艦橋へ案内される
「ティターニア君」
下校をしようと席を立ったタイミングで教員に呼び止められた。
「校長先生が呼んでるので、今日中に顔を出すように」
それを聞いて思わずサイスの顔を見る。
「サイスとフーガ君を連れてっても?」
教員は端末を操作し何かを確認したあと
「構わないそうだ。では、よろしく頼む」
そう言って教室を出ていった。
「なんだろう、嫌な話じゃなければいいんだけど……」
ティターニアが不安そうな声をだすとサイスが腰のあたりを触れながら
「大丈夫だと思いますわ。だって、そんな話だったら私達が同席する事を拒むはずですもの」
それを聞いてティターニアは歩み始める。二人もそれに続く。
「まあ何にせよ行ってみなきゃ分からないんだし、さっさと行こうぜ」
フーガに促されるまま市長官邸に3人はたどり着いた。
「あ、ARさん。怪我は大丈夫だったの?」
ティターニアが嬉しそうに言うとARはため息を吐きながら
「ええ、まあ」
と、歯切れの悪い言い方をする。首をかしげるティターニアに答えたのは反対側に立っていたAKだった。
「肋骨が砕けたので病室では裸だったんですって」
どこか嬉しそうに言っているAKにARは唇を尖らせる。
「五月蝿いわね……あんまり言ってると、恥ずかしい場所が直視できない事を娘に言いふらすわよ」
「あ、それずるい!」
AKがすぐに反論するが聞き逃してはいけない単語が流れた気がした。
「娘?」
ティターニアが言うとARはAKを指差し
「AKはこう見えて既婚なのよ」
「はい?」
サイスがよく分からず間抜けな声を出した。
「恥ずかしい場所を見ると思考が停止するくらいの恥ずかしがりやが、結婚?」
ティターニアが言うとサイスが小さく「嘘ですわよね?」と言っている。
「あのIWIさんですら「子供は期待できない」と言わせたのに、気がついたら娘がいるのよ。悪い冗談だわ」
そのARの言い方に引っかかりを覚えたのはティターニアだけではなかった。
「何か不服そうだな」
フーガが言うとAKはARの肩を抱き寄せ
「こう見えてARは恋愛経験どころか初恋すらまだなんですって」
からかうAKの腕を掴み睨みつける。
「それをからかうのは許しませんわよ」
その低い声にティターニアは背筋が凍る思いだった。
「……えっとぉ」
「貴方も女なら分かりますわよね?恋とは甘酸っぱく、時に苦くて…でもとっても甘くて全身がとろけるような…その思いが未経験なのをバカにするのは何人たりとも許されざる行為ですわ」
別に怒鳴るわけではないし、大丈夫なのかな。と思うがサイスの鋭い眼光は本物だった。切れ長の目が鋭く光る。
「あ、いや、その……ごめんAR」
「うん……あの!」
ARの言葉が止まるので皆が静まり返る。次の言葉を待っているかのように。
「名も知らぬ乙女のお嬢様……有難う…」
それを聞いてサイスは柔らかな笑顔で答える。
「もし、良い男性が見つからなかったら、良い女性を探してはいかがかしら」
ああ、そうだった。金星と火星は同性愛が基本常識の国だったっけ。異性とのソレは風変わりな体験と言ってるくらいの国だったと聞く。
「え、あの……私は女なのですが…」
「あら、金星では女同士で結婚するのが基本ですし、金星流の結婚式は素晴らしいですわよ」
サイスの目が輝き始めたのでティターニアが訂正する。
「サイス、金星人だから……むしろ同性の方が自然だから…」
「あ、なるほど……ところで、ティターニアさんは大丈夫でした?」
「私、彼氏がいるんだけど……今朝告白されたわ…」
「あ、それ絶対狙ってるわ…」
3人が肩を落としながら言う。もしかしてサイスは乙女モードに入ってしまうタイプの人間なのかもしれない。
「じゃあ、話も丁度途切れたし、入っていい?」
「ええ、どうぞ。校長がお待ちです」
3人が校長室に入ると校長が立ち上がり
「木星コロニーの希望で君たちを艦橋に案内したい」
突然の事に3人は顔を見合わせるばかりだ。
「こっちだ」
校長はそんな3人を取り残すように歩き始めるので慌てて後を追う。すると、部屋の隅にハシゴが降りてきた。
「ハシゴなんですか?」
ティターニアが言うと校長はすぐに登り始め
「常に船を管理する彼らは都市区画に降りることがマレな為、このような構造になっている。しかし道徳的観念から改修工事をする予定だ」
校長はさっさと登ってしまったのでティターニアが慌てて追いかける。つられるようにサイスが続くのでフーガはため息を吐きながら最後にハシゴを登り始めた。
「長いハシゴですまないが、艦橋はこの先だ」
恐らく生徒で艦橋に上がったのはこの3人が初めてではなかろうか。
「どうしたの?」
サイスが顔を赤らめていたのでティターニアが顔を覗き込む。
「その……いい眺め、でしたわ」
それを聞いてフーガはサイスをどつく。
「こほん、失礼」
サイスはわざとらしい咳払いでその場を逃れようとするが、サイスが見ていたティターニアのソレよりもサイスを見ていたフーガの方がいい眺めだったに違いない。
「サイスって時々お淑やかさを忘れるよね」
ティターニアがため息を吐きながら言うとフーガは
「時々、か?」
そう言う。しかしサイスは特に気にした様子もなく
「ふふっ淑女の嗜みですわ」
「そんなわけあるか」
フーガは思わず突っ込みを入れた。
「茶番はすんだかね?こっちだ」
待っていた校長がさすがに声をかけた。このままでは無限に漫才をしてしまいそうだ。慌てて3人は校長の後に続いた。
艦橋はすでにコロニーに停泊する準備に入っており慌ただしかった。
「こちら、学園都市船ソル。停泊を求める、どうぞ」
「減速開始、左方向修正。修正舵角0.002度」
「コンタクト200.320にて交信」
「停泊コースよし、タクシーウェイ02確認」
「接舷まで秒読み開始」
様々な通信が艦橋内で行われている。
「ティターニアさん、どうぞこちらに」
艦橋要員の一人が招き入れた椅子にティターニアは座り2人は後ろに立つ。ティターニアはヘッドセットを見て目を細める。エルフ耳の彼女にとって普通のヘッドセットは使いにくい。
「つけなくても良いのでは?」
サイスが言うが、ティターニアは耳を後ろに倒しヘッドセットを装着する。やや痛みを伴うが我慢できないほどじゃない。
『木星管制です、そちらの状況知らせ』
ティターニアは慌てて手元の装置を見る。しかし何がどこにあるか全く分からず、勝手にスイッチを触るわけにも行かず、口をパクパクしていると相手は微笑む。
『冗談ですよ、女王陛下』
それを聞いてティターニアは真顔になる。
「情報、早いですね……」
『ええ。今の天王星はやる気に満ちていますよ。我々がそれを思い出すほどに』




