悠とアリス 1
ロゼライト島。
二種の人々が暮らすこの島では、一昔前まで身分階級が強く根付いていた。今でこそ階級は廃止されたが、両者の対立はまだ続いている。
そして、ロゼライト島中心部に位置する名門ロゼライト学園でも日々、対立が起きていた。
元「貴族」の家系であるA組。高等部一年を取り仕切るのは転入生のアリス・フリージア。新年度初日にクラス全員の推薦により、その役目を負うこととなった。
それに対し、元「平民」の家系である1組。高等部一年のリーダーは卯城悠。少し口が悪いが根は正直でまっすぐ。度々問題を起こす問題児として教師からマークされているが、腕っぷしの強さと仲間思いの行動から、クラスからの支持を得ている。
朝。
そんなリーダー二人が、たった今校舎正面で鉢合わせた。視線が交差し、お互い無言の圧を与える。
両者の距離はおよそ20メートル。二人の周りではそれぞれのクラスの生徒が見守っている。
数秒の硬直状態から、口を開いたのは悠だ。
「はっ、朝からお前に会うなんて最悪だぜ。初日からリーダー気取りの転校生さんよぉ」
ふてぶてしく挨拶をする悠。しかしA組リーダーも黙ってはいない。左手で肩に乗った髪を払うと、
「あら、元気がいいわね、卯城悠。別に気取ってないわ・・・あなたと違ってね」
と余裕を含ませた笑みで返した。
そんな二人の様子を見ている周りでは、「卯城ー、そんな奴やっちまえ!!」「フリージア様、あの無礼者を叩きのめしてください!!」などと声が飛び交う。
「しょうが無え、どっちが上かはっきりさせてやる。アリス・フリージア」
「望むところよ。卯城悠」
二人はそういって身構える。そして悠とアリス、両者が地面を蹴ろうとしたとき―――
ゴーン、ゴーンと始業の予鈴が鳴り響いた。
その音に、二人は地を踏みしめていた足から力を抜いた。そして一つ息を吐く。
「残念だけど、この勝負はお預けね。次までにせいぜい力を付けておきなさい」
「ハンっ、新入りがいい度胸だな。そっちこそ負けた時の言い訳、考えとけ!」
張り詰めた空気の中そう言うと、悠は校舎の方へ向きを変えた。
1組教室。
悠は申告そうに腕を組み、度々言葉ともいえない声で唸っていた。じっと正面の黒板を見据え、微動だにしない。俯いているためにその表情は分からないが、凄まじい威圧感を放っている。
そんな姿にクラスメイトは、
「アイツ、A組の方を睨んでやがるぜ・・・!」
「朝に勝負できなかったからな・・・」
「やる気は十分ってことか、卯城」
などと囁いている。
しかし、そんな声は今の彼には届かない。ただひたすらにA組へ視線を向けるのだった。
「卯城、大丈夫か?さっきからずっとブツブツ言ってるけど」
そう言ってのぞき込むのは瑞希だ。しかし彼女は悠の表情を見て驚愕する。
「ホントに大丈夫か!?ニヤニヤして気持ち悪いぞ!!」
そう、悠はだらしなく顔をたるませていた。朝の勢いなど微塵も残っていない。
そんな緩み切った表情を見られた悠は慌てて手で顔を覆った。・・・と思ったら、覆っている手を顔から離した。時間にしておよそコンマ一秒。その一瞬でA組とぶつかったときのようなキリッとした顔になる。
「大丈夫に決まっているだろう。あとニヤニヤなどしていない」
「いや、その言い逃れは苦しいぞ・・・」
努めて冷静を装った声音で話す悠だが、瑞希には通用しない。
(・・・しょうがないだろおおおお!)
呆れたように言う瑞希に、悠は叫ぶ。・・・もちろん心の中で。
だって昨日あんなことがあったんだから、平然としてる方が無理ってもんだろ!
今思い返せば笑えるほどにデタラメな告白だった。勢い任せで、自分でも話が飛躍しすぎて恥ずかしくなる。笑ってしまうほどだ。・・・それに最後はなんであんな対応をされたんだ?全然わかんねえ!
