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これが縁成というもなのか

縁成……事物・現象等が因縁によって成立していること



 レアンドラには弟が三人いた。

 ひとつ下の長男フランセスク。

 みっつ下の次男ジャシント。

 ななつ下の三男リベンツィオ。

 次男は恥ずかしがり屋の照れ屋で、三男はところかまわず姉にべったり。

 長男といえば、将来がたいへん不安になる、美女を見れば口説く年上限定の女タラシであった。

 長男フランセスクは、物心ついた頃より「恋は馬鹿馬鹿しい」というアウデンリートの教育に反発しており、次男と三男はそれを反面教師にしつつあった。

 長男フランセスクが口説く対象は、きちんと独り身の女性のみではあったが、彼はの根なし草のように、何人もの女性の寝所を渡り歩いていた。誠にアウデンリート公爵家の汚点ともいえる悪癖だった。

 長男フランセスクは、アウデンリート家の血を引くものにしてはかなり異端だったのだ。その異端さは異常だった。

 両親とレアンドラはいつも、問題児の長男フランセスクに頭を抱えていた。あれで跡取り、次期公爵の嫡男なんてと。

 多忙で屋敷にいないとき、両親にかわり彼らを教育したのはレアンドラだった。だから三兄弟は両親と姉に直接育てられた形になる。

 レアンドラは両親にかわり、弟たちが悪戯やしてはいけないことをすればみっちり説教と罰を受けさせたし、もちろん良いことをすれば誉めた。

 レアンドラは飴と鞭を使い分けるのが非常に上手かったのである。

 はたから見れば、弟三人をきちっと教育する立派な姉に見えたレアンドラ。

 けれど実態は、長男フランセスクの阿呆さ加減に、完全に振り回されていた。レアンドラをもってしても矯正は暗礁に乗り上げていたのだ。

 長男フランセスクがの女癖が、年々酷くなるのだ。悪化するのだ。貴族の跡取りとしての自覚が圧倒的に不足し、再教育を施しても無意味と化すのである。

 そんな長男フランセスクが、ある時を境にイーリス「だけ」を口説き始めた。常に複数の女性を対象としていた彼が、たったひとりを、である。

 そんな長男フランセスクに、公爵夫妻とレアンドラは「ようやく雪解けか」と泣いた。それほど女癖が酷かった。

 イーリスはレアンドラよりひとつ上だったため、確かに彼の好みの範疇内ではあった。

 レアンドラは、イーリスもフランセスクを憎からず思っているようだと、最初はふたりの恋にまあまあ肯定的だった。

 レアンドラは親しいたったひとりの友人が幸せになれるのならば、その相手が愚弟でも目を瞑って祝福するつもりだった。

 愚弟が、イーリスひとりだけを見続けていくのならば。

 けれども、愚弟のフランセスクの女タラシの癖から、将来的にイーリスひとりに決められるのか、または一時の遊び相手としてイーリスを見ていないか等と、かなり不安はあった。

 しかし、まあそうなったらそうなったで、今度こそ再教育をきっちりしつけてやると、目をギラギラに輝かせ、開き直ったのだった。

 レアンドラにとって、親しい唯一の友人を泣かせる罪は大きいのだ。

 ――フランセスクの阿呆が、アーシュ・チュエーカにのぼせあがるまでは。

 年上キラーだったはずのフランセスクは、「男慣れしていなさそう」で、かつ「落ち着いて年上に見える」チュエーカ男爵が引き取った愛人の娘に熱をあげたのだ。

 ……外面の良さと、被った猫に騙されて。当初から羽振りのよい男を狙うと黒い噂が絶えなかったというのに、恋に盲目のフランセスクは気づかなかった。

 良い方向に向いたかと思われていた長男フランセスクは、悪癖をぶり返した挙げ句悪化させた。

 ――エドヴィンのように。

 彼らも、エドヴィンに対してレアンドラがそうだったように、クピドの恋の罠にはまり、アーシュ・チュエーカに懸想したのだった。




☆☆☆☆☆




 カルツォーネ乙女物語は、王都の下町に住む平民出身のアーシュ・チュエーカをメインとしてストーリーが進行する。

 冒頭で母を亡くしたアーシュは、身寄りもなく教会へ身を寄せシスターに志願することを決意する。

 シスターに志願するために、アーシュは王都の教会の本部にやってきて、神に祈る蜂蜜色の髪の美しい少年に出会い、一目で恋に落ちる。

 ところが中盤にて、実はさる貴族が婚前に平民の恋人に生ませた子供だと判明し、貴族の父親に引き取られることになり、ただのアーシュからチュエーカ男爵令嬢アーシュとなるのだ。

