ここにいるよ
『…いつもありがとう。愛してるよ。…』
そう書いた手紙を残して最愛の人は突然いなくなった。俺にとって一番大切な人がいなくなった。だけど、その人からたくさんの思い出と愛をもらった。そして、今でも愛している。失って見えなくなっても愛している。なぜなら、彼女は「ここ」にいるから。
俺は、阿方楓太。どこにでもいそうな高校教師だ。担当は、英語。
妻、裕美は、最初は家庭科の教師として勤めていたが高校生の頃から付き合っていたため付き合って9年の時に結婚した。それからは彼女は教師をやめて、専業主婦として家事に専念した。彼女の明るい笑顔と優しさに日々救われていた。いつも、夜遅くに帰るのに
「おかえり~。ふうくん。」
と俺の元に来る。
「もう夜遅いからいいよ。寝てな」
と俺は彼女に言って額にキスをした。彼女は眠そうにしながらベッドに潜り込んだ。それがまたかわいかった。まるで猫のようにスヤスヤと寝てしまったのだ。
リビングに行くとちゃんと夕飯の用意をしていてくれた。味噌汁とハンバーグを温めて、ご飯をよそった。彼女は健康に気を使っていてくれて、カロリーを低めに作ってくれた。さすが、家庭科の先生である。食べ終わって食器を洗って着替えてお風呂に入った。湯船の中にカモミールの香りのする入浴剤が入っていた。そのおかげで体の疲れがとれた。そして、着替えて寝る準備をした。同じ寝室で寝るためベットに入るときはいつも慎重に入るが彼女は、
「ふうくん!」
と抱きついてくる。その時が一番幸せだ。
翌朝、起きると裕美がリビングで倒れ込んでいた。
「裕美、裕美。聞こえるか?裕美?」
と俺が叫ぶと
「頭…痛いの…。」
と辛そうに彼女は言った。俺はすぐに救急車を呼んだ。そして、学校にも電話して休ませてもらい、病院まで付き添った。彼女は検査を受けるため、しばらく待たされた。俺は、彼女の無事を願っていた。待合室で一人、ただ、手を組んで待つことしかできなかった…。
そして、3時間経った頃に、看護士さんに名前を呼ばれ、先生の話を聞いた。先生の最初の二行の言葉以外、何も聞こえなくなった。
「裕美さんの脳の中に大きな腫瘍が見つかりました。もって、3ヶ月だと思われます。」
俺は泣き崩れた。
しばらくして、彼女に会えるようになった。だが、彼女は辛そうだった。
「裕美、大丈夫か?」
と俺が聞くと、裕美が俺の手をか弱く握りにながら縦に頷いた。
俺は彼女の辛い表情を見て泣きそうになった。
お昼頃、裕美は、元のはなせるようになった。裕美も先生から病気のことは聞いたらしい。だが、裕美は、
「ふうくん。あたし、がんばるよ!」
と笑顔で言った。
「わかった。だけど、無理せず甘えてね」
と俺は、彼女のほっぺを突っつきながら言った。
高校二年の時、裕美は、女子にひどい嫌がらせを受けていた。教科書は破られて、制服は濡らされたり切り裂かれたりされてボロボロだった。夏休み前、みんなで肝試しをする話になった。俺も楽しみで参加してみた。
当日。会場には俺と彼女しかいなかった。他は誰も来なかった。俺は、提案した男子にメールしようとしたとき、メールが来た。
『みんなー!肝試し行くなよ!!あいつを置いてきぼりにして熱中症にでもさせようぜ!』
と書かれていた。そして、彼女は俺にこう言った。
「また嫌がらせか。じゃあ、帰ろうかな…。あなたも巻き込まれたくないでしょ。」
彼女は微笑みながら帰ろうとした。その微笑みには優しさと寂しさが混ざっていた。俺はすぐ彼女の手を握った。
「せっかくだから一緒にどこか行こう。俺、夜景がすげー綺麗なところ知ってんだ。そこ行ったらびっくりするぞ」
と俺は言った。彼女は、微笑みながら縦に頷いた。そして、手を握ったまま走って山の方へ登った。着いたとき晴れていたおかげか夜景がきれいに目の前に映っていた。
「うわー!すごい!満天の星空みたい!綺麗だね!!」
と彼女が嬉しそうに叫んだ。俺はその時、気づいた。彼女は、本当はこんなに感性がよくていい子なんだと。
「あれ?阿方くん、どうしたの?」
