妖精は意外と知られている
今日の授業は無重力での実施となる。ティターニアが無重力試験棟に入るとすでに何人かの生徒が授業開始を待っていた。ティターニアは空いている椅子まで飛んでいくと、肘置きを掴んで軌道修正をして椅子に腰を下ろす。
「ティターニア、その……スカートは気にしたほうがよろしくってよ?」
隣りに座っていたサイスに言われ自分を見下ろす。見事に捲れ上がっていたので、慌てて手で押さえる。
「ま、まぁ、その…サービスって事で…」
ティターニアはその場しのぎの言い訳をする。すると、サイスはティターニアに向かい合うように同じ椅子に座る。
「じゃあ、もっとサービスしないといけませんわね」
サイスは言いながらティターニアに抱きつく。
「そうね、貴方みたいな子供だったら欲しかったかも」
ティターニアはサイスの髪を左手で撫でながら言う。
「あら、子供には恵まれませんでしたの?」
サイスが胸元のリボンに触れながら言う。ティターニアはサイスのウエストのあたりを右手で触れながら
「ええ」
と、答えた。
「おほん。君たち、もう少し周りの目を気にしたまえ」
教員がサイスを引き剥がしながら言う。
「これはこの間、悪口を言ったお詫びですもの。気にしてはいられませんわ」
サイスはティターニアにウインクをして隣の椅子に腰を下ろす。
「しかし、金星人はみんなスケベなの?」
ティターニアが言うと、サイスは少し頬を膨らませ、
「そういう天王星人だってノリノリだったじゃありません?」
「私だって人肌が恋しくなる時だってあるわよ」
「そういう事にしておきますわ」
サイスはとてもうれしそうにしていた。さすが同性愛の国出身である。その気にさせるのは上手いようだ。
「そう言えばこの間、イイお店を見つけましたの。一緒にいかがかしら?」
「デートのお誘いかしら?良いわよ」
ティターニアはサイスの誘いに乗る。サイスはお嬢様なので期待値は高い。
「デート…?そうですわね、デートですわね。でもその前にお友達からではなくて?」
「じゃあお食事の後は私の家でお酒飲みましょうか」
「いいですわね」
その会話を聞いていた教員が近くに飛んでくる。
「君たち、成人はしているね?この船は航海ではなく、木星の法に基づいている」
それに対し、サイスは身分証を端末で表示しながら
「大丈夫ですわ」
見た目とは裏腹、と言うべきだろう。サイスは身長が低く子供にしか見えない。
「ティターニア、君は?」
教員の鋭い目がティターニアに向く。ティターニアも見た目は若い。
「私も大丈夫です」
その数字が3桁なのを見て、教員の動きが止まる。それを見ていた他の生徒も驚いていた。
「私、いわゆる妖精でして」
妖精、その噂は世界中にある。天王星が作り上げた不老の存在。寿命はないと言われ、その美しさは全てを魅了するとすら言われる。
「ああ、まだ若いもんな、お前は。妖精を見たこと無いのも無理はない」
別の教員がその教員の方を叩き、実技室に入っていく。
「妖精は皆白いのです?」
興味を示した一人がティターニアのもとに飛んでくる。
「そうね、色白な人が多いわね。でも、私ほど白い子はいなかったと思うわ」
ティターニアは白い肌、白い髪、赤い瞳をもつ、いわゆるアルビノのような容姿だ。
「じゃあ良かったら今度俺とデ……」
『では諸君、待たせたな。実技室に入りたまえ』
教員の音声が待機部屋に流れたので、ティターニアはその男子生徒の脇をウインクしながらかわすと扉をくぐった。
『この実技室は一般的なアウトポスト型コロニーと同じ広さになっている。諸君たちにはこれからコロニー内に設置されている基盤交換を体験してもらう』
ティターニアはゆっくりと移動してグリップを掴んで留まると、止まりきれなかった他の生徒にぶつけられてしまう。
「きゃっ」
「ご、ごめん!」
小さく悲鳴をあげるティターニアに謝る。反動でティターニアが動いてしまったのでティターニアは壁の凹凸を利用してもとの位置に戻る。
『ではC-27のパネルを開けて中の基盤を交換したまえ。基盤はチェストの中に入ってる』
教員の音声が聞こえ、ティターニアはすぐにパネルを探す。
「こっちはE-7ね…」
「こっちはA-25だ」
どこだ、どこだ、とあちこち探し、ティターニアはパネルを探し出した。
「あったわ。基盤は?」
「これだと思う」
手渡された基盤を近くに漂わせるとパネルを開く。基盤は差し込まれているだけだったので、すぐに交換できた。
『できたチームから帰宅して良いぞ』
教員が言うのでティターニアは遠慮なく出口へ向かうと、中間部屋にサイスがいた。
「まだみたいでしたので」
「ええ。待たせてしまったわね」
「いえ、構いませんわ」
二人は並んでティターニアの部屋まで歩んでいく。
ティターニアは部屋にサイスを案内し、棚を開けた。
「じゃあこのお酒いってみよっか」
ティターニアは緑色のお酒を取り出し、ショットグラスに注ぐ。
「これはどうゆうお酒ですの?」
「気持ちよく酔えるお酒よ」
ティターニアは言いながら角砂糖に火をつけてグラスに落とす。
「どう、飲めばよろしくて?」
「火を吹き消して飲めばいいわよ」
ティターニアに言われサイスはグラスの火を吹き消す。
「あ、ショットグラスとは言え一気飲みは……」
「え、だめですの?」
「グラス的にはそれで良いんだけど…」
カレンダーを見る。金曜日。明日は土曜日なのでべつにいいか。
「とりあえず、これ食べて?」
ティターニアはラムネを手渡した。ラムネはブドウ糖が直接摂取できるので酔いに対し多少なりとも耐性がつく。チョコラBBでも良いけど、この時代にそんなものはない。
「あと、この薬も飲んでおく?」
ティターニアが薬を渡そうとしてサイスがそのまま倒れ込んでいくのが見えた。
「お酒、あまり強くないのね」
ティターニアは言いながら自分の分をグラスに注ぐ。
「まぁいいか、私も飲みすぎたってことにしましょう」
ティターニアは倒れたサイスを横向きに寝かせると、背中側から抱きつく。
「私、小柄な方だけど、それよりもっと小さいなんて……どんな感じなのかしら」
ティターニアは独り言をつぶやき、すぐに離れる。
「だめだめ、倒れた相手にダメダメ」
自分にそう言い聞かせると、サイスをベッドに運び、ベッドを占領している抱きまくらにしているアロワナのぬいぐるみをぎゅっと抱きながら床に転がる。
「おやすみなさい」
ティターニアは部屋の明かりを消して、目を閉じる。