地球と火星
ティターニアは空中を漂いながらお酒が送られてきた箱を眺める。この箱は無重力対応らしく、ちゃんと地面にくっついている。
「とりあえず、お礼は言わなきゃね」
ティターニアは通信室へ向かうべく部屋を出る。今日はいつもに増して人がいない。
「これだけ人がいないのは珍しいかも」
ティターニアは呟きながら天井付近を遊泳するように移動する。
「なんで今日は人がいないんだろう」
二度目の呟きに答えたのは空中に散らばった書類だった。
「火星系の暗号書類?なんでこんなものが……」
「あ、あぁ、あの、あのっ。すみません!」
見ると慌てて書類を回収している女性がいた。無重力に慣れていないらしく、あちこちに飛びながら回収していたので、ティターニアはそれを手伝う。
「これで全部だと思うけど……。大丈夫?」
ティターニアは心配になり聞く。
「はい……あの、有難うございます。無重力に慣れてなくて…」
その女性をティターニアは観察する。肩章に飾緒。胸に略章。
「おおかた、鞄を天井の出っ張りにぶつけたんでしょ?」
ティターニアが言うと、その女性は申し訳なさそうに答えた。
「おっしゃる通りです……」
「地球?火星?」
ティターニアの問いかけに首を傾げる女性。
「貴方軍人でしょ?地球?それとも火星?」
「妖精様なら書類をみただけで分かるでしょうに」
「じゃあ火星?」
「ええ」
二人はその後無言になる。
「これは内緒にして頂きたいのですが、地球と火星は軍事的にすれ違いをしております」
ならなぜ木星所属のこの船にいるのだろうか、そう思うと彼女は言葉をつなげた。
「その仲介役にお願いに参った次第です。しかし、もう一つ問題がありまして……船長室はどこでしょう?」
この船は他の船とは違い、都市そのもである。広さも軍艦と比べ物にならないほどの広さをもっている。
「ちょっとまってね」
ティターニアはそう言うと壁の装置を操作して移動用ポッドを呼び出す。
「ほら、乗って」
ティターニアが促すとその女性は見てる側が不安になるような動きでポッドに乗り込む。
「有難うございます」
女性は礼を言いながら端末を装置に触れさせ言う。
「船長室へ」
『もう一度どうぞ』
機械が認識せず、もう一度言おうとするのをティターニアは制し、
「校長室へ」
『かしこまりました』
その女性はため息を吐いて俯いてしまう。
「どうかしたの?」
「いえ、士官学校を首席で卒業して……私失敗ばかりで…大丈夫かなって」
ティターニアは女性の頬を突つきながら
「士官がそんなのでどうするのよ。部下は貴方の指揮を頼るのよ。どんなに不安でも顔に出しちゃダメよ。士気に関わるわ」
ティターニアが茶化すように言う。だが言葉は真面目だった。
「でも……」
「貴方は何をしに、この船に来たの?」
ティターニアは強めに言う。女性は俯いたままだ。
「その、和平交渉に……でも…」
「貴方は外交官じゃない。和平交渉は仕事じゃない。何をしに来たの?職務をまっとうしなさいな」
ティターニアは頬を突つく手を下へ動かし、豊満な乳房を突つく。
「あ、あの……」
「なんなら、挑戦してみたら?」
ティターニアは言う。女性はやっと顔を上げた。
「何に、でしょうか……」
「和平交渉に」
女性は鳩に豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「貴方が、校長先生に『こうしてほしい』とお願いするのよ。貴方の言葉で」
突つく指を手のひらに変えてその胸を楽しむと女性は流石に嫌がり肩を揺すった。
「これは地球時代の偉い人が言った言葉なんだけど『失敗を恐れるのではなく、何もしない事を恐れないさい』」
「あの、一つ良いでしょうか……なぜ、私の胸を触るのですか?」
女性は嫌そうな顔をしている。
「貴方が私の知り合いの様にウジウジしてたからよ」
「その方はどちらに?」
女性は何気なく聞いた。そしてティターニアは少し間を置いて答えた。
「エリスに住んでるわ」
女性は一瞬わからなかった。随分遠い星に住んでるな、と思い、すぐに頭を下げた。
「あ、あの、申し訳ありません……その、なんとお詫びしたらいいか……」
『到着しました。足元にご注意下さい』
彼女の言葉を遮ったのは機械音声だった。ティターニアはそのまま降りて、手招きする。
「結果はどうであれ、自分の選んだ道に間違いはないわ。間違っていると思って選択する人はいない。最善を尽くした結果、それを第三者が「成否」を決めるだけ。大丈夫よ」
それを言って、別れようとして、メイドがそれを止めた。
「お待ち下さいティターニア様。市長様がお呼びです」
自分は故郷へ通信したいのだが……そう思いながらその女性と一緒に部屋に入る。
「書類をこちらへ」
校長が言うと女性は鞄から書類を取り出し手渡す。
「この宇宙時代に紙の書類をよこすとはよほどのことと見た。状況を説明して欲しい」
「火星軍と地球軍で軍事衝突が発生しうる状況です。是非、仲介役になって頂きたく参りました」
「我々は永久中立を宣言している。軍事加入はしない」
校長は言う。どちらかに加担すればどちらかが敵対してしまう。そのような自体は永久中立宣言国としては避けたい。
「軍事加入ではありません。説得をしてほしいのです。両者に。戦争は無益だ、と」
「なるほど」
校長は珈琲に口をつけため息一つ。
「我々軍人は本来、平和への使者でなければなりません。断じて、平和目的以外の方法で戦争を唱えたくありません」
戦争を始めるのは外交官だが、戦争を終わらせるのは軍人なのだ。死者も出るだろう。
「ティターニア君、本来ならこんなお願いはしたくないのだが……もしよければその『平和へのダシ』に使って構わないかね?」
「ええ。平和利用なら構いませんよ」
ティターニアは快く了承する。
「だが、本人である必要はない。体をスキャンしてもよろしいかな?」
校長は装置を操作しながら言う。
「ええ。服を脱いだほうが良いですか?」
「いいや、そのままで構わない」
校長が言うと、メイドがスキャナーを持ってきた。
「ではティターニア様、スキャンを開始しますね」
持ってくるが早いか、すぐにスキャナーを走らせ、体のデータを取り込む。
「これで3Dデータになりましたので、通話で姿を出すことが可能になりましたよ」
「ティターニア君。君を利用するお詫びがしたい。何が良い?」
校長が言うのでティターニアは即答する。
「アマレットを」




