片耳飾りと転入生 2
放課後、正確には授業終了直後。
「ちゃんと復習しとけ~」などと宣う教師を横目に、悠は教室を出た。
早く確かめたい
その一心で廊下を歩く。もちろん向かう先はA組の教室。走ればあっという間に着くことが出来る距離だが、廊下を走ろうものなら処罰の蹴りが容赦なく叩き込まれる。・・・瑞希から。
急いでいるがために廊下を走り、蹴られ気絶したら本末転倒である。
そのため早足で歩くのが精一杯であり、その微妙な速度がもどかしい。
「お、おい卯城~!どこ行くんだ?」
そんな気持ちで歩いていると、ポニーテールの幼馴染、瑞希が後ろから声をかけてきた。しかも走りながら。
この幼馴染、一見しておバカな雰囲気を出しているが、成績はトップクラスで教師からの信頼もある、クラスの優等生なのだ。よって瑞希が少し廊下を走った程度では誰も咎めることはしない。
そんな彼女が焦燥の色を顔に浮かべながら、悠の隣に並ぶ。
悠は普段、授業が終わっても起きないほどに爆睡し、毎日のように教師に注意されている(最近は大半の教師が諦めるようになった)。しかし、今日に限って一睡もせず起きていた(授業はもちろん聞き流した)ため、日頃から悠のことを見ている瑞希にとっては不安でしかたがなかった。
「いや、少し用があってな」
悠は横に追いついた瑞希に端的に答えた。
「けどそっちにはA組の教室しかないぞ?」
「ああ。そのA組に用があるんだ」
怪訝そうに言った瑞希に、悠はさも当然のように返す。
「・・・また『貴族』たち目立つようなことをするのか?ウチは心配だぞ・・・」
まっすぐ正面を向いて言う悠の姿がさらに瑞希の不安を掻き立てた。
悠は中等部の頃に一度、A組に宣戦布告をし、正面衝突をしたことがある。それに便乗した1組とA組の生徒が次々と加わり、ほぼ両クラスの全員が参加する大喧嘩を巻き起こした。両者の拳や蹴りが飛び交い、熾烈極まる戦いとなったが、力は互角。幸い怪我人こそ出なかったものの、参加した生徒全員が「一ヶ月学園内清掃」というペナルティを受けた。それにより、後に「中等部清掃戦争」などという不名誉すぎる名前を付けられたこの争いは、二つのクラスの対立を激化させ、おまけに学園内を光り輝くほどにピカピカにした。さらに、事の発端である悠は一週間の停学が課された。本人は「休日が増えた」程度にしか気にしていなかったが、悠の知名度と学園からの注意が増えたのは痛いものだったのも事実である。
そんなことを思い返しながら尋ねた瑞希の頭に、悠は自分の手を乗せた。そしてわしゃわしゃと撫でる。
「安心しろ、あんな馬鹿みたいなことはもうしない」
横で瑞希が何を考えているか悟った悠は笑顔で言った。
その表情に瑞希は少し安堵する。
廊下で話をしている数人のA組の生徒の視線を浴びながらも、悠は平然とその前を歩き、A組のドアを開けた。当然彼に室内全員の視線が集まる。
「う、卯城~!いきなり目立つことしてるじゃん~!」
と、ものの数十秒で期待を裏切られた瑞希が頭を抱えた。
しかし周りからの視線と瑞希の言葉を物ともせず、悠は何かを探すように室内を見回す。
そんな中、二人の姿を確認するや否、二人の前に飛び出す生徒が一人。無論、昼休みに瑞希から飛び蹴りを食らった張本人である。
クローバーは顔に憤怒の色を浮かべながら二人に詰め寄る。そして教室の入り口にいるのもお構いなしで、
「よくものこのことやってきたな・・・卯城!とおまけの愛川。さっきはよくも人が話をしている最中にに躊躇なく蹴りを入れてくれたな!」
と叫んだ。だがクローバーが怒りを露わにしたのも一瞬で、すぐに
「この私が高貴なるアリス様を余すことなく説明しようと・・・」
と、「アリス」という少女の名を口にした途端、それだけで幸せそうに顔を緩ませた。
そんな様子を見て、瑞希は顔を歪めながら、
「気持ち悪いぞ・・・。一生目を醒まさなくても良かったのに・・・」
と力なく呟いた。心なしかトレードマークのポニーテールも元気がない。
普段なら「今おまけって言ったな~!」と言ってクローバーに飛び掛かる瑞希だが、最早その気力すら起きないほど、目の前のクローバーが面倒くさく思えた。
「別に俺はお前に用がある訳じゃ無えんだよ・・・。えっと・・・」
悠もうんざりした様子で、A組の中に視線を運ぶ。
ただ、クローバーはまだ話を止めない。それどころかここからが盛り上がる所らしく、次第に声量が上がっていく。
