゃだめって……』
「いいから言え!」
『だって……』
「仕方ないな。……ルイ」
困った様子の彼女に、レイが声をかけた。少女とよく似た彼にも、男達は警戒心を顕にしている。
「おじさん達はこれが仕事なんだから。ちゃんと教えてあげなくちゃね」
少年の言葉に、彼らは動けずにただ武器を構えていた。双子の兄妹はまだ子供で、自分達は圧倒的に優位だと思っているはずなのだが、緊張に身体を縛られている。
それは、未知の存在に対しての畏怖。
「ほら、ぼんやりしてたらだめだよ。しっかりと見てないと」
くつくつと笑う少年の肌が、水晶のように透き通っていく。金糸のような髪は氷柱のように色味を失い、碧い瞳は神秘の輝きを増す。
躯体には古めかしい紋様が浮かび上がる。
『るーも!』
身を翻した少女は一瞬にして、少年と同じような姿に変わった。ただ、少し色味が違う。レイが氷だとすると、ルイは炎を思わせる。
「俺の従魔だ。見ての通り、魔神だ」
言葉を失い、腰を抜かしている男達に、ディークリフトがさらりと言う。
そう、これが彼の思いついた策だった。
『人外であることが見破られたなら、それを演じればいい。ただ、使徒であることは隠さなくてはいけない』
この世界に存在するもので使徒に一番近い、魔神になりきってしまおうというのだ。
伝説の魔神の真偽までは分からないだろう、と。
なんとも大胆で非現実的な策だが、レイとルイの力の強さを考えると一番説得力があった。
「さすがに目立つから人間の姿にしていたんだが、このままの方が良かっただろうか」
ディークリフトは男達に一応問いかけるが、まともに答えられる者はいないようだ。
「わ、わわ!何の騒ぎなのです?!」
その時、どこかおかしな口調の幼い声が響いた。