共和党に騙されてる奴ら
力の限り叫んだティターニアを優しく抱擁したのはIWIだった。
「ぁ……あぁ……」
豊かな胸に癒やされた訳ではない。その規則正しい心臓の鼓動と柔らかなぬくもりに徐々に落ち着きを取り戻していった。それに間に入っているサイスの温もりも落ち着きを取り戻すのに一役買っていた。
「ティターニアさん、大丈夫。大丈夫だから」
IWIに言われティターニアは荒い息を整えようとする。イライラが徐々に収まってくる。
「ティターニア、彼の言ったことを思い出して下さいませ。貴方を政治利用したい、と言ってましたわよね?でも、生放送しているなら、ティターニアの言葉かどうか、それは視聴者が理解するのではなくて?」
ティターニアはハッとする。もし、生放送を見ている人間が首相が言った事と矛盾を指摘したらどうなるだろう。
「エッチな事って言うのはいつの時代も注目を浴びるモノだから、視聴者はそれなりに居ると思うわ。頻度によっては増える可能性すらある。その生放送を逆に利用してみてはどうかしら」
IWIは言う。しかし、自分はまだ女王になるつもりもなければ政治利用されるつもりもない。
「私は……私はただ…普通に……ただ普通に生活したい…だけ…なのに……」
ティターニアは溢れ出る涙を拭うこと無く、ただ、つぶやくように言う。嗚咽混じりのその言葉は2人に深く突き刺さる。
「なら、ティターニア、貴方をもっとも愛し、もっとも理解し、もっとも同じ時を過ごそうとする男性……フーガに相談してみてはいかがかしら?フーガなら、ティターニアをもっとも良い方向へ導いてくれるはずですわ」
サイスに言われティターニアはサイスの背中に腕を回し、顔を見つめる。
「有難う、サイス……貴方が友達で良かった……」
そう言うとティターニアはサイスと唇を交わした。
「……私の初めてを…有難う、ですわ」
サイスが目を潤わせながら言う。ティターニアも笑みをこぼしながら
「私も……キスなんてほとんどしないんだから……」
ティターニアは涙を拭いながら言うと、IWIは
「でも、事件の関係者だからしばらくこの部屋に拘束されるけどね……」
そう言う。しかしIWIは笑顔で扉を指差す。
「ARは入院中だし、HKはさっき持ち場に戻ったわ。残るはAKだけ」
IWIに言われるとティターニアは席を立つ。
「お手洗いは部屋を出てすぐですよ」
IWIに見送られティターニアはサイスの手を引いて部屋を出てすぐに玄関に走る。玄関をくぐるとすぐにAKと目が合う。
「あ、ちょっと、待ちなさいよ!」
AKが腕をつかもうとするのでそれをかわすと、すぐさま自身の前垂れを捲りあげる。それを見てサイスも同じようにスカートを捲りあげる。
「あ、いや…ぁ……つ…る……つる……ふさ……ふさ……」
動きが止まったAKを尻目に道路に出る二人。あとは全力で走るだけ。
「その格好でここまで走ってきたのか……?」
フーガは玄関で息を切らしてる二人に言う。
「ええ。あの…まず…水……もらっても…いい?」
「あ、ああ。とりあえず入れよ」
フーガは二人を招き入れ事情を聞いた。
「なるほどな、難しい問題だな。録画はともかく、生放送は一般のサービスなのか?それとも専用のページなのか?」
水を飲みながら息を整えているティターニアを見てフーガは手が止まる。サイスもそれを見てつられてティターニアを見る。すこし緩んだドレスから魅惑の谷間が覗いている。サイスもこれにはフーガをどつかずにいられない。
「どういう事ですの?」
サイスがフーガを見上げながら言う。
「一般のサービスなら、利用規約に違反していれば当然アカウントが停止される。アカウントが停止されれば当然生放送は終わる」
フーガに言われてサイスは端末を起動させる。そして生放送をしていサイトを見つけ出す。
「これだと思いますわ」
録画している、と言う言葉が示している通り、一般の配信サイトではなく、独自に開発された配信サイトであった。
「これ、木星の法に違反してないかな」
だがタイムラグはかなりあるようだ。その放送ではまだティターニアはIWIに抱擁されている。
「通信は高利得アンテナではないみたいですわね……」
「高利得アンテナならラグらしいラグはないから、低利得アンテナでやってるみたいだな」
「でもなぜ……」
その問に答えたのはサイスへの通話だった。