と彼女は、きょとんとしながら聞いた。
「辛くないの?あんなにいじめられてるのに…?」
と俺はきいてしまった。だが、彼女はこう言った。
「辛いよ。でも、それであの人達が楽しいなら我慢するしかないよ。むしろ、慣れてるから大丈夫だよ!」
明るい声でどこか震えているかのように聞こえた。俺は彼女の手を強く握り、
「無理しなくていいよ。俺、あそこのグループとは仲良くない。むしろ俺もいじめられてた。でも、今はとめられなくて悔しいんだ。辛いのわかってるのに…。ごめんな。だからこういことしかできなくて。ここだったら少し辛さもなくなるかなって思ってさ。ここ、俺が辛かったとき、きてたから。」
と言った。すると彼女の目から涙が溢れ出ていた。俺は慌てて
「ごめん!俺も最低だよな…。」
と言うと握っていた手を彼女から離そうとしたとき、彼女が強く握り、
「違うの!うれしかったの。そう思ってくれる人なんていないって思ってたから。嬉しくて泣いちゃったの。」
と彼女は泣き始めた。その姿を見て彼女の体を引き寄せて強く抱いた。
「ごめん…。我慢できなくて…。頼りないけど俺、お前といるから。頼むから俺の前では、無理しないでくれ。」
と言った。すると彼女は、泣いたまま小さく「うん」と言った。
その日以来、ずっと一緒にいるようになった。彼女を仲良くなって行き、彼女のことをいじめる人も減り、そして付き合うことになり、互いにふうくん、裕美と名前で呼ぶようになった。周りは何も言わなかった。ただ、祐美の明るい笑顔をじっと見ることしかできなかった。
高校3年になっても互いに受験勉強で忙しかったが、教えあったり競ったりして楽しく終えた。お互いの大学の距離は、1駅離れたくらいだ。
卒業してもあって同じ教師の道を選んだ。
教師になろうと互いに頑張り、励ましあった結果、やっとプロポーズして2人で過ごそうとした。その時に彼女は、倒れ込んでしまった。
「ふうくん。ふうくん。大丈夫?」
と声がした。裕美だった。起きあがると病院のベッドで裕美の手を握りながら寝ていた。
「ごめん。寝ちゃったよ」
と俺が言うと彼女は
「もう!」
と笑いながら俺の髪の毛くしゃくしゃにした。
「どう?調子は?」
と俺が聞くと
「だいぶ良い方だよ」
と彼女は言った。
「なら良かった」
と俺は言って軽く彼女の頭を撫でた。彼女は、嬉しそうに微笑んだ。
「ふうくんの手って温かいよねぇ。あたし、すごく好きなの。」
と握っていた手をギュッと強く握ってきた。俺も握りかえして
「俺も。裕美の手が好きだよ。いつも優しくてちっちゃいし」
と言うと彼女は笑った。その笑顔が一番好きだった。この笑顔が後少しで見られなくなると考えると悲しくなってくる。
ある日、仕事帰りに果物屋で彼女の好きなフルーツを盛り合わせたものを買い、病院にむかった。彼女の病室をノックしようとすると
「あの旦那さんとは別れなさい。きっとあんたのことでいっぱいで仕事に集中してないわよ。今すぐ縁を切りなさい!」
と誰か女の人の声が聞こえた。
「絶対いやだよ。彼だって望んでないよ。」
と彼女が泣きながら言っている声がきこえた。
「嫌ならば後日、あたしが説得しておくわ!」
と言ってこちらに向かってくる足音がした。俺はドアの前から離れた。そして女の人が出てきた。彼女は、軽くお辞儀をして帰った。その姿を見送ってから病室の中に入った。彼女は、泣いていた。その姿はあの時のようだった。俺はフルーツの盛り合わせを近くの台に置いてすぐに彼女を抱きしめた。
「ふうくん?」
と彼女が聞いてきた。
「いいよ。泣いてて。」
と俺が言うと彼女は、俺の服の裾を握りながら泣いた。
しばらくすると彼女は、泣き止んだ。落ち着いたらしい。俺は彼女の頭を軽く撫でた。彼女は、その手を握った。
「ふうくん。あの…その…」
と彼女が何か言いかけた。だが、何を言うのか分かった。だから俺は
「別れようなんて言うなよ。俺、ずっとそばにいるって言ったろ?何があろうが俺は裕美のそばにいるって。だから裕美はなーんも心配しなくていいんだよ?今は体のことだけ考えればいいから。」
