最弱は動物園で襲われる
「三角山動物園っていうのか。夕日山動物園にしか来た事がなかったよ。都市運営なのか?」
「うん、都市で運営してる動物園よ。だから入場料も安い!」
二人は三角山動物園へとやって来ていた。
傍から見ればデート以外の何ものでもないが、八神とユリナはそんなことは微塵も思ってはいなかった。
そんな二人を、影から見守る…いや、監視する視線が二つ。
「…初日、あれはデートか。」
「あぁ、あれはデートだ。出会って3日目、奴と山神さんは既に付き合っている。」
(※付き合っていません。)
「くっそぉ!何故だ!特別イケメンってわけではないはずなのに!」
「うーん、八神はまぁまぁイケメンだが、顔に関して言えば音沙汰も悪くは無いけどな?」
「なに?本当か?」
「あぁ。俺も悪くは無いと自負しているんだが…。」
「…お前は充分イケメンだが、性格がなぁ…」
「ちょっと下ネタ多いのが玉に傷って奴か」
「ちょっとじゃねぇんだよなぁ…」
「まぁいい、気づかれないように後をつけるぞ…。」
一方、八神サイド――
「おお!!あれはサンダーバードか!?こんな都市動物園で見られるとは思ってなかったぞ!!」
大興奮する八神がいた。
「…八神君、想像以上の動物オタクだったのね…」
困ったように苦笑いするユリナ。
その横で大興奮する八神。ちょっとうるさい。
「サンダーバードだぞ!?絶滅危惧S類の超希少生物!その羽毛からは無限の電気エネルギーが取り出せるって事で大昔から乱獲されて今や伝説上の生き物とも言われてるんだ!!この国に何羽いるのやら…うぉ!?あっちにはケルピー!?」
「あは、ははは…ちょっと何言ってるかわかんない。」
実際、サンダーバードは世界に数十羽しか存在しないといわれる神にも似た存在。都市動物園にいること自体が場違いといえば場違いではあった。
「ケルピー、古来のこの国では水魔とも呼ばれていた生き物だよ。能力者にしか見えないから、この目で見るのは初めてだ…美しいなあ…この色、毛艶…全てが美しい…」
ケルピー。
馬のような姿をした毛深い生き物。その毛は水草にも似た質感で水の中を駆けるように泳ぐ。
大昔、魔法使いは水上を移動する際には、魔法を使わずこの動物を使役していたが魔法を使えない人々からはケルピーが見えないためこれも魔法と誤認されていた。
と説明看板に書いてあった。
「そうだったの?私は小さい頃から見えてたけど…」
「この時ばかりはサイノウ派が羨ましいよ。能力の開花を阻止されてるせいで高校生までドリョク派はケルピーを見ることができないんだ!可哀想だろ!」
「いや別にケルピー見れなくても困らないしなあ…」
ユリナはケルピーの方を見ると、心なしかケルピーも困ったような顔をしていた。
「…初日。あれはデートなのか?」
「…デートじゃねぇのかもなあ…それか女心が分からないか。」
ストーキング中の二人も、困っていた。
だが、ここで初日が気配を察知する。正確には初日の能力で操っていたレーダーに感知されただけ、だが。
「…ん?なんだこの反応。」
「どうした?」
「いや…ここに写ってる二つの印なんだがな?ほら、サイノウ派とドリョク派で色分けされてて遠くからでもあいつらがわかるようになってるんだが、この別の位置にいる二人組み。サイノウ派の色だ。」
初日が指差す場所には、確かにオレンジ色の印が二つあった。
八神や音沙汰たちドリョク派は青色で表示されているため、近くに山神ユリナとは別のサイノウ派が2人もいるということになる。
「何?」
「…俺は山神の一件で考え直した。だから今は全てのサイノウ派が悪い人間とは思ってはいない。けどなぁ、あまりにも偶然が過ぎるよな?最強と最弱が揃った場所に来るのは。」
「…そうだな。もうちょっと近づいて、俺の能力で声を…」
その瞬間。
二人は突然背後から来た何ものかに殴られた。
いや、バールのようなもので突き飛ばされた。
「な…がっ…はっ…」
「嘘だろ…レーダーには映ってない…ぞ」
「そのレーダーにも、映らないスピードで動けば良い話です。」
その言葉と同時に、レーダーに写ったオレンジ色の印は一瞬にして二つの青色の印の傍に表示された。
「何者だ…?ぐっ…アァァッッ!!」
声を絞り出して問う初日。
にもかかわらず容赦なく、履いているヒールのピンで初日の腕を突き刺す。
「名前は…ありません。頂いた名前は、ハミングです。」
ハミングと名乗るその女性は、とても小柄で二人を突き飛ばしたようには思えなかった。
「能力者…普通の能力者じゃないな…」
「あら、よくご存知で。ドリョク派でも教わるのですね。ですが、これで終わりです。分かったらこの問題に手は出さないことですよ。」
そう言ってハミングは姿を消し…
謎の能力で二人を動物園の野外まで吹っ飛ばしてしまった。
「あ、このドラゴンってバニラちゃんと同じ種類よね!」
「おぉ、ジパング・ホワイトウイングはここにもいたのか。」
動物園のジパング・ホワイトウイングはバニラのような幼体ではなく、二本の角も生えそろい、神々しい純白の翼が大きく棚引いている成体の姿だった。ゆうに3mは越えている。つがいなのか、2頭。大きめのほうと少し小柄なほうがいた。
さらに隣には『ジャーマン・ゴールデンスパイク』と呼ばれる別種のドラゴンが体を丸めて寝ていた。このドラゴンは全身に生えている金色の棘が特徴のドラゴン。金そのものではないが、似た性質を持つ物質で出来ていて、それを狙って乱獲されたせいでこれも絶滅危惧種だ。
しかし、なにか様子がおかしい。怯えているというか、そんな表情だ。
よく見ればゴールデンスパイクのほうも、体を丸めて寝ているのではなく、縮こませて怯えているようにも見える。
「…?ユリナ、このドラゴンを喰おうとしてたりしないよな?」
「はぁ?何言ってんの?頭までヌルになった?」
ドラゴンは、人の感情を共感できる生き物。
つまり、このドラゴンは何者かの敵意を感じて怯えている。
「いや、冗談ではなくだ。…ユリナ、気をつけろ。近くに過激派か何かがいる。」
「後ろですよ」
―――ッ!!
気づいたときには既に俺は後方へと弾き飛ばされていた。
ユリナの防御壁が自動で展開していたものの、盾は勢いを吸収できないらしい。
物理的なダメージのみ無効化して、慣性だけで吹っ飛んでしまった。
「ぐっ…ゅ…りな…」
ダメだ、うまく声が出せない。肺をド突かれたようだ。
痛くは無いのだが、肺が押さえつけられているような、変な感覚だ。
しばらく、意識が飛んでしまいそうなそんな感覚だった————