思考の渦の中、悶え頭を抱える悠。
瑞希はおかしくなったリーダーの姿にため息を吐いた。
遡って昨日の放課後。
「・・・その、卯城君?」
「な、なんだ?」
お互い思いを伝え合った少し後。二人はベンチに腰かけていた。それも先ほどとは違い、それぞれ両側の手すりに当たるほど間を空けて。
「私たちの関係ってさ、周りにはバレない方がいい・・・わよね?」
告白の余熱か否か。アリスは少し恥ずかしそうに、けれどどこか寂しそうにそう言った。
声のトーンの僅かな変化だったため心情を正しく読み取れないが、それでも悲しいような雰囲気は感じた。
「まあ、そうだよな・・・俺たち対立した『身分』同士だし」
悠はなるべく平静に答えた。ただ、大っ嫌いな『身分』って奴に制限されたこの世の中に、漠然とした怒りが沸く。
「じゃあ、それらしく演技しないといけないわね」
「えっ、他の奴らみたいにケンカすんのか!?そんなの危ねえよ!」
アリスの言葉に、悠は露骨に驚いた。
「そんなに騒ぐことでもないわよ!それに、そうでもしないと怪しまれるわ」
「・・・そっか」
彼女の言い分は正しい。下手に親しげにしてたり無関心な態度でいれば不審がられてしまう。
納得した悠はうんうん、と首を振る。
「確かに二人でいたり、近くにいるのに大人しかったら変だもんな・・・」
そう、二人で。ベンチに。大人しく。
「ってことは今この状況って結構やばくないか?」
すると隣に座る少女は「ようやく気付いたの・・・?」といった様子でこちらを見てくる。
(止めて!そんな可哀想な目で見ないで!)
冷たくなってしまった空気を戻すべく、一つ咳払いをする悠。
「わ、分かってるよ。今だって相当危険なことをしている。その自覚はあるつもりだ」
「本当かしら?」
イタズラっぽく尋ねてくるアリス。その可愛らしさに一瞬声が詰まるが、
「本当だよ!」
悠は照れ隠しに声を張った。
「はぁ、でも一緒にいることもままならないのか・・・。誰だよ階級なんて作ったのは」
「今更『身分』なんて気にして・・・ばからしいわ」
「全くだ。周りの奴らは何年前の話をしてやがる。世界は変わってるのにな」
「・・・でもすぐには認められない」
「・・・・・・」
自身を縛る鎖の硬さに、自分たちの会話の虚しさに、二人は黙り込む。
こんなこと話したってしょうが無えのにな・・・。
思わず下を向いてしまう。
「まあ、今俯いていても仕方がないわ!」
しかし、アリスはそう言うと悠の方へ顔を向けた。その碧い瞳には光が宿っている。
「お、おう。そうだな!世界が認めないなら、俺たちで世界を変えちまえばいい!」
悠も力強く返す。
「そこまで大きいことは言ってないのだけど・・・とにかく今は、周りに気付かれないように気を付けましょう!」
アリスは困ったような顔をしたが、悠が面と向かってそこまで言ってのけたことに、少しだけ嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、学園で会ったときは敵同士だな」
「ええ、ちゃんとケンカしてるように演技しないといけないわね。・・・あ、もうこんな時間なのね。A組の子を待たせてるから、そろそろ行くわ」
アリスはそう言って立ち上がった。
「お、おう」
既に日は傾き、空が赤く色づき始めている。
振り向いて「またね」とだけ言い、そして背を向ける彼女の姿が、いつの日かの景色と重なる。
敵対しているように振舞わないといけないだけで、明日だって会える。いつ再開できるか分からなかったあの日とは違うんだ。頭では理解している、けれど体が勝手に動き、気が付くと彼女の手を引き留めていた。
咄嗟のことに、アリスは驚きながらこちらを向く。
「ど、どうしたの?」
「あ、いや、その・・・。ちゃんと言っておきたくて」
説明不足なその言葉に、アリスは首を傾げる。そんな動作ですら愛おしく感じる。
そう、やっとこの手の届く距離まで近づけた。なら何があっても手放してたまるか。
悠は早まる鼓動を押さえつけ、彼女の碧眼を見つめる。
「・・・フリージア」
「は、はいっ」
今までで一番落ち着いた声で名を呼ばれ、アリスは緊張してそんな返事をする。
「俺の気持ちを受け取ってくれたこと、絶対に後悔させないから。これから、その、よろしく・・・」
覚悟を決めたつもりだったが、自分の台詞の恥ずかしさに負け、最後に行くにつれて声が小さくなってしまう。
顔が熱い。多分漫画とかだったら煙が出てるレベルだろう。
何より、こんなグダグダな言葉に彼女がどんな反応をするのかを考えると、「恥ずか死」しそうになる。
「・・・」
肝心のアリスは俯いているため、表情が一切分からない。どんなことを言われるのかと思い、唾を飲む。
しかし、身構えていたのがばからしいほど、彼女は予想だにしなかった行動をとる。
アリスは俯いたまま悠に背を向け、「・・・こちらこそ」と呟くとそのまま走り去ってしまった。
え。
まさかのスルーかよぉー!?