「そして何より素晴らしいのは彼女の・・・」
まだ言い続ける銀髪の変態にいよいよ我慢の限界を迎えた悠は、食い掛るように声を張った。
「うるせー!こっちはお前の変態解説なんか聞きたく無えんだよ!」
「貴様の方こそうるさいぞ!ここからが盛り上がる所だろう!」
「知るか!」
「ならば今知れ!そして覚えろ!」
出入り口でいがみ合う二人。
廊下に響くほどの大声に教師たちが反応するのを恐れた瑞希は、そんな二人を黙らせるため、
「うるさ~い!!」
と言って、二人の腹部へ容赦無く拳を放った。
「うっ」
「ぐふっ」
と、さっきまで騒いでいた二人が同時に呻き、腹を抑える姿はなかなかシュールな光景だった。
「いい加減にしろ、先生たちにまた目を付けられるぞ!」
「お、おう。すまん」
「ふん、このくらいで良い気になるなよ・・・」
流石に瑞希を困らせるのは不本意なので、悠はおとなしく引き下がる。そしてクローバーはよくある負け台詞を呟くと、静かになった。
そして僅かな静寂の後。
「・・・おい、銀髪変態野郎。お前がさっきから言っている『アリス』ってどいつのことだ?」
悠はあからさまに嫌そうな顔をしながら、渋々といった様子で尋ねた。
「何だと、脳筋耳飾り。貴様、アリス様に何の用だ・・・!」
対してクローバーも負けじと顔を引きつらせ、反論をする。自分が敬愛している相手なだけあって、普段よりも威圧感が出ているように感じられる。
その無言の威嚇に悠も一瞬体を反応させたが、態度は変えずに返す。
「まあ大した用じゃ無えよ。1組代表として、キチンと挨拶をしておきたいだろ?」
悠はあくまでも煽るように言った。顔にはふてぶてしい笑みが浮かんでいる。
悠の発言を予想だにしなかった瑞希は、あっけに取られる。クローバーも驚きと焦りに身を固めた。もちろん「『アリス』様に何をするつもりだ」という焦りである。
しかし、あくまでも上から目線のスタンスは崩さずに、
「ふ、残念ながらアリス様は既に教室にはいない。無駄足だったな、卯城」
と、腰に手を当て、勝ち誇ったかのようにフハハ、と笑いを上げる。
「な・・・それを早く言え、バカ野郎!」
見たものに怒りしか与えないクローバーの姿だったが、そんな感情よりも先に、悠は慌てるように言い放った。そして言い終わるが早いか、すぐさまA組の教室に背を向けて走り出した。
「ど、どうしたんだ!?」
咄嗟のことで瑞希も驚く。
悠は少しだけ振り返ると、あっけに取られている瑞希に、
「悪いミズ、そいつの足止め頼んだ!」
と言い、また正面を向く。
「お、おう。分かった・・・ぞ?」
瑞希は半分理解していないような、曖昧な返事を返したが、一応クローバーの腕に間接技をきめておく。
「おい待てうし、イテテ!どこへ行、ウギャ―――」
背中の方から何やら喚き声が聞こえたような気がしたが、再び振り向くことはしなかった。
ロゼライト学園は、島内最大面積を誇る学園である。
名の知れた名門校であるこの学園は島の中心地に建てられ、島内はもちろん、西の大陸や東の大陸からわざわざ入学するような生徒も多くいる。そんな生徒たちのために、学園内には寮がある。それも、西と東では生活の文化・様式が大きく異なるため、西の寮と東の寮、二つの寮が。その快適さは、歩いて通える距離に住む生徒も入寮するほどである。
また、寮生のために生活用品が全て揃ってしまう規模の購買が建てられており、買い出しのために街まで出歩く必要もない。
そんな大規模な設備に加え、敷地内には初等部・中等部・高等部の校舎がずらりと並び、客席付きの広いグラウンドまで用意されている。まるで学園が一つの小さな街であるかのようだ。
そんなだだっ広い学園の舗装された道を歩く少女が一人。
華奢な体と、絹のような白く滑らかな肌。腰までの長さがあるウェーブのかかった金髪は、日の光を透過しているかのように見える。頭には水色のカチューシャをはめ、そのカチューシャに付けた同じく水色のリボンは、まるでウサギの耳のようにぴょこんと立っている。さらに、可愛らしさが残るものの、決して幼くはない整った顔立ちで、小さい鼻、薄い桜色の唇、そして細い眉毛の下には、まっすぐ先を見据えた碧い瞳が輝いていた。
そう、例えるのなら童話の世界から現実に飛び出してしまった少女。目を離したらいなくなってしまいそうな現実離れした美しさと、しかし見るものの目を奪って離さない存在感。その矛盾した二つを兼ね備えた少女である。