と俺が言うと彼女は、安心した顔をした。そして俺は彼女のほっぺに手をあて、
「俺はここにいるよ」
と言った。彼女は、その手のうえに自分の手を置いた。彼女が幸せそうに微笑んだ。だから俺は彼女の額にキスをした。彼女は照れ笑いをした。ほんとうにかわいい彼女だ。
翌日、彼女の
次の日、学校が開講記念日なので休みになった。俺は彼女の元へ朝早くからむかった。だが、彼女の病室が何やら騒がしかった。近くの看護士に事情を聞くとどうやら彼女の様態がおかしいらしい。俺は中に入れてもらい彼女の様子を見た。彼女の息は苦しそうだった。
「裕美!裕美!聞こえるか!?」
と俺は泣きそうになりながらも叫んだ。彼女は、俺の手を握ろうとした。だが、その手はか弱かった。
「俺はここにいるよ」
と俺は涙を流して彼女の顔にキスをすると
「あたしも…ふうくんの…ぞばに…いるよ…」
と言った。俺は彼女の顔から離れなかった。
「愛してるよ。ずっと、これからも」
と俺が言うと
「愛し…てる…」
と彼女は、つぶやいた。それと同時に彼女はいなくなった。俺は彼女のそばで泣き続けた。彼女は、優しく微笑みながら眠っていた。
「もっとそばにいたかったのに…」
と俺が言った。俺は病室を出ていつもの家に帰った。いつもなら
「おかえりー!」
と言いながら駆け寄ってくるはずの声も聞こえなくなった。寝ているのかと思って部屋を開けてもだれもいない。リビングに向かっても明かりはついておらず夕飯もない。
「こんなに静かだったっけ…。裕美…。」
と彼女に話しかけようとしてももういない。すると、
「ふうくん!」
と言う声が聞こえた。振り返ると裕美がいた。
「裕美…?なんで!?」
と俺はびっくりしすぎて後ろに倒れてしまった。すると裕美は、
「ふうくんと叶えたかったことがあってね。」
と言った。俺は何なのかずっと考えた。だが、間もなく、思い出した。
結婚してから裕美と俺は、忙しくどこにも行けない状態だった。
「裕美、ごめんな…どこもいけなくて…。」
と俺が言うと
「大丈夫だよっ!いつかどっか行こう!」
と彼女は、明るく笑顔で言った。だが、きっと出かけたかったのだろう。とても悲しそうな顔が少し見えた。俺は彼女の唇にキスをし
「じゃあ、また今度2人であの夜景見に行こう!絶対な!」
と俺が言うと彼女の顔が一瞬で明るくなり、
「うん!行く!!」
と叫んだ。だが、そんな約束をしたのにも関わらず、かなえることができないままだったのだ。
「裕美、もしかして夜景見に行きたいのか?」
と俺が言うと、
「うん。だって出会った場所だもん!」
と彼女は笑った。
「でも裕美。まだお昼だよ?昼飯もまだだし…」
と俺が言うと、
「お昼、あれが良い!ビーフシチューのせのオムライス!」
と彼女は言った。
「あぁ、あれか。分かった。材料買いに行こう。」
と俺は財布を持って行く準備をした。
裕美と教師を目指す頃の話だった。
「ふうくん、オムライスの上って何のっける?」
と聞いてきた。
「俺、基本ビーフシチューだな。隠し味付きの」
と俺は答えた。すると、祐美はびっくりしたように
「隠し味って何??教えてよ〜」
と言ってきた。俺は、わかった、わかったと言って作った。出来上がった時、おいしそうに頬張る顔が大好きだった。
今は香りだけ楽しむかたちになったが、なんだかおいしそうに食べているように見える。
「入院してる時も食べたかったんだよなぁ〜」
と彼女が言った。
「ごめん。作ってやんなくて」
と俺が言うと彼女は笑いながら
「どっちにしろ、食べれなかったよ」
と言った。この時間が止まったままでいてほしい。そう願いながらオムライスを頬張る。
食べ終わったあと、彼女は、出会った頃の思い出を話し始めた。
「あの時さ、ふうくん、めちゃくちゃ緊張してたよね?『祐美に二度と嫌な思いさせんな!!』って。ガクガク震えてたのに…守ってくれてありがとう。」
と言った。その時は、俺は照れくさくてキスしようとしたが、出来なかった。なぜなら彼女は本当は…存在しないはずだから…。
