ドリョク派はサイノウ派と抗争する
ここで、ユリナが勝機を掴むきっかけに気づいた。
「…最弱、ということは知っててもヌル君の能力の本質には気づいてないようね…。何も出来ない『無能力者』だと思ってるみたい。」
「なぜそんなことがわかる?」
「確率を変動させる能力ってのは強力なものが多い。あのハッピーセットの能力のようにね。だから、本質を知っていたら、確率で何を起こすか分からない能力者にこんなに攻撃は仕掛けてこないはず…。」
「なるほど…」
たしかにそうだ。自分の起こした炎で何をされるか分からないからな…。
しかし、そこでアパートの一室から天野さんが出てくる。
…この騒ぎで今出てくるのは遅い気がするが…
「あらあら…人の敷地内で…」
困っているのか怒っているのか、細目の表情だと少し分かりにくい。
「…あいつは…」
襲ってきた奴が天野さんのほうを見て、何か思いついたように
口元が歪んだ。
さらに八神たちが天野さんに一瞬、気を取られた隙にユリナの
手元でオレンジ色の球体が破裂する。
一瞬、液体のようにも見えた。中身は燃料か何かだろうか…
「きゃっ」
手に持っていた、スマートフォン型の学生パスポートを破壊されフィールドが解除されてしまった。
「お前も来て貰おうか、天野灯!!」
「まずい、こんな所で火事を起こさせたら建物が!!」
「ダメ、離れすぎていて盾が間に合わない!!逃げて!!」
追っ手が火柱を起こそうと手を向ける。
しかし、次の瞬間周りから『光』が全て消え、夜中の如く真っ暗になる。
「何?」
「何が起こった!」
標的が分からないのか、追っ手は火炎能力を行使していない。
だがすぐに、男はマッチほどの小さな火で手元に明かりを灯した。
男の手元以外ではしばらく暗闇が続くが、数秒後に男の断末魔の叫び声が聞こえた。
「ぐぁああああああ!!いつの…間に…」
「バカが。暗闇で自分だけ火を照らしてりゃ居場所が分かるに決まってるだろうが。…話を聞いてりゃテメェもサイノウ派だってな。こい、治安維持管理署にぶちこんでやる。」
その声と共に光が戻って、そこには追っ手を捕縛している局長の姿があった。
「局長!」
よく見ると、局長の頭には暗視ゴーグルのようなものがついていた。
おそらく、彼の能力『召還』で呼び出したものだろう。
そのため、暗闇でも混雑した人混みの中で動けたと言うことだ。
「ふん。最弱が能力で勝てるとでも思ったのか?」
嫌味たらしく吐き捨てる。しかし…
「最弱でもドリョク派には変わらん。仲間は守るのが俺の主義だ。」
「局長…ありがとうな。」
「これは貸しだからな。が、最も感謝すべきはそこのサイノウ派生まれの管理人だ。彼女の能力のおかげで不意をつくことが出来た事に変わりは無い。」
局長が指を刺す先には天野さんが居た。
「天野さんが…?」
「あらあら…分かってらっしゃったのね。ミスターサモン。私の能力は『人工太陽』。太陽を出す能力だと勘違いしてる人も居るけど、本質は光を司る能力よどこでも明かりを出すことが出来るし、もちろん消すこともできるのよ~。」
能天気な声で天野さんは言う。
…見かけによらず、強力な能力だ…。
この周辺の光を全て奪うなんて、単純に見えるが実際は恐ろしいほどの力を持っているんじゃないだろうか。
「何をとぼけてるんだか。俺の能力を知った上で光を奪ったんだろ。俺はお前の策に乗っただけだ。」
てへぺろ、と言った感じで天野さんがこっちを向いてとぼける。
…何者なんだ…。
「コイツはおそらく、サイノウ派の中の過激派。ドリョク派の事には興味もないだろうが、ドリョク派に肩入れするサイノウ派が気に入らない奴らだ。だから山神を襲ったんだろう。この管理人もな。」
「くっっそぉ…お前も過激派の癖に…」
腕を後ろに回され、手錠で拘束されている追っ手。
局長を睨みつけるが、逆に睨み返される。
「黙れ。俺は『ドリョク派に危害を加えるサイノウ派』が憎いだけだ。そこの山神や管理人のようにこちらの味方であれば守らなきゃならねえ。カラスみてぇに見境無くギャーギャー喚く過激派と一緒にするんじゃねぇよザコ。」
「チッ…」
観念したようで、うな垂れる追っ手。
召還の能力で拘束具を呼び出し、男にくくりつけながら局長は続けた。
「山神、すまなかったな。牛頭の能力で同調させられていたり、上からの命令などもあったせいもあるが、お前に攻撃したのは間違いなく俺の意思だ。」
「いいえ、その件に関しては気にしてないわ。それに私だけじゃコイツを倒すことは出来なかった。こちらこそ礼を言うわ。ありがとう。」
「…まぁ、もしお前が実はスパイであれば容赦なく叩き潰すけどな。素直に礼は受け取っておく。」
「あら、まだシロってわけにはいかないようね。」
「いや、そこの最弱を頑なに守っていたし、俺はシロだと思ってる。だが上がまだ睨んでいるんだ。気をつけろよ。」
そう言って、乱暴に追っ手を引きずってどこかへ連れて行った。
口は悪いが、正義の心を持ったハグレモノって感じだな…。
それに、上からの命令ってのも気になる。過激派の人間の上司だろうか。
「まぁ一件落着ってかんじかなー。疲れたぁー!うぉっとお…」
そう言ってユリナがバランスを崩す。
そのまま八神に倒れこんで、積み重なってしまった。
「いってぇな…」
「ごめん、能力の使いすぎで立てないや。」
「あぁ…そういうことか。ありがとうな。守ってくれて。」
「いいってことよー!あ、じゃああとでアイス奢ってもらおう」
「なんだそれ。」
最強と最弱の二人と、周りは笑ってその場は終結した。
「うーん、八神の能力がなんでもうサイノウ派に知れ渡ってるんだ?」
「わからん。まぁ特殊な能力だし有名人扱いなんだろ。」
「山神さんじゃないにしろ、どこかに情報を流してる奴が居そうだな。用心しとこうぜ?」
「あぁ…」
音沙汰と初日は八神を守るために裏で作戦を練るのだった。
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一方変わって、サイノウ派の領域、とある酒場
外国人のような顔つきの男と、小柄な女が話しをしていた。
「発火がやられたって?そりゃそうだろう。あんな弱小能力者、端から期待すらしていない。」
「名前も与えていないから、そうだろうなとは思っていましたが。」
グラスの中のカクテルを回しながらどこか遠くを見据えて言う女。
「…しかし情報すら持ってこれずにドリョク派に捕まるとはサイノウ派の面汚しよ。後に処分しておけ。生死は問わん。」
「はっ。ですが、『最弱の能力』を持った青年と『サイノウ派の裏切り者』はいかがなさいましょうか、アルバトロス様。」
「…近々、私が出向こう。その際にはお前にもついて来てもらうぞ、ハミング。」
「仰せのままに。」
(…『最弱』か。かつての魔法使いの子孫か…?だとしても、先代が戦った際に血は途絶えたと聞いたが…。面白い。)
アルバトロス、と呼ばれた大男は鮮やかな青色をしたカクテル
を一気に飲み干し、酒場を後にした。
男が着ている白色のコートはまるで大海原を優雅に飛ぶアホウドリの大きな翼のようだった。