そんな彼女はどこかへ向かうというよりは、何かを探すような足取りで歩く。
「・・・この学園、ほんとに何でもあるのね」
ふと、少女は足を止めた。呟いた彼女の視線の先にあるのは大きな噴水。中心には金色に塗装された、大きなオブジェがある。器を三つ積み上げたような形のそれは、頂部から水を噴き出し、順々に下の器へ流れ込んでは溢れている。また、器の部分には無数の小さな噴水口があり、全方位に満遍なく水を撒いている。さらに噴き出しては弧を描くように落ちる水のアーチが五つほど、中心のオブジェを囲むように設置され、圧巻の存在感だった。
少女はしばらくの間、自分の背丈の倍以上はある大きなそれを見つめた。
すると不意に風が吹いた。
少女のスカートが風を受けて靡き、髪がふわりと持ち上げられる。そして金髪に隠れていた右耳が露わになり、そこにつけた青い羽根の耳飾りが輝いた。
学園内を走り回ること数分。悠は一人の少女を見つけた。
学園の名スポットである大噴水の前に立ち、流れる水を眺めている金髪の少女。髪色によく映える水色のリボンを付けている。不思議とその後ろ姿だけで、あの変態が言っていた少女だと分かった。
それと同時に、悠はその美しい髪を見た途端、どこか胸にざわつきを覚えた。そしてフラッシュバックするかのように、紅く染まる情景が脳をよぎる。さらに心臓がやけに激しく跳ね、少し痛いほどに感じられる。
二人の間に引力が働いているような、猛烈に引き付けられる感覚。
態度、接し方、身分の差。教室にいるときや、走りながら考えていたことが全て消えていく。
残ったのは緊張だけ。そんな頭を落ち着かせるべく、悠は一つ息を吐いた。
そして、なるべく動揺が伝わらないように表情を固め、短く、
「おい、お前」
と、声を掛けた。
「は、はいっ」
彼女は驚いたように身を竦ませ、振り向きながら返事をした。
そこで初めて視線が交わり、お互いの顔を確認する。
少女は悠の左耳を見ると、一瞬だけ驚愕に目を見開いた。
しかし、すぐに笑顔―――それも泣き出しそうな笑顔を浮かべると、自身の髪を耳に掛けるようにして右耳を悠に見せた。
その仕草、そして目に飛び込んできたものを見るや否、悠もまた表情を崩した。さっきまで必死に整えていた仮面はあっけなく剥がれ、そこには子供のような屈託の無い笑顔があった。
二人の間で交わされたのは無言のやり取り。しかし二人はその沈黙の中ですぐに互いを、自分が探し求めていたものだと理解した。
悠の左耳と、少女の右耳。向かい合った二人のそれぞれに付けられた同じ耳飾りが、まるで共鳴するかのように微かに揺れる。
再会を誓った少年と少女。長い時を経て、ついに二人は巡り合った。
「あ、あのさ、私たち再会できたわけなんだけど、これからどうする?」
「そうだな・・・と、取り合えず自己紹介、しない?」
”元”平民の少年と”元”貴族の少女は、学園内の人気のないベンチに二人、腰を下ろしていた。「流石に噴水の前は目立ちすぎる」という理由で場所を変えた二人だが、上手く会話の距離感をつかめておらず、たどしい会話をしている。
「私はあなたの名前、知ってるわよ?・・・卯城君」
「お、俺も知ってるぞ・・・その、フリージア・・・さん?」
様々な感情が混ざり、真っ赤な顔をしながら、互いの名前を知っていることを伝え合う二人。
そんなやり取りが面白く、二人は同時に吹き出す。
「フフッ、何で知ってるのよ~」
「はは、そっちこそ」
「なんか私たち、出会ってすぐとは思えないわね」
「ホント、不思議なくらいだ」
そう、本当に不思議なことなのだ。過去に会ったことがあると言っても、ものの数分のやり取りしかしていない。つまり二人の関係はほとんど初対面と言っても過言ではない。それでも二人はすぐに打ち解けることが出来た。
現に、金髪の少女―――アリスは心の底から楽しそうに言った。
そして彼女の明るさに、悠もまた笑う。
待ち望んだものを手に入れた感覚に、悠は嬉しそうに顔を緩める。
そんな彼を見て、アリスは軽く立ち上がると、座る距離を縮めた。頑張ればガタイの良い男が四人ほど座れる大きなベンチだが、二人の肩がしっかりと接触するほどの位置になった。そのあまりの刺激に、悠の頭から煙が上がる。
いやいやいや、近い近い!!え、ナニコレ、近すぎません!?これが「貴族」の会話スタイル!?
