最強は能力を行使する
「諸君、私が担任の剛力 猛だ。担当科目は『能力向上』。
趣味は筋トレ。そして、行使能力は『強化』だ。よろしく頼む。」
いかにも脳味噌まで筋肉みたいな大柄の先生が八神たちのクラスの教壇に立った。身長は…2mを越しているだろうか。教室の電子ボードが遥かに小さく見える。
「剛力先生なら、筋トレしなくても能力でいつでも筋肉量を増やせるのでは?」
「何を言っている。元からある筋肉からさらに強化できるのだ。元が強くて損はしないだろう。」
「お、仰るとおり…。」
色々とあったクラス分けの儀だったが、なんとかその後は何事もなく終わって、今はそれぞれのクラスに分かれてHRを行っている。
クラスの呼び方が1st、2ndとあって順位決めをしているようだったがあながち間違いではないようだ。この学校では、能力戦争と呼ばれる行事が年間を通じて行われている。
物騒な名前だが、良い行いをすればポイントが加算される。
勿論その逆も然り。
大昔の歴史ある魔法学校の制度をできるだけ残しているのだそうだ。
年末にクラス同士が衝突する大きな対抗戦があり、その際に今まで稼いだポイントにより難易度の異なる課題が課される。
得点をリードしているクラスには簡単な課題。
及ばないクラスには難関な課題。しかしそのぶん獲得できる得点も増え、最終的なポイントによりクラス順位が決定される。
勝ってもメリットがないように思えるが、将来就ける職場からスカウトされたり、推薦枠を獲得できたりとやけに生々しいところもある。
また寮の設備も順位の途中経過を反映して豪華になったり、食事が質素になったりする。
そのため、学生たちは努力を怠らない。努力次第で現在の生活や未来の生活が変わるのだ。
学生たちによる能力の戦争。よく出来たシステムだ…。
機械によるクラス分けは、単純な能力だけで分けられているのではなくその人自身の性格や才能によっても判断されているらしい。
最初から差が開いているように見えるが、1stクラスに入れられた生徒たちの能力は、皆扱いが難しいものばかりだが強力なものが多い。4thクラスの能力は扱いやすい物ばかりだが、単独では弱いものばかりだったりと一長一短。そこに、性格や才能を考慮して上位・下位に該当しない人が2nd・3rdに入れられる。
上位1stの性格傾向は、自信過剰であったり野心に溢れる者。
下位4thは、冷静沈着だが石橋を叩きすぎて壊すような人たちだそうだ。
2ndは控えめで争い事は好まない大人しい者。しかし怒らせると怖い。
3rdは向こう見ず、勇気に溢れる者。
これは機械が独断で判断しているに過ぎない、と先生は言うがそのとおりだと思う。
自信過剰な1stは、油断すると4thにあっけなく崩されることが多いらしい。
最も冷静で分析力が高いのが4thだそうだ。いつでも弱みに付け入る隙を狙っている。
一方で2ndと3rdは半ば協定を結んだような関係でありそもそも順位争いに興味がないものも多い。
皆違って皆良い。
そんな学校だ。
席の配置は出席番号順。
なので、八神の後ろに山神が来ることとなった。
「ヌル君、寮はもう決まったの?」
「おいなんだその呼び方は。なんかこう、ぬめっとしてて嫌だな。」
「じゃあ最弱君、いや言いにくいからダメだわ」
「人の感情にいちいち障るやつだなぁ…寮はまだ決まってないよ。今日選ぶんだ。」
「そう?じゃあ私のところに来ない?」
素っ気無く言う。
性別の概念はどこへやら。
「はぁ?いや、女子寮と男子寮ってずいぶん離れているだろ。そもそも男女別のはずじゃ?」
「ドリョク派の人たちはね。生まれがサイノウ派ってだけで寮が別なのよ。さっきまで普通の寮に配属予定だったんだけど、寮母さんから連絡があってね…。ほら、バレちゃったじゃない?」
「寮母さんまで山神さんの敵なのか。」
「いいえ、彼女は優しい方よ。でも、他の生徒から色々言われたらしくって…。迷惑は掛けられない。代わりに別の物件を用意してくれたわ。理解はしてるけど、でもちょっと寂しいでしょう?」
寂しそうには到底思えない表情で言う。
何を企んでいるのか…。
「ええと、俺は初日や音沙汰と放課後寮を見に行くんだが、山神さんの寮はどこにあるんだ?」
「ユリナ、でいいよ。競技場を越えて、大図書館と実験場の間の小さなアパート。勿論、空き部屋はまだあるはず。」
ユリナは手に持ったスマートフォンで立体化させた地図を見せてきた。
そのアパートは見た目だけだがものすごく日当たりが悪いし、狭い路地に位置していた。学園都市内だからって暴漢が居ないわけではない。女の子1人が住むには不向きと思えるような物件だ。
「…ユリナ。君が住むには…」
「君が住むには不向きだ、と言いたいんでしょう。でも忘れたの?私の能力。」
盾。八神たちは家族以外で未だに能力が行使された所を近くで見たことがないため、能力自体の想像もつかない。
実際に西洋風の盾を出すことが出来たりするのだろうか。
「どんな能力なんだ?盾って。」
「次の時間で分かるわ。子供の時と変わっていなければ、強力かもね。」
上品に笑って、席を立つユリナ。
そこに音沙汰たちが突っ込んできた。
「おいマヌケ!」
「だーれがマヌケだコラ」
