最弱は最強に料理を作る
まだ日常回です。たまにはほのぼのしてても良いですよね。
その後、籾岡という先輩はそのまま治安維持課のほうへと帰っていった。
フィールドを破壊した罪は大したこと無いらしい。1回の社会奉仕で終わるのだそうだ。
そもそも、能力で再生すればいいだけの話だからかこの都市内での破壊行為についての罪の重さは軽い。
もちろん、それに巻き込まれた命は戻ってこないから防ぐことには変わりは無いらしいのだが。
「えっと、特定動物種の取り扱い…能力向上の書…」
「私、書籍って全て電子化でいいと思うのよね。重いし。」
「紙の質感が好きって人も居るだろ。現に俺もそうだし、何より昔の魔方陣が書かれた歴史書とかは電子媒体じゃよく分からない。」
「うーん、それもそうか。あ、この特定動物の教科書にバニラちゃん載ってるよ!」
「ん?あぁ…著者が俺の父親だからか。」
父親の職は特定動物保護管理官。この学校で扱う動物についての教科書も執筆しているらしい。
しかし、どこからどうみてもこの教科書に載っているジパング・ホワイトウイングの幼体はうちのバニラだ。というか、俺が野外でバニラと遊んでいるところの写真だ。俺自身は見切れてるけど。
「親父…なんでアットホームな写真を使うんだ…」
「生態を読む限りはドラゴンの中でも最も人懐っこい種類だって書いてるよ。ヌル君が遊んであげてる所の写真のおかげで、解説がより分かりやすくなってるから良いんじゃない?」
「まぁ、それもそうなんだが…」
自分が使う教科書に自分が載っていることがまずおかしい。
恥ずかしすぎる。
…歴史の教科書に自分と同じ唯一の能力を持つ魔法使いが居る時点でさほど違和感も無いのだが。
「やっぱドラゴン飼おう。きめた。」
「…お金を貯めることだな。」
一応、ドラゴンの全種は保全対象の動物のため野外のものは捕獲できない。ごく稀に卵や幼体が取引される程度。
そもそもテレパスで話しかけてくるドラゴンや能力で攻撃してくる者も居るため、他の動物とは一線を置かれて高等動物の仲間という扱いになっている。
他には、能力を使った独自の文化を持つ鯨やイルカの仲間や類人猿の仲間、リザードマンなどの亜人も高等動物の一種だ。
バニラは実験室内の繁殖下で生まれた特異な個体だ。
白い卵の状態で俺が貰ったものだが、ドラゴン用の孵卵器が物凄い値段になるため、普通の家庭じゃお金を貯めないと買えないのだそうだ。
父親が職場で貰ってきた古いものを使って、バニラは孵化した。
その稀有性から、度々バニラを狙って襲われたこともあるが全てバニラ自身が一蹴してしまった。
バニラの保有能力は『白』。
相手の視界を真っ白に染め上げる。勿論、物理的にではなくて相手の視神経に働きかけて何も見えないと思わせる精神干渉系の強力な能力だ。
そのぶん、まだ幼いので1日に一度しか使えないみたいだが。
「さて、買い物も終わったし帰るか。」
「そうだね、バニラちゃんももふもふしたいし。」
この女、まだ居座る気であるようだ。
部屋に帰ると、八神よりも先にユリナが部屋に入って行った。
クーシーに噛み付かれながらバニラをもふもふするその光景は、昨日あれだけ戦った学校一最強の能力者とは思えない。
ましてや今まで聞いてきたサイノウ派の人間の性格とも思えない。
生まれが違うだけで、ユリナも1人の普通の女の子であると八神は再認識した。
今まで、少しだけではあるがサイノウ派ってだけで警戒していたのだがそれも既にゼロになっている。
「ヌル君?何か考え事?」
「ん?あぁ、いやなんでもないさ。昼飯喰ってくか?」
「どういう風の吹き回しだい。今更ボディーガード代と飯代を体で払えなんて言わないよね!?」
