第三話:それを始めると、それはひどく簡単で楽しいもの
はじめは戸惑った。
勢いに任せて返信したら、今日、実行というメールが来てしまった。
…どうしよう。
そう思いながらも、私は開始した作戦に沿って動いていた。
…人間、がんばればなんとかなる。
そんなことをまさかいじめの作戦で学ぶなんて結構悲しい。
「それを始めると、それはひどく簡単で楽しいもの」
私の役目は、舞を裏切ること。
自信がないから不安だったけれど、「咲喜ならできる」という言葉に乗ってしまった。
昔から、思ったことが顔に出やすいタイプだと思っていたからやる直前にはかなり不安になった。
でも…人間、やればできる。
実際、演じきるのは簡単なことだった。
いつもどおりの反応をする。舞を私の思うとおりに誘導する。
ただそれだけのことだと思えば、簡単だった。
「咲喜、あんた上手いね。演技するの。」
「私たちとこんどからつるまない?」
ほめられるのはうれしい。
けど、これ以上人を裏切るのはごめんだった。
「…でも、恨みもない子にやるのはいやだな…。」
「じゃあ、次の標的は…あんたを昔いじめた詩織。」
この名前を聞いて、私はもう他の人を裏切らないという心は揺らいだ。
橘 詩織。
私を昔いじめていたいじめっ子。
今はもういじめをやめたらしくて、真面目でいい子の学級委員。
男女問わず人気で、八方美人な世渡り上手。
でも、私はこの子を憎んでいた。
舞よりも、ずっと…。
小学4年生の頃。
人見知りが激しくて友達のできなかった私に唯一話しかけてきてくれた子。
それが、詩織。
詩織は優しくて、いろいろなことを教えてくれた。
花言葉や勉強とか、いろんな知識を与えてくれた。
そして私が完全に詩織を信じきった頃、いじめははじまった。
最初の方は少し言ったことを無視されたり、小さな文房具がなくなる程度だった。
でもそれはだんだんひどくなって、最終的にはクラス全員が無視して、物は壊され、教科書とかも使い物にならなくされた。
そして最後まで味方だった詩織が、最後にこう言ったのを思い出した。
「馬鹿ね、咲喜。」
「何が?」
「あんたへのいじめは、私が一番最初に提案したのに。それにも気づかないなんて愚かね。」
そう言って、おだまきの花を私に投げつけた。
…私は、詩織にたくさんの花言葉を教わったから知ってる。この花の表す意味を。
この花の花言葉は、「愚か・のろま」。
詩織が言った言葉のとおりの花言葉。
私が詩織にたくさんのことを教わった。
けど、最後に一番難しいことを学んだの。
それは、裏切り。
…それを思い出すと急に、私の心に恨みと悔しさがこみ上げてきた。
「ねえ、やろう!」
「いいの?咲喜、さっきまでやりたくないって言ってたのに。」
「昔のことを思い出したら、やりたくなってきちゃった。」
私は、笑う。
詩織に復讐してやろうと誓いながら。