 そして貴族としての教育を学ぶために、王立の貴族の子女が通う学園へ入学することが決まり、憧れの蜂蜜色の髪の美しい少年と再会する。



 ――これが、おおまかな「カルツォーネ乙女物語」の一巻のおおまかな流れである。

 薫子は中身を読んではいないが、留学前の友人・日南子が熱く語ってくれたのだった。きっとこの物語は売れるに違いない、と。悪役令嬢の匂いがぷんぷんするそうだ。

 その作者の名前は行方シズルという。

 今回、古書店員の蔦村が薫子にモニターを依頼したい作品の、作者の妹であった。

 その行方シズルは、姉の作家の行方アリーと同じ室内でしていることで知られている。

 本来なら避けて通りたい、悪嬢の登場する物語の作者との遭遇。

 けれども今回の悪嬢の物語は、レアンドラである薫子としては避けて通れない。

 薫子は知りたいのだ。

 ――カルツォーネ乙女物語を書いたのは誰か、何の理由で書いたのか、世に発表したのか。

 その謎を解明するために、薫子は蔦村の依頼を受けることにした。

 危険を避けていては、欲しいものはいつまでたっても手には入らない。

 だから、薫子は真っ向から堂々と敵地へ乗り込むことにした。

 もちろん、何も持たない丸腰で乗り込みはしない。きちんと防御面を整えた上で、薫子はいまこうして古書店の出入り口の前に立っていた。


「ここですか、薫子さん?」


 薫子の横には、うっすらと興奮と幸福をにじませる次兄・音次郎が立っていた。

 音次郎がこの場にいるのは、運が味方した結果だといえたし、薫子の兄たちの扱い方が功を奏したともいえた。

 まず、学校に転入生が来た翌日はタイミングもよく土曜日だった。これは運が味方したといえる。平日ならば、自由に動ける時間をさくことじたいが難しいからだ。

 さらにタイミングというか、都合よく次兄は休みだった。これも運が良かったといえる。今回薫子が敵地へ乗り込むにあたり、音次郎はかかせない存在だったのだ。

 運の女神に背中を押されたような気分で、薫子は音次郎に秘技を仕掛けた。

 ――その結果が、いま音次郎がここにいる。

 薫子は秘技を仕掛けるにあたり、次兄にメモのことを告げた。

 もちろん自分の真意は伏せて、未成年だから兄の許可がほしい、引率がほしいと、ここで秘技(兄萌え殺し・音次郎版)を発動し、見事に兄を頷かせたのだった。

 秘技を見舞われた音次郎は、見事に一発で白旗を振り、さらにメモの内容に再び白旗を振った――興奮し幸福で仕方ないとばかりに、でれでれとしまりのない表情で。

 こうして妹命症候群・重症患者の最強のナイト(保護者)を伴い、薫子は敵地の入り口に――蔦村の勤める大手古書店にやって来ているわけだが。


(何か、嫌な予感)


 生前貴族だった頃の勘が、薫子に告げる。

 何かはわからないが、何かが起きる……ような気が強くするのだ。

 それでも薫子は前へ進む。


「いらっしゃいませー!」


 以前薫子が土日に来店したとき、蔦村は開店時間からいた。だから今日もいる可能性は高いと見て、今朝早速アポイントメントをとったのだ。メモには、丁寧に蔦村の携帯電話の番号が記されていたのだ。


