本命チョコまでもう少し
さらっと読める2000字程度の物語。
「深雪! 直火で温めちゃダメって言ったでしょう! ちゃんと湯せんで溶かす!」
「えぇ~面倒くさいよ!」
予想どおりの妹の反応に、吹雪は溜息をついた。
「プロのパティシエだって直火でチョコレートの入った鍋を熱することはないの。自殺行為と同じよ。アンタ、そんなにチョコレート作る自信があるわけ?」
「……ない」
「だったら、ちゃんと本に書いてあるとおりに作業しなさい!」
板チョコを溶かして、型に流し込む。それだけの手間を渋るくせに、バレンタインデー近くになってフォンダン・ショコラやマカロンを作りたいとよく言えたものだ――と呆れる。
深雪の料理の技量を知る姉の吹雪は、当然その要望を即却下して、妹でも作れるシンプルなチョコレート作りを提案した。
「ハート型のチョコって、ありふれてない?」
「作れもしないスイーツで失敗するよりいい。そもそも、彼氏がマカロンなんて食べるの?」
「わかんない。聞いたことないし」
暢気な妹の返事に吹雪は肩を落とした。高校に入って初めてできた彼氏に、初のバレンタインチョコレートを手作りするから協力してほしいと頼まれたが、本人に作業を任せると、すぐにレシピを無視しようとして気を揉むばかりだ。
「お姉ちゃん、ビターとミルク、どっちがいいと思う?」
「どっちがいいって……それは彼氏の好みに合わせるものでしょうが! まさかそれもわからないの?」
「だってこういうのはサプライズにかぎるでしょう!」
深雪が逆ギレしている。気持ちはわかるが、それでは彼氏に喜んでもらえない――本末転倒だ。もっとも、彼女が作ってくれたチョコレートスイーツならば何でも喜んでくれる相手ならば話は別だ。
吹雪が最初にチョコレートを贈ろうとした相手はそんな相手ではなかった。
高校一年生のバレンタインデーに、吹雪は満を持してチョコレートブラウニーを作った。昔からお菓子作りは得意だったので、味にも自信があった。それなのに、当日の放課後、受け取った彼氏はどこか冷めた薄笑いを浮かべて言い放ったのだ。
「これってチョコなの? 食いモノ? 食って大丈夫なの?」
中味を食べる前から、定番のチョコレートを作らない自分を軽蔑するような男子の笑い顔。我慢できず、相手からブラウニーを奪い返すと一目散に自宅へ逃げ帰った。
それ以来、吹雪のバレタインにチョコレート作りという作業はなくなった。
「これくらいでいい?」
「うん。そのまま続けていいよ」
湯せんでなめらかに溶けたチョコレートを、深雪は丁寧にハート型のシリコンモールドに流し込んでいく。空気が入らないように慎重になりすぎて、自分が息を止めていることにも気づかない。妹のその気持ちだけは尊重してやりたい。
「おっ、頑張ってるな、チョコ作り!」
突然キッチンへ入ってきたのは、隣人兼幼馴染の大吾。だ。ひととおり型に流し終えた深雪が驚いて彼とチョコレートを見比べる。
「大ちゃん、なんでチョコ作ってるのわかったの?」
「隣に流れてくるんだよ、換気扇から出てくる甘ったるい匂い」
大吾は吹雪と同じく今年大学一年。家族ぐるみのつきあいも長く、高校も同じだったため今でも気軽に自宅を行き来している。
「深雪だけか? お前は作らなかったのか?」
深雪がラッピングの材料を取りに自室に戻ると、大吾が遠慮がちに尋ねた。同じ高校でクラスも隣りだったので、彼は吹雪の恋の破局に至る経緯も承知していた。久々にチョコレートの匂いを嗅ぎとって確かめにきたのかもしれない。誰がチョコレートを作っているのかを。
「深雪のために、ちょっと手伝っただけ」
「トラウマかなんか知らねえけど、恋愛まで諦めるのは勿体なくねぇか?」
真顔で問い質す大吾に、吹雪は首を傾げた。
「別に諦めたわけじゃないんだけど」
吹雪は知っていた。バレンタインデーに吹雪が失恋したあと、元カレとなった男子が顔にアザを作って登校していたことを。本人は外でケンカに巻き込まれたと釈明していたが、理由はまったくちがうのだろうと想像できた。誰が関与していたかも。
「バレンタインって、海外では男の人から花束とかメッセージカードで愛を伝えるんだって」
大吾は、吹雪が言いたいことが理解できていないようだ。眉を顰め、吹雪を見ている。
「あくまで理想だけどね……愛の告白をしてくれる王子様がいたら、恋愛をはじめる勇気が持てる気がするんだ」
それは決して嘘ではない。自信を取り戻せたら……好きになった相手に、またチョコレートを作りたいと思うかもしれない――とっておきの本命チョコレートを。
だから、今は自分からチョコレートを作らないことにしている。
「ふうん……」
わかっているのか、いないのか。大吾は道具を片づける吹雪の手元に視線を固定したまま頷いた。
「じゃあ、来年は作れよ、チョコ」
ぶっきらぼうに言い放つと、彼はキッチンから立ち去った。
期待に胸がふくらむ一年になりそうな気がして、吹雪はひとり笑みを浮かべた。
終
バレンタイン直前なのでありふれているかもしれませんが、春を予感させる小話を書いてみました。
以前書いた作品の姉妹のイメージをもとに作った物語ですが、無理にその設定を使わなくても読んでいただく方にニュアンスが伝わると思い、短編に仕上げることにしました。
テーマをつけるとしたら、「もうすぐ春ですね」ってカンジ。
出番が少ないのに大吾の不器用さがちょっとでも感じ取ってもらえたら嬉しいし、来年は、吹雪もチョコレートを作れるといいね、という思いに共感していただければ書いた甲斐があったというものです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。