取り残された悠はただ心の中で叫ぶのだった。
昼休み。
程よい日差しが当たる中庭は、包み込むような暖かさがある。中でも中庭に置かれた木製のベンチは絶好のくつろぎスポットだ。
悠はひじ掛けを枕の代わりにして横になっていた。
しかし、普段のようにだらけているかと思いきや、何か想いに更けている様子で空を見上げている。
『バレたら終わり』
そんな普通に考えても厳しすぎる条件の元、俺とフリージアは恋人という関係になった。昔からの夢がようやく叶ったんだから、不満は全く無い。・・・でも、強いて言えば、いや、強いて言わずも
「・・・恋人っぽいことしたいよなぁ」
迂闊にも声に出てしまったが、幸いそれを聞いた者はいない。そもそも悠以外は誰もいない。
そう、例えば一緒に歩いたり、手を繋いだり、そして・・・
いっそデートに誘ってみるか?いや、いくら何でも急すぎるだろ!それに周りを気にせずデートできる場所ってなかなかないしな。だからってずっとデートできないってのもなぁ。
頑張ってそれっぽいこと言ってみたのに、逃げられたしな。考えがまるで読めない。
考え込みすぎたか所為か、フリージアの顔が浮かんでくる。まるで俺の顔を覗き込むようにじっとこちらを伺っている。
ん?それにしては、はっきりし過ぎって言うか、髪の艶や肌の透明感が認識できるって言うか・・・。
むしろ本人っていうか。
「ねえ卯城、ちょっと聞いてる?」
遂には話しかけてきた。
やはりこれは幻覚などではなく・・・
「フリージア!?ち、近い!!」
間違いなく本人である。
悠は驚愕のあまり、勢いよく体を起こす。
危うく頭突きを食らいそうになった少女はギリギリのところで後ろに避ける。
「し、静かに……!校舎にいる人達に気付かれちゃうでしょ……!」
「いや、そんなことより何で!?」
「何でって、それは・・・たまたま通りかかっただけよ!」
照れているのか、目を逸らしながら言うアリスに、悠は不思議そうに眉間にしわを寄せる。
「今、空いてるかしら?」
未だ目線を合わせずに、アリスは尋ねてくる。
「まあ、空いてるけど、どうしたんだ?」
「は、話したいことがあるのだけど・・・」
やっぱりたまたまじゃないんだな。
「う、うるさいわね!恥ずかしいんだから掘り返さなくていいの!」
「いや、今のは口にしてないぞ!!」
考えを読まれたか、もしくは顔に出てしまっていたか、アリスは悠の考えを正確に読み取った。
「あー、もう!にちよ、あっ」
静かにしろと言ったのはどこの誰だったか。
アリスは数秒前の自分の発言を思い出し、言いかけたまま慌てて口を覆った。
「ニチヨ?」
当然のことながら、悠はそう呟く。
「日曜日よ・・・!今度の日曜日、空けておいてくれないかしら?」
「え、そ、それってでー・・・むぐっ」
「言わないで・・・!」
みなまで言いかけた所で、アリスは悠の口に手を押しやった。
「とにかく日曜日の10時、学園の正門で!それだけだから!」
そしてアリスはそう言うと、悠の返事も聞かず走り去っていった。
今度は止める余地もなく、というより思考が追いつく間もなく取り残された悠。
「え・・・な、なんなんだよ!!」
怒っているのか、または他の感情なのか。勢いに圧倒されてはっきりとは読み取れなかった。
日曜・・・楽しみ・・・か?
複雑な気持ちになる悠だった。
『絶対に後悔させないから』
「うぅ・・・あんな事言われたら直視できないじゃない」
校舎の影、アリスは頬を赤らめた。
どーも、月見里です。
今回は数週かかっての投稿となってしまいました。
少しずつ物語を紐解き膨らませていく予定なので、これからもよろしくお願いします。
また、Twitterで情報発信をしております。そちらもチェックしていただければ幸いです。
ではでは、次話でお会いしましょう!!




