木星政府と会合
木星に停泊した学園都市船は食料などを補給するためしばらく滞在する。メガシップに分類される学園都市船が停泊できるコロニーは最後だが、土星には位置関係の問題で立ち寄れないためこの木星が最後の惑星になる。
『木星へようこそ、女王陛下』
「格式高い伝統服の方が良いかしら?」
ティターニアが言うと即座に察した木星の管制官が言う。
『必要ですか?』
木星の管制官が言う。恐らく迎えの車だろう。
「えーと、ドレスコードのお店に行きますよね?」
『勿論、そのつもりで聞いております』
ティターニアは後ろを振り返り二人の顔を見る。
「ドレスコードのお店に案内してくれるらしいけど、行く?」
ティターニアが言うと二人は同意した。
「燕尾服なら持ってるぞ、大丈夫だ」
「この間のドレスがありますわ。それで構わないなら大丈夫ですわ」
それを聞いてティターニアは再び画面を見る。
「えーと、大丈夫ですが確認しますね。私はウラヌスドレスがあるので大丈夫だと思うのですが、友達がドレスと燕尾服らしいのだけど、大丈夫ですか?」
『はい、仰せつかります。配車なさいますか?』
即答されるとは思わなかったのでティターニアは一瞬たじろぐが、問題ない旨を伝える。
「大丈夫です。お願いします。集合は港ですか?」
『はい。直ちにお迎えにあがります』
そう言って通信は切れた。ティターニアはヘッドセットを外して耳を撫でる。ずっと後ろに折りたたまれていたし、耳をイヤーパッドが圧迫して流石にちょっと痛い。
「大丈夫ですの?耳が赤くなってますわよ」
サイスが心配そうに耳に触れる。ティターニアは笑いながら振り返る。
「ええ、これくらいなら。じゃあ着替えたら行きましょうか」
「女王陛下とご友人達。ようこそ、木星へ。どうぞご乗車下さい」
木星の人に言われその後ろの車を見る。個人的には小さな乗用車が迎えに来ると、何ならタクシーが来ると思いこんでいたらリムジンが用意されていた。
「私も同行させて頂きます」
「同じく同行します」
後ろから声がするので振り返るとARとAKが立っていた。木星政府としては学園都市船に在住している人物が女王とあっては護衛を付けざるを得ず、しかもARとAK共にティターニアと面識が深く二人が護衛になるのは適任とも言える。
「木星のメイド達もどうぞ」
リムジンに乗り込むと車内は広く窮屈感は無くシートの座り心地も悪くない。だが問題もあった。
「あの……何かカメラを構えた人が沢山いるんだけど……スカート……」
ティターニアが車内から外を見ながら言う。確かにカメラを構えたかなりの人数の人々が港の駐車場に集まっている。この港はメガシップ停泊用にコロニーの重力発生装置を受けておらず無重力だ。ティターニアのドレスの前垂れが宙を舞ったり、サイスのスカートが舞い上がったりと、ティターニアはそっちを気にしているようだった。
「確かに、ティターニアさんは気になりますよね」
ARがスカートを正しながら着座位置を調整していた。ティターニアは背もたれに身を任せている。前垂れがいい感じに持ち上がっている。あまり気にしてないように見えるがティターニアはノーパンである。プライベートシートの貼られている車内に入った途端無頓着になるあたりさすがと言わざるをえない。
「ティ、ティターニア…!前垂れがいい感じに捲れ上がってますわよ!」
サイスが慌てて立ち上がったタイミングで発車したため、重力加速によって後ろに吹っ飛びそうになるのをティターニアが抱きかかえて助けてあげる。
「大丈夫だった?」
ティターニアを見上げた時に言われ、サイスは顔が高揚する。ドキドキするその音がティターニアに気が付かれていないか、その意味でも顔が真っ赤に染まる。
「は、はい…大丈夫……ですわ…」
車が動いている間は無理そうだな。ティターニアはそう思いサイスをずっと抱きかかえていた。
「間もなく重力圏内に入ります」