外を見るといつの間にか暗くなり始めていた。
「早く行こう!」
と彼女は言った。俺は家の鍵と携帯を持って出た。
着いた時、まだ夕日が僅かに残っていた。
「ふうくん、あたしといて幸せだった?」
と彼女は聞いた。
「幸せだったよ。」
と俺は言った。
「あたし、ここでふうくんに会って良かった。好きになって良かった。ふうくんがどんなにへこんでいても、どんなに嬉しく笑っていてもずっとそばにいられるから嬉しかった。あたしが病気になってもずっとそばで看病してくれた。あたし、何もしてあげられなかった…。ただ、そばにいるだけで…。」
と彼女が言った。そして、辺りは暗くなり、彼女もだんだん薄くなっていった。
「ふうくん、世界一愛してるよ!」
と彼女は泣きながら言った。
「俺もお前と会えて良かった。お前からはたくさんの思い出をもらったよ。何もしてないんじゃないよ。俺もお前と色んな時間、そばにいられてよかった。俺も世界一祐美を愛してる。いや、もう誰よりも愛してるよ!」
と俺は泣きながら言った。すると彼女は微笑みながら
「ふうくん、あたしはふうくんの心の中にいるよ。ふうくんが寂しくならないように、ここにいるよ。」
と言った。俺は行かないでくれと言ったが叶わないようだ。だから俺は最後に
「出会えて良かった。俺はお前を大切にするし愛してる。」
と言った。すると彼女が
「ありがとう 」
と言って消えた。俺はその場で泣き崩れた。今までいた時間が夢のようになりそうだった。だが、祐美は確かに俺といた。俺と過ごした。
だからこれからは祐美がいなくても頑張ろうと思った。そして前を向いた瞬間、綺麗な街並みの明かりと星空が輝いていた。
俺は、お葬式を終えた後、家のなかで彼女の遺品を整理した。今まで買ってあげたものやデートした場所の写真のアルバムがあった。
「こんなに大切にしてくれたんだな… 」
と俺は呟いた。温かい雫とともに…。
そして彼女の作業机の中を見ると1枚の封筒があった。そこには、
「ふうくんへ」
と書かれていた。中身を見ると手紙が入っていた。
「ふうくんへ、
この手紙を見ているということはあたしがいなくなって物の整理をしているということだね。ありがとう。
ふうくんと出会えて本当に良かった。苦しかった毎日に光を灯してくれたのはふうくんだけだよ。
あたしが病気になったって知った時、ふうくん、うっすら泣いていたけどすぐに受け入れてくれたね。ありがとう。
どんなに苦しくても、どんなに悲しくなってもいつもそばにいてくれたね。ふうくんは、いつもあたしのこと思っていてくれて本当に優しかった。あたしは、ふうくんのそばにいるだけで幸せなのに、お出かけに連れて行ってくれたり、お食事に連れて行ってくれたり…。あたしは何もできなかったよ…。ごめんね。
ふうくん。
あたしがいなくなっても忘れないで。たとえ、他の人を好きになっても…。
ふうくんといた時間が夢のようだったの。毎日が幸せ過ぎて…。
ふうくん。あたしはいつもあなたのそばにいます。心の中にいます。
そして、誰よりもふうくんのことを愛しています。
いつもありがとう。愛してるよ。ずっとこれからも。
祐美」
「他の人、好きになれるわけないよ…。祐美が一番なんだから…」
と俺は泣きながら言った。祐美は、きっといつものように優しくしてくれようとしたのだろう。俺は嬉しかった。そして、その封筒のなかに祐美と俺の名前が刻まれた祐美の結婚指輪がペンダントになったものが入っていた。
「本当に心の中にいるんだな…。 」
と俺は呟いて、そのペンダントを首にさげた。
「先生!なんでいつもその指輪の下がったペンダントつけてんの?」
と生徒が聞いてきた。
「大切な人からもらったお守りなんだ。」
と俺は答えた。
「いいなぁ。先生、いい彼氏さんなんだね」
とその生徒は、笑った。
「どうも。さぁっ。授業始まるぞ。席につけ~!」
と俺は言った。
祐美。今の俺は見えてますか?
俺は祐美のことは見えないけど祐美を愛してるよ。これからも、この先も…ここで頑張るよ。祐美の指輪と共に…ここにいるよ。