最強と最弱は交錯する
「これはこれは。」
ざわめく生徒や先生たちのなかで、校長だけが拍手を送っていた。
「校長先生!俺の能力が無いって事ですか!」
八神は周りのざわめく生徒に雰囲気を持っていかれ、ひたすらに焦っていた。
長い髭を生やした校長先生は椅子から立ち上がって八神の元へやってくる。
…いや、やってくると言う表現が正しいのか分からない。
瞬間移動で八神の目の前へ移動したのだから。
「いいや、君の能力が『空白』という能力そのものだよ。歴史で紀元前の魔法使いと魔法を使えない人から生まれた子供の話は習ったね?」
「習いましたが…それがドリョク派の始まりだったって。」
「その子供が最初に持った能力が、キミと同じ『 』だ。」
その言葉を聞いて、さらに学園ホールがざわつく。
歴史上で習った能力と同じものを持っている人が現れたのだから、それはもうヒーロー同然のような扱いになるのかと皆が思った。
「それって、じゃあ、最強の能力なんじゃ…」
「むしろ逆だ。『 』を使って魔法使いの子供が成し遂げたことは何も無い。」
一瞬にしてホールは静まり返る。
八神は凍る。友人たちも唖然とする。
校長はホールの生徒たちへと体を向き直して続けた。
「能力が当たり前の社会に今から君たちは出る。今までは皆が0であり争いなどは小競り合い程度で済んだはずだ。しかし今日からは違う。各個人により能力の差はあれど、皆が1以上の能力を持つ。だが彼の能力は『0』そのもの。魔法使いの子供は皆の協力の下、ドリョク派のリーダーとして立ち上がった。君たちにも協力して欲しい。」
(いきなりなんなんだ!?
これから便利な生活になるだろうと思ってワクワクして登校したら俺の能力が何もない『 』??何も出来ないのか?
さっき堂々と山神さんを庇った俺が恥ずかしいだけじゃないか!!)
「八神君。」
校長は皆のほうから俺のほうにまっすぐと向きなおす。
「『 』は決して悪いことではない。使える能力は本当に微々たる力しかないが、『無い』わけではない。そこに"空白が存在する"。限りなくゼロに近いだけで、ゼロではない。『レイ』なんだ。君の努力、皆の才能次第で100にも1億にもなれる。そんな能力だ。」
「…と言われても…何が出来るって言うんですか…」
分かりやすく落ち込む八神。
「君が行使できる能力は、『空白を埋める』こと。
ゼロのものを、レイにする能力だ。」
「…つまり、0%を0.1%にするような?」
「もっと数値は低くなることもあるが、そういうことだ。そう考えると案外悪くはないだろう?
しかし残念だが、歴史上その程度しか把握できていない珍しい能力だ。使い方すら分かっていない。この世界が始まって恐らく、2人目だろう…。」
「…いやまぁ…可能性を引き上げるって点では。」
「すまない。歴史を教えている私でさえ存じ上げないのだ。
ただ、君たちの言葉で言えば『逆チート』と言われるくらい、単独では弱い。何せ、今までの生活と変わらないのだから、平均レベル30くらいの中盤のゲーム進行度の中に1人レベル1の村人が放り込まれたのと同じような状況だからな。」
「足手まといじゃねぇかよ…」
「だから、君は平均レベル30の人たちを頼らない限り、生きてはいけない。かつ、キミのクラスの人間は君を守らなければならなくなる。」
「?それってどういう…」
「続きは、ホームルームでな。」
そこまで言うと、校長は機械のほうへと足を運び、尋ねた。
「彼のクラスは、どこがいいと思う?スキルソーターよ。」
『現在把握できている能力の中でも一際強い能力を持つ"彼女"のクラスが良いでしょう。校長先生ならばワタシと同じ考えでは?』
「まぁそうだな。では、キミはクラス2ndだ。八神君。」
「良かったな、八神!俺らと同じクラスだ!」
「あ、あぁ…」
八神は先ほどいた自分の場所へと戻る。
後ろには山神が座っていた、あの席だ。
席に座ると八神の耳元で山神が囁いた。
「…さっきみたいに、過激派から私を守ってくれたら、私が貴方を守る。
どう?最弱のキミには悪くない条件だと思うけど。」
いたずらっぽく彼女は言う。
少々言葉に棘があるが、他意や悪意は無さそうだ。
「…機械が強いと公言するほどの能力だから自信はあるんだな。盾だったか。」
「子供の頃、サイノウ派にいた頃の話。両親たちの戦いに巻き込まれて死ぬはずだった私を守ってくれたのがこの能力。
今までは自発的に使うことは出来なかったけど、ようやくこれで誰かのために使うことが出来る。私が、貴方の盾になる。」
「…情けねえな。男が女に守られるなんて。でもお前、自分が恥ずかしいことを言っている自覚はあるのか?かっこいいけどさ…」
八神がそう言うと、顔を赤らめる山神。
どうやら無自覚だったようだ。
「な、なにも八神君だけを守るなんていってないでしょう!」
「お、おいまだホールで暮らす分けの途中だぞ静かにしろ!」
にぎやかな、最弱と最強の凸凹学園生活が始まった。
「…なんでもう女子と仲良くなってんだろうなあいつ」
「昔からそうだろ…諦めろ。あいつは、人との距離を埋めるのが得意だったからな。」
「無意識のうちに、能力を使ってたのかもしれないな。空白を埋める能力。"0を0.1にする"なんて、俺は最弱には思えないけどな…。」