木星政府の人に言われた直後に重力が車内に発生した。おそらくコロニー内部に入ったのだろう。そのタイミングでティターニアはサイスを開放してあげる。
「有難うございますわ。一緒に飲み物でも?」
設置されている冷蔵庫を開け、飲み物を手にティターニアの隣に腰を下ろすサイス。
「そうね、頂こうかしら」
瓶を開けようとするサイスに手を伸ばしたのはAR。
「それは私の仕事ですよ」
瓶を受け取るとARは冷蔵庫に備え付けてある栓抜きで開栓して二人が持っているグラスに注ぐ。
「慣れてるのね」
ティターニアが言うがARは笑顔を返すだけだった。
しばらくして車が停まる。ドアが開けられたのでティターニアが最初に降りるとそこは小洒落た飲食店だった。まずは腹ごしらえ、と言った感じだろう。ティターニアが看板を眺めていると木星政府の人がドアを開け入店を促す。
「どうぞ」
ティターニアが入ると木星政府の人がカウンターに向かう。
「11時に予約をしたディーツだ」
「ディーツ様ですね、4名様のご予約ですね?」
店員さんが人数の確認をする。ディーツと名乗った木星政府の人は人数が増えたことを伝える。
「すまない、6人に増やしたい」
「かしこまりました。お席の用意はできておりますので、どうぞこちらに」
本来このやり取りは自動なはずなのだが、この店では人がやっているようだ。店員さんに案内されたテーブルに腰を下ろすと、店員さんはメニューを置いて去っていく。
「どうです、人がおもてなすのは温かみがあって良いでしょう?」
ディーツに言われ、ティターニアは思わずARとAKの顔を見てしまう。二人は小さくうなずくのでティターニアは言い切る。
「無駄ですね、はっきり言ってしまうと。この程度の事すら自動化できていないなんて、随分遅れたシステムを使用しているみたいですね」
ティターニアの言葉にディーツは慌てる。
「あ、いえ……温かみの話であって……」
それを聞いてティターニアはため息混じりに答える。
「随分遅れた思想をお持ちなのですね。私にはその発想そのものが有りませんゆえ……地球を忘れて既に3000年以上が経過してなお、人力に頼る国があるとは驚きを通り越して呆れてしまいます」
天王星は人口過疎が進んでおり、自動化という面では最も進んだ技術があるが、ティターニアは色々なお店に入ったことがある。いずれの飲食店で人間に椅子まで案内された事はほとんどなく、人間に案内されたのは指折り数える程度だ
「火星じゃ、全ての飲食店は自動化されてるぞ。もっとも、料理人がいる店は客引きだけ人間がやってたがな」
「金星もですわね。料理人がいるお店しか入ったことがないけれど、カウンターに人がいるお店は初めてですわね」
フーガとサイスが言うとARが口を開く。
「木星の思想の遅れは今に始まったことではなく、3000年前から言われていることなんです。その思想がシステムの遅れのモトとなっているのは言うまでもありませんが……学園都市船はその思想から切り離された都市ですので、木星とも違った文化を持っています」
ARが言うとその場が静になる。ティターニアはその場の空気に慣れているのか、メニューを眺めている。ティターニアにつられるように皆もメニューに目を落とす。
料理が運ばれ、ティターニアは両手を合わせてから箸を持つ。食事の最中、ディーツがずっとティターニアを見ていたのが気になる。
「もしかして私の顔になにかついてます?」
ティターニアが不思議そうに聞く。
「いえ、箸は右手で持つものですので……」
「貴方、先程から失礼がすぎますわよ」
ディーツの言葉に噛み付いたのはサイスだった。サイスはティターニアが左利きなのをずっと笑顔で見守ってくれていた。右腕に端末を装備している事に何も言わなかった。
「ディーツさんは失礼をしなければ気がすまないようで」
AKが言うと、その場はしばらく無言になった。




