金星アウトブレイク
ティターニアはいつもどおり学校へ向かう。
「サイス、珍しいね、歩いてるの」
ティターニアはサイスの後ろ姿を見つけ声を掛ける。
「歩かないといけないと思っただけですわ」
サイスがそう言うと、端末を見せてくる。
「校長室へ呼び出し?何かしたの?」
ティターニアが言うとサイスは少し暗い表情で
「私だけではなくて、金星人を全員呼び出してるみたいですわ」
ティターニアは顎に指を当て
「一人ずつ呼んでるのかな?」
「さぁ?BCCではなかったので一人ずつメールを書いたみたいですわ」
ティターニアの言葉にサイスは肩をすくめながら言う。
「よほど伝えたい事があるんだね」
ティターニアが言うとサイスはため息一つ。
「どうせ必要もない弔の言葉ですわよ」
サイスはだから気分転換に歩いているのだ。ポッドに乗っていたら息が詰まるのだろう。
「サイスはじゃあ今日の授業は休講?」
「いえ、時間的に授業は受けれますわ」
サイスが言うと、追い越そうとしていた女子生徒が隣に並ぶ。背の低さから金星人だろう。
「別に憐れんでくれなんて言って無いんだけどね。私はコロニー生活もだいぶ慣れてきたし、故郷がなくなっても人は生きてるんだから」
それを聞いてティターニアは鋭く突っ込む。
「なくなってなんかいないわ。住めなくなっただけ。それも地表に。金星ってコロニーあるんでしょ?いいじゃない」
ティターニアは言う。確かに滅んだと言えるだろう。だがそれは地表だけである。
「そうですわね、私は地表に拘ってるわけではありませんもの」
「そうね、私もよ。家は思い出になってしまったのが悲しいけれど、それくらいですもの。思い出は作れますもの」
二人の金星人は同じような考えのようだ。
「思い出は思い出のままの方が美しいって言うしね」
ティターニアが言う。サイス達は素直にそれを聞き入れる。
ティターニアはzy業が終わった後すぐに移動を開始した。
「さて、何を話してるか気になるし、すぐに聞けるように部屋の前で待ってよう」
校長室、もとい市長室はすぐ近くにある。ティターニアは独り言を呟きながら市長室へ向かった。
「あら、ティターニア?」
扉の前に立つと、丁度サイスが出てくるところだった。
「何の話をしてたのかなって、気になって」
ティターニアの台詞を聞いてサイスは一瞬息を呑むが、いつもどおりを装って答えた。
「金星が我々の帰国を拒否するそうですわ。もう帰ってくるな、と言うところですわ」
ティターニアはそれを聞いて驚いた。国民の帰国を拒否するなんてありえない話である。
「本日付をもって、私、本籍地住所がこの学園都市船になりましたわ」
サイスはため息混じりに応える。どういう顔をしていいか悩んでいるようにも見える。今の時代、本籍地は生まれた惑星から変わることがない。本籍地の書換えなぞ、本来ありえない事なのである。
「言いたくなければ、言わなくていいけど、理由は?」
ティターニアが聞くと、サイスはユックリと答えた。
「アウトブレイクだそうですわ」
ティターニアはそれを聞いて、慌てて端末でニュースを見る。
『金星:アウトブレイク中。死者5万人超、入出国拒否』
ティターニアはそれを見て端末を落としそうになる。サイスはそれを手で受け止め
「積み荷からウイルスが入り込んで、一気に広がった。兆候を見せた時には手遅れで、薬の輸入すら滞ってるそうですわ。もう、国として機能していない。今、金星にできる事はこの新型ウイルスを外に持ち出さないようにする事だけ」
そうサイスは言う。ただ、いつもの口調ではなかった。
「私は難民になってしまったのですわ」
サイスがもとの口調に戻った。だが、俯いていた彼女の表情は見えなかった。ティターニアはニュースサイトをスクロールしある一文で指が止まった。
『金星コロニー、焼却処分も検討』
「ティターニアは、故郷に帰れないと分かったとき、どんな気持ちでしたの?」
サイスの震える声。
「私はただただ悲しかった」
ティターニアはしゃがみサイスを胸の中へ抱き入れる。
「ティターニア……?」
「泣きたい時は泣いて良いんだよ?無理して笑ってる必要なんて無いんだよ?家族を失ったときと同じように泣いて良いんだよ?」
ティターニアに言われると、堪えていたものが一気に吹き出し、サイスは声に出して泣いた。
「土は国なり、国は人なり…思想は国家なり」
サイスはティターニアのその台詞を聞いてティターニアを見上げる。
「もし、落ち着いたら、あなた達が新しいコロニーを作ればいいじゃない。新しい国を作ればいいじゃない」
ティターニアのその台詞を聞いてサイスは涙目ながら笑顔を作り
「その発想はありませんでしたわ」
サイスは涙を拭うと、ティターニアは言う
「まだ滅んだわけじゃないし、悲観するのはちょっと早いんじゃない?」