「私ですIWIです。簡潔にお教えします。天王星の船が数隻ほど、当艦へ接舷したしました。おそらく、狙いはティターニアさん……。ティターニアさんは当学院の生徒であり、木星の法によって守られます。今からそちらへ向かいます。いいですか、間違っても呼び鈴がなったからと言って出てはいけませんよ。絶対に……では」
通話は一方的に切れた。サイスは別に受話したわけではないので、おそらく管理者権限で通話を直接送ってきたのだろう。だんだん話がややこしくなってきた。
「つまり、高利得アンテナは艦隊に向いているから、この船の、プライバシー侵害用には使えないって事だな」
フーガは3Dプリンター、シェフを起動し、オニギリを作り、ティターニアに手渡す。
「私は遠慮しておきますわ」
サイスが言うがフーガは
「だめだ」
の一言で一蹴しオニギリを手渡す。フーガの顔とオニギリを交互に見た後、サイスはゆっくりと口に含む。味の再現度は悪くないが決して良くはないと言われるシェフの味だが、今日のシェフはとびっきり味のないオニギリだった。
「ティターニア…」
「やっぱり……不味い、よね」
その2人の声は沈んでいた。特にティターニアは重症で、目の輝きも失いかけていた。プライベートが覗き見されていた、という事実は誰であっても心を引き裂くような事案である。
「しばらくの辛抱、と言いたいが……」
何か食べれば落ち着く、と思っていたが目論見が外れ、フーガは悩む。ゲームは一か八かの賭けになるし、かといって話題にも悩む。
「生放送しながらティターニアに手荒な真似ができるだろうか」
連れ去るのが目的なら勿論あまりそのようなことはしないだろう。
「いえいえ、世界に発信させましょう」
「だけどラグを利用すれば途中で切断すれば見せない手段があるかも……」
じゃあどうすれば……そう思っているとティターニアが重々しい空気を漂わせながら口を開く。
「高利得アンテナで、私の……生放送をすればいいのね?」
「え、ええ。でも……」
それはできないんじゃ……と言おうとしてサイスはティターニアの動きを見ていた。机においてあるパソコン。フーガのパソコンを触り始める。その画面には複数の窓が消えたり出たりしている。
「ティター……ニア」
フーガが何を言ったら良いか分からない顔をする。
「やっぱり、気持ち悪いよね…こんなの……私も思う。こんな力なければ良かったのにって……それに…ゲームで不正してると思われたくなかったし……」
ティターニアは静かにキーボードを叩く。
「そろそろ、繋がってるんじゃないかな」
ティターニアが言うのでサイスは先程の生放送を開く。手足を動かすとほぼリアルタイムで画面に写っている。
「さすがですわっ」
サイスは叫びながらティターニアに抱きつく。
「これなら、これなら、なにかされても保険になりますわ。でも、どうやって、高利得アンテナを?」
「天王星はコリオリコロニーでしょ?だからコロニー自体に長距離用高利得アンテナはなくて、中域に幾つか飛ばしてあるの。衛星みたいに。それを一つ、拝借したってわけ。どうせ投棄されて登録抹消された衛星で、死んでないから動いてる程度の衛星だもの。だれも気に留めないわ。たとえ衛星管理局であってもね」
ティターニアが言うと、今気がついたのか、乱れたドレスを直し始める。サイスもそれを見てドレスをなおす。
「さあて、蛇が出るか……」
フーガが言うと呼び鈴が鳴る。一同は扉の方を向く。
「……」
フーガは端末を操作してドアをのぞき窓モードに切り替える。そこには誰も写っていない。だが、確かに呼び鈴はなっている。
「……さっきの通信と生放送で場所がバレたのね……フーガ君。エアライフル、持ってたわよね?」
ティターニアが言うとフーガは眉をひそめる。
「おいおい、何を考えてる?あんなのじゃ脅しにもならないぞ」
「いいから」
こういう時のティターニアは頭が回る。フーガは素直に従い棚からエアライフルを取り出した。
「弾は一応1000発ある。マガジンには250発入るマガジンが4本。だが、こんなのでどうするんだ?」
「サイス、さっきの通話に返信できる?」
ティターニアが言うので慌てて端末を操作する。ティターニアはその間にマガジンに弾を入れる。
「IWIさん、聞こえます?」
「ええ。今そっちに向かってるわ、どうしたの?」