「山神さんから『ま』を抜いたら八神だろマヌケ」
「…おぉ、確かに。」
ぽん、と手を叩く八神。
昔からの付き合いである彼らには、罵倒されることは慣れっこだ。これもコミュニケーションの1つ。
悪意や悪気は一切ない冗談だから。
「寮の話してたな、一緒に住むのか。」
「ばっ、お前そんなわけないだろ!」
「あの物件、日当たり悪いって思ったろ?でも管理人の能力で別段そんなに悪くないらしいぞ。」
「能力?」
「人工太陽。八神は植物や動物を飼うのが好きだもんな。欲しかった能力でもあるんじゃないのか?」
「そうなのか、日当たり問題は別に悪くないんだな。
じゃあ放課後一緒に見に行こうよ。」
「あー、悪い、その件なんだが俺らはもう決まっちまったんだ。そのアパートから幾分と離れてないが、先輩たちに引き抜かれてよ…」
「えぇ?話が早いな…全校放送で流してるだけあるんだな。」
音沙汰は音楽の才能を持つため、防音などの環境が施された音楽系の才能を持つ学生が集まる寮へと決まったらしい。
初日も、その寮のすぐ隣にある機械系の才能を持つものが集まる寮に誘われたとのことだ。設備が充実しており、最新の機械類などもあり実験がしやすい。
適材適所をすぐ形にできるのはこの学校の押しポイントの一つだった。
遺憾なく、個人の才能を尊重してくれ、伸ばしてくれる。
伸びるかどうかは、本人の努力次第ではあるが。
ここで休み時間が終わるチャイムが鳴り、本日最後の授業となる。イベント行事の日は午前だけで授業は終わる。
授業と言っても、クラス全員の能力を把握するため、外の競技場に移動して能力を試運転するだけの話だ。
「よし、集まったな。これから、各々の能力を紹介してもらう。
私に、ではなくクラスの仲間に分かるよう説明して欲しい!
まだ自己紹介などもあまり済んではいないだろうから、これを気に互いの名前を覚えるよう!」
「ここで、ユリナの能力が分かるってことか。」
「そゆこと。驚くなよ~?」
彼女はニッと笑って見せた。
話す前は、高嶺の花と言った感じでとっつきにくそうだったが、案外可愛い仕草などもする。
生い立ちを深く聞いたわけではないが、才能が不明だったり、サイノウ派生まれという自分の中の闇を必死で隠そうとするような不安定さも感じられる。
「最初は、花咲 唯!」
「は、はい。花咲 唯です。能力は、『成長』、判定された才能は『植物を愛するサイノウ』です…。」
現代では珍しい、メガネを掛けた小柄な女の子だった。
この世界では技術や能力の発展のおかげでメガネというものは必要なくなったのだが本人の特異体質で掛ける場合もある。
「生まれつき、色が見えないせいでメガネを掛けています。
植物の色が見えないと、元気かどうか分からないから…。」
恥ずかしそうにメガネを外す。
同い年に見えないくらい幼い容姿だ。
「よーし、じゃあそこに生えているタンポポ。それに能力を使ってみるといい。」
先生は全生徒の能力を把握しているのか、スマートフォンのようなデバイスでチェックをしながら指示を出す。
「こ、こうかな。」
右手のひらをタンポポに向け、左手で押さえる。
すると、タンポポは姿を変えて、綿毛になる。
「おぉ!」
感嘆の声が広がる。
恥ずかしがり屋の少女はなおさら顔を赤らめる。
「よくできた。努力次第で、植物そのものの構造も変化させて大木にすることだってできるだろう。これからに期待だな。」
「はい!」
満面の笑みで受け答える花咲。
植物さえあれば簡単に攻撃を防げたりするのだろうか。
「次、山神 ユリナ!私の攻撃を受けてみろ。」
先生はそう言うと、片腕を大きく肥大化させて振り上げた。
ゆうに3mは超えているだろうか。自身の身長よりも腕が大きくなった。
「うわぁぁ!?」
他の生徒は突然の事にびっくりする。
腰を抜かしたものもいた。…音沙汰のことだが。
「これが私の能力、『強化』だ。性質そのものは先ほどの花咲に似ている。彼女の能力は植物を成長させるが、私の能力は動物の肉体を強化させる!いくぞ!」
筋肉の塊が上空からすごい勢いでユリナに向けて降ってくる。
パキィン!
と乾いた音が鳴り響き、その拳を青白く光る半透明の壁が防いでいた。
その壁はヒビも傷もついておらず、先生の能力をものともしていないようだった。
「おぉ…これほどまでとはな。よくやった。ちなみに言っておくが、私は手を抜いていないぞ。」
「…だと思います。手を抜くにしてはあまりにも力が強いなって…」
ええと、少々レベルが高いのでは?
と状況把握に努める八神。
たしかに学校一強い能力とは聞いていたが、先生の攻撃を無力化するなんて。
「見てた?ヌル君。これが私の能力、盾!なんだって防いで見せるよ。」
「じゃあ、これも防いでみろよ!」
不意に、鉄球がユリナの後頭部目掛けてすごい勢いで飛んできた。八神の目が追いつかないほどに。
しかし、それすらも透明な盾で無力化する。
「…不意打ちなんて卑怯だと思わない?」
呆れた顔で顔の向きを八神から変えずに言う。
「いやぁ、物は試しってさァ。悪かった、謝るよ。お前は本物だ。」
鉄球を飛ばした犯人が軽い口調でユリナに言う。
正体は、クラス分けの儀の際にユリナに食って掛かった奴だった…。