初等部の頃からの思い人、それも今日ようやく会えた彼女と、ゼロ距離で並ぶ悠に「冷静さ」などというものは存在しなかった。そして間違っても「貴族」の会話スタイルではない。
「え、あ、あのフリージアさん?か、肩が当たっているんですけド・・・」
声が裏返りながら、悠は小さい声で言う。
するとアリスは、
「今までずっと遠くにいたんだからこれ位・・・ダメかしら・・・?」
と、目を逸らして言った。
頬を朱に染めながら恥ずかしそうにする反則的な可愛さに、悠の頭は爆発した。
そして振り絞りように、
「だ、ダメじゃ、ない・・・」
「や、やっぱり今のは無かったことにしてっ!」
自分が言ったことの恥ずかしさが遅れてやってきたのか、アリスは顔を隠しながら立ち上がった。
(私ったら何てことを・・・!まだ向こうの気持ちも知らないのにあんなことして~!)
「そろそろ行くわ!」
そしてその羞恥心を悟られないように、アリスは悠に背を向け、走り去ろうとする。
「ちょっと待ってくれ!!」
その後ろ姿がどこかか細く、今別れたらまた会えなくなるんじゃないかという焦燥に駆られた悠は、気が付くと意識せずに立ち上がり、彼女を呼び止めていた。
「な、何かしら?」
咄嗟のことにアリスも驚いているようで、戸惑い顔をしている。
けれど今行動しなければ、後で絶対に公開する。そんなのは御免だ。
悠は自身の両頬を平手で叩き、深呼吸。
覚悟を決めた彼に、先ほどまでの浮かれた表情は見受けられない。
「フリージアさん。・・・いや、フリージア、聞いてくれ」
「話?何のこと?」
アリスは不思議そうに首を傾げたが、悠の瞳を見ると柔らかく微笑んだ。そんな彼女にしっかりと向き合い、見つめる。
「俺は、初めて出会ったあの日から、お前のことがずっと好きだった。俺と・・・付き合ってくれ!!」
悠は緊張を堪えるために、拳を固く握りこむ。
「まだ会って間もないし、身分だって天と地ほど差がある。・・・それでも俺は・・・」
それでも俺は、傍にいたい。
そこまで言ったところで、アリスが声を出した。声というよりは嗚咽。それに気が付いた悠は思わず言葉を失った。
そこにあったのは、この上ないほどの満面の笑顔。それも、大人びたものではなく、取り繕いのないくしゃくしゃの笑顔だった。その目尻には光るものが浮かんでいる。
そして彼女は少し鼻声になりながら言った。
「・・・ありがとう、すごく嬉しい・・・!」
「え、それじゃ・・・」
「ええ、私もあなたが
――――――大好きです。
向かい合って話したのは指折り数えられるほどの、ほんのわずかな時間。
しかし、互いを思い続けた長い時間は、遠く離れていた二人の気持ちを結ぶ。
こうして「片耳飾りの約束」は果たされ、卯城悠とアリス・フリージアは、恋人となった。
どーも、月見里です。
第2話にしてようやくメインヒロインを登場させることが出来ました!けど文字数的に上手いこと話が収まり切らなかったので、第3話にはみ出してしまいました。なので気になる点がある方もいると思いますが、その辺は3話を期待しててください。
そんなことは置いておいて・・・ようやく話が本格的に動き始めましたが、ここからヒートアップしていくので、「片耳飾りのアリス」次話以降の更なる展開をお楽しみに!
また、Twitterでいいね・リツイートしてくださっている方。この場をお借りしてお礼を言わせて頂きます。本当にありがとうございます!今後も拡散して頂けると幸いです。
この物語が少しでも皆様の楽しみになればと思っておりますので、これからもよろしくお願いします!!