IWIの声を聞いて安心するサイスの肩越しに叫ぶように言うティターニア。
「先回りされたわ、急いで!」
「了解よ、HK、聞こえたわね?飛ばして頂戴!」
元気のいい声が通話越しに聞こえる。
「軍人てのは、元気だけが取り柄だからな……」
フーガが肩をすくめながら言う。かつて自分もそうであったかのように。
「フーガ君……時間切れかもしれない……ドアから離れて」
ティターニアに言われドアを見ると明らかに軍人と見て取れる人間がドアに何かを貼り付けている。もし、これが平時ならガムテープでいたずらしていると思う所だろう。
「ブリーチか……」
確保対象がいる状態でブリーチを使うのは珍しい。人質を傷つけてしまう可能性があるからだ。扉の殆どは気密扉だし、それを吹き飛ばすだけの爆薬を使えば部屋内の空調や生命維持装置を壊してしまう可能性があるからだ。
「生死は問わない、って事かな?」
「頭さえ残っていればそれでいいのかもね……フーガ君。私が合図したら、サイスを庇ってあげて」
ティターニアは言いながらエアライフルを構える。
耳鳴りしか聞こえない程の爆音が室内に響いた。
「動くな!両手を上げて……」
ティターニアはエアライフルでフルオート斉射する。
「なんだ……?オモチャか?」
銃を構える姿に警戒した天王星軍の人はすぐさま自分に向かってくる銃弾がオモチャの弾丸である事をすぐに理解した。しかし、どこを、というのは気にしていない様子だった。
「フーガ君!」
ティターニアが叫ぶのでサイスにフーガは覆いかぶさる。ティターニアが執拗に狙っていた場所。それはベストに括り付けてある手榴弾だ。正確には、手榴弾の安全ピンである。天王星軍の気付いた時にはすでにピンは抜けており、手を伸ばし捨てようとしたタイミングで手榴弾は殺傷力を発揮した。ティターニアはベッドの下に潜っていたのでなんとかなり、サイスもフーガが覆いかぶさっていたため無傷だった。
「大丈夫か、サイス」
「え、ええ。フーガは?」
「大丈夫だ。手足は動く」
二人がお互いを確認している間にティターニアは遺体から銃を奪う。
「大丈夫そうね」
ティターニアはコッキングハンドルを操作して正常に弾が送られるのを確認し、今度は遺体からマガジンを抜き取る。無事なやつだけ、となると流石に数が少なく、1マガジンを予備にできるに留まった。弾は合わせて60発。他にはEJ弾を一つ。今現在のEJ弾は軍艦を敵のミサイルから守るための物だが、この時代では個人携行用の対船兵器である。強力な放射線を一瞬だけ放ち、一時的に乗り込んできた相手の船を無力化する。
「まあ十分でしょう。二人共、行くわよ」
さすがに場所がバレているので残るわけにもいかず、二人はティターニアの後に続こうとした。
「むぐっ」
ティターニアは扉を出たところで口を塞がれ体を拘束されてしまう。
「この女の頭を吹き飛ばされたくなかったら大人しくいうことを聞くんだ」
頭に銃を突きつけられたティターニアは唇をかむ。しかし
「簡単に頭を吹き飛ばされちゃ困るのよ」
後ろから忍び寄ってきたIWIが銃を突きつけ相手を牽制する。相手はさすがに銃を下ろし両手を上げた。
「AK、拘束して。HK、ティターニアに武器を」
HKは手に自動小銃を持っていた。
「これはもともとARさんの銃ですが、緊急事態ですので、どうぞ」
持っている銃と手渡された銃を交互に見て、ティターニアはスカベンジした銃を捨てた。
「さあ行きましょう」
HKが言うのでティターニアは不思議そうに
「行くってどこへ?」
と返した。
「市長官邸へ。そこなら、貴方を守る手段も豊富です。さあ!」
ティターニアは誘われるまま車に乗り込みサイスとフーガも続いた。
「乗ったわね、行きましょうHK」
IWIの合図で車をHKは走らせる。移動を開始してから、IWIが相手に対し尋問を始めた。
「さて、貴方達はなぜ、ティターニアさんを狙うの?」
「死ぬ覚悟はある」
「そう……それは頼もしいわね…」
IWIはハンドガンで足を撃つ。片足なんて生易しい事はしない。両足だ。フーガは思わずサイスを抱き寄せ見せないようにした。
「話す気になった?」
「なるか、馬鹿!」
「そう」
今度は腕を撃つ。相手が痛みで体をよじるので続けて肩を撃つ。
「話す気になった?」
IWIの笑顔が怖い。
「俺たちは何も悪くねぇ、国のためなんだ!」




