ちょっとデリケートな話
サブタイトル通りです、好き嫌いはっきり分かれる回かも
ティターニアは寝起きに不思議な感覚に首を傾げた。重力は確かにあるのだが、体が異常に軽い。
「何かあったのかしら」
何度かジャンプした後、ティターニアは端末を操作して掲示板を見る。
『本日休講:人工重力発生装置に不具合があるため』
その見出しの記事を掘り下げると「2番艦ルナに先行させる予定」とも書かれていた。
「遊びに来ましたわ」
インターホンが鳴る。ティターニアはため息を吐いて扉を開けた。
「サイス、貴方はいつも暇ね」
ティターニアは嫌味を言ったつもりだったがサイスは胸を張り答えた。
「勿論ですわ。暇は心に余裕を与えるのですわ」
その素直さに関心しているとサイスは抱きつきながら続けた。
「この間『子供に恵まれなかった』と仰ってましたわよね?どうしてですの?」
抱きついたのは逃げられないようにするためだった。ティターニアが気がついた時には遅かった。
「ちょっと分からないわ」
サイスは何かを察したようだ。
「旦那様に問題があったのではなくて?」
「主人に問題は無かったわ」
ティターニアは即答した。その感じだと実際病院で調べたのだろう。
「ティターニアに問題は無かったのかしら?」
サイスの言葉にティターニアは硬直する。
「知らないいわ。病院にも行ってないし」
ティターニアは強張った声で言う。
「じゃあ行きません?今から。外出禁止ではないみたいですわよ」
サイスの言葉にティターニアは正直に答えた。
「知るのが怖いの……私は体に何か欠陥があるんじゃないかって」
ティターニアの言葉を聞いてサイスは優しく背中を撫でる。
「大丈夫ですわ。不妊は誰しもが悩む事ですわ。欠陥とかじゃないはずですわ」
サイスは言う。ティターニアは恐怖感があったが、自分を知る事の大切さはゲームで学んでいる。ゲームでは無用な戦闘を避けるため、無用な死を避けるため。
「そこまで言うなら……」
ティターニアがそう言って初めてサイスはティターニアを開放した。
「じゃあ善は急げですわ」
サイスは壁の端末を操作してポッドを呼び出す。ティターニアはため息一つ吐きながらそれを待った。
「病院なんて初めて」
門をくぐりながらティターニアは言う。
「私も過去には受診したことがありましてよ」
サイスが言うので受付まで歩いていく。重力が軽いので目測を誤りそうになる。
「え?何で?夜遊びが過ぎた?」
「そういう目で病院に通う女性を見るから、世の女性が病院に行きにくくなるのですわよ」
ティターニアの言葉に本気で怒るサイス。それに対しティターニアは素直に頭を下げた。
「ごめんなさい……」
ティターニアは端末を操作して問診票を記入していく。
「あれ、どうしよう」
最後に年齢の項目にたどり着くが2桁までしか入力を受け付けなかった。
「それは病院側の不手際、ですわね」
サイスはフォローしながら呼び出し釦を押す。
『どうされました?』
「年齢が2桁までしか入力できないのだけど……」
『暫くお待ち下さい』
そう言って音声は途切れた。もしかしたら別の病院に移動かもしれない、そう思っていると医者が受診室から現れた。
「噂は聞いてます。どうぞ中へ」
医者は受診室へ案内するのでサイスもついていく。
「何かお困りですか?」
「えっと、その……不妊って言うのかしら?できなくて……」
ティターニアは話しづらそうにしていた。
「性交はどれくらいの頻度ですか?」
「あ、えっと…200年くらい、もうしてないんですけど、その頃は週に1度くらいのペースで40年ほど……」
ティターニアが言うと、サイスは上を向いて妄想しているようだった。顔が少し赤い。
「生理周期は?」
「まだ来てません」
ティターニアの言葉に医者の動きが一瞬止まり、すぐに端末を操作していた。
「検査してみないと分かりませんね。すぐ終わるので、検査室へどうぞ」
サイスはそれを聞いて待合室に戻った。
「ではスキャナー通しますので服を脱いでベッドに横になって下さい」
医者の言うとおりに服を脱いでベッド脇のカゴに服を入れベッドに横になる。するとすぐに光のリングがベッドを何度か往復する。
「では結果が出るまで待合室でお待ち下さい」
ティターニアは服を着て待合室につながる扉を開き、サイスの隣に座る。
「検査待ちですって」
ティターニアがため息混じりに言う。
「いい結果だといいですわね」
サイスもそれ以降口を開くことなく、待合室に設置されているテレビを眺めていた。そこには火星のご当地グルメを紹介している番組が流れていた。火星は重力が軽いため魚が少なく、かわりに肉料理が発展している、と紹介していた。
「ティターニアさん、お入り下さい」
つまらなさそうにテレビを眺めていたら放送が流れたのでティターニアは重い足取りで診察室に入った。
「結論から言うと、卵胞がない、ですね」
そのあと医者は難しい言葉を用いて説明していたがティターニアはただ、それを聞き流していた。
「子宮は不思議な状態で、むしろ健康と言えるでしょう。なぜ生理がないか、それはちょっと判らないですね。これなら毎月経験してないとおかしいのですが……」
医者はペンタイプのインターフェイスで頭を掻き始める。それを見ていたサイスは少し不機嫌そうに
「医者はどうしてこうもデリカシーがないのかしら。言葉を選びなさいな」
言う。ティターニアは少し悲しそうな目で
「私、やっぱり普通じゃなかったんだ……」
そう呟いていた。サイスは慌ててティターニアの腕を掴む。
「そんな悲観なさらないでくださいな。世の中広くってよ?」
サイスの言葉にティターニアはただ自身を見下ろしていた。
「私、背が低いですわよね。体型もどちらかと言えば子供ですわ。それが何を意味するかわかりまして?」
ティターニアは答えない。サイスは言葉をつなげた。
「妊娠に適していない事を意味しますわ」
その言葉は適切ではない。だが、出産が難しいのは確かだろう。
「だから私は貴方が気になったのですわ。妊婦を必要としないその技術に。その思想に」
その言葉を遮ったのは医者だった。
「こほん。先程確かにおかしいと言いましたが、子宮は普通、むしろ健康ですよ。おそらく卵子がないだけでしょう。ですから、貴方の遺伝子から卵子を作り出して体内へ戻せば、おそらく妊娠するでしょう」
データ上では健康。つまりはそういう事である。
「私が天王星人を嫌っていたのは何も売春禁止法がないからだけではありませんわ。どうして人間を試験官で作る技術があるのに、どうして男女の愛に拘るのかしら。それだけは私理解できませんの。持ってる技術と思想が相反してますわ」
それを聞いてティターニアは考え直す。
「そうね、どうして私、エッチに拘ってたのかしら」
ティターニアはそう言いながら、握っているサイスの手に優しく触れる。
「金星ではむしろ、男性との体験は風変わりな体験と言われてましてよ」
サイスが言う。
「ではお大事に」
医者が言うので二人は待合室に戻り会計をすませると、部屋へと戻っていった。