わざとらしく自らの体を腕で覆う。
「…クーシー、そいつ喰っていいぞ。」
「わぅ。…ウガァ!」
「うわぁ!ちょ、やめて!イタイイタイ!人食い狼!」
なんだかんだで最強の隣人は、半居候状態になりそうだ。
その予感はすぐに的中することになる。
翌日曜日は、さすがにユリナも朝っぱらから押しかけては来なかったが昼になってインスタント食品が不味いとかいう意味不明な理由で押しかけてきた。
料理が一切出来ないらしい。
「――お前はインスタント食品を作ったことが無いのか?」
キッチンに立つ俺の背中で暢気にバニラをモフっているユリナに問う。
「施設で生活してたし…そもそもご飯はテーブルに座ったら出てくるし…」
ドラ○もんのグルメテーブル掛けかよ。
「だからといって、カップ麺に水入れてレンジで温めるバカがどこにいる…。」
「熱湯って炎系の能力者じゃないと作れないじゃん…私は盾だよ?」
本気で言っているのだとしたら、俺はサイノウ派の暮らしぶりを考え改めなければならない。
「クッキングヒーターの使い方は?」
「知らない。」
「音波調理器の使い方は?」
「わかんない。」
「…湯沸し器の使い方は。」
「なにそれ?」
「…」
学校一最強の能力者は、学校一最弱の生活能力者だった。
「お前がドリョク派生まれだったら普通の寮で普通に学食で食べれたものを…」
「今からでも戸籍の変更できないかな。精神干渉系の能力者を役所に連れて行って操れば…」
「おもいっきりアウトだろうなぁ…」
と、八神がキッチンから振り返る。
手にはおいしそうな麻婆豆腐。
「ほら、麻婆豆腐だ。バニラには与えるなよ。」
「ねぇ料理人スキルでも持ってるの!?副能力サブスキル!」
「流石にそこまではいかないよ。料理が少し出来るのは、両親が仕事であまり家に帰ってなかったからだ。サブスキルは今のところ何も習得していないよ。」
副能力。資格に相当する、魔法から派生した能力とはまったく関係の無い個人のスキル。
料理人のサブスキルを持っていれば、料理店でコックとして働けるし、フグを捌く免許の代わりにもなる。(※うちのフグは鑑賞用であって食用ではない)
自分の努力次第で勝手に能力が開花するが、サブスキルは若干才能染みたところもある。
努力を重ねたところで、ユリナのような人間は料理人スキルは取得できないだろう…多分。
「そうかなぁ、随分美味しいけどねこれ。はいバニラちゃん」
「あ、コラ、バニラにはやるなって!」
「♪ ――!? けへけへッ!」
バニラが麻婆豆腐を飲み込むと、咳き込んで小さな炎をユリナに向かって吐き出した。
ボォ――ッ。
パキィッ
「あっっつ!!炎吹いた!!」
「だから言ったろ…ドラゴンは炎袋という器官を体に持つ。空気に触れると発火する液体を貯めておく内臓器官だよ。しつけで制御は出来るが刺激物を与えると反射で炎が逆流するんだ。しゃっくりみたいなものだよ。」
自動認識の盾で火傷は免れたようだが、ススがユリナの顔に付いていた。
それを八神がハンカチで拭き取る。
「大丈夫か。ほらバニラも謝る。」
「――ッ、あ、ありがと…。」
ユリナは顔を赤くし、ハンカチを受け取ると顔を隠した。
一方バニラはなんで僕が謝るの!?とでも言いたげな顔をしていた。
「動物のことは本当に詳しいんだね。」
「昔から親父の仕事のおかげで周りに動物が沢山いたからな。副能力も、動物に関する能力を得ようと思ってる。」
「なれるよ、きっと!そうだ、これから学内の動物園行かない?」
「動物園?学内に在るのか。」
「ちょっと遠いけどね。夕陽丘の山の方に!」
ユリナに誘われるようにして二人は動物園へと向かった。
待ち構えている異能力者がいるとは微塵も思いもせずに…。