 結果は大当たりであった。

 蔦村は、休憩時間に会ってくれるという。薫子はその時間にあわせて少し早めに来店していた。何事も早め早めの行動が大切である。

 また、大外れでもあった。

 ――店内に、薫子の鬼門が先客としていた。




「音次郎兄さん」


 自動ドアを通り、蔦村が買い取りカウンターにいるのを確認した薫子は、同時に鬼門の人物をも視認してしまった。

 鬼門の人物は、買い取りカウンターに少年とともに立っており、少年がやたらと大きい紙袋を横倒しにし、中から何十冊もの漫画の単行本を並べているのを横目で見ていた。

 ――薫子は、その人物が少年を見ているのを確認しながら、兄を店内へ誘導した。

 もちろん、どれほどまでに鬼門であろうとも、薫子は決して表には出さない。

 薫子は泰然と目的地へと兄を誘導していく。その足が向かう先は、一瞬にして状況判断を行い、導きだしたとりあえずの安全地帯。

 薫子は店内に入ったあと鬼門がいたからといって、すぐに店を出るなんてことはしないのだ。

 ――ここはもうすでに敵地の一部なのだから。敵地へ乗り込んですぐさま尻尾を巻いて逃げ出すなど、薫子の辞書には載っていないのだから。


「どうしたのですか、薫子さん」


 この古書店は、同じ店内に一般の書店としての売り場も併設している少し風変わりなつくりをしている。

 トイレや自動販売機を設置したスペースを挟み、互いの売り場を簡単に行き来できるようになっているのだ。

 もちろん売り場への入り口には、万引き防止のためのセンサーは設置住みではあるし、さらに対策としてこのスペースには店外への出入り口はない。

 薫子の目的地はこのスペースだった。

 薫子の行動に怪訝に思う音次郎を、薫子はじっと見つめた。

 嶌川家の兄弟は、皆総じて妹に見つめられると弱い。


「音次郎兄さん、ここで待っててくれるよね?」


 薫子は音次郎の返答を待たずにさらに念を押す。音次郎はとくに弱かった。

 さらに兄のなかでもダントツに、音次郎は薫子に甘い。

 音次郎が薫子と一緒に行動したが最後、その日は必ず帰宅まで背後にくっついて離れなくなる。

 それを逆手にとり、薫子は音次郎を盾にしているわけであった。音次郎は完全に妹の掌中に収まっていた。


「音次郎兄さんは私を置いていくわけ、ないもんね?」


 薫子は兄を見上げ、さらにさらに念を押し、本日二度目となる秘技を発動した。


「ね、薫子を待っててくれるよね? 音兄ちゃん?」


 ――秘技、必殺兄萌え殺し・音次郎版は、ただひたすらに「甘えん坊になる」だけであった。

 しかし、それがなかなか難しい。

 音次郎は甘えやかしたがりだ。

 頭に「行き過ぎ」という単語が冠される妹への溺愛っぷりは、妹を決して一人にはさせないし、兄(音次郎)の同行のない一人歩きすらさせない。

 それをねじ伏せ、一人歩きを実現させるのが音次郎版の秘技であったのだ。

 兄のデレデレ度数がマックスになるそのとき、一瞬停滞する。それはまさに、兄が妹の可愛さにシビれる瞬間である。

 薫子はその瞬間にさらなる甘え攻撃を連発し、わざと隙を作り、自ら誘導し、発生させることで音次郎をコントロールしているのだった。

 最強の盾に「待て」をさせ、薫子はすぐに携帯電話を取りだし、リダイヤル機能で蔦村の携帯電話の番号を呼び出し、すぐに切った。着信を残せば、几帳面な蔦村はそれを確認するはずだ。

 数分を置かずして、蔦村は現れた。


「嶌川さん、遅くなりまして。お待たせしてすみません」


 蔦村は頭を下げ、薫子を見て――次に音次郎を見上げ、きょとんと小首を傾げた。


「あ……れ、嶌川……くん?」


 蔦村はさらにこてん、と逆方向に小首を傾げてゆっくり瞬いた。おそらく蔦村の頭上には、たくさんのクエスチョンマークが溢れんばかりに乱立しているに違いない。

 それは薫子も同じであった。ただ、薫子の場合はクエスチョンマークがひとつだけであったが。


「……ご無沙汰しております、先輩。本日は妹・薫子の保護者として参りました」


 クエスチョンマークを浮かべる女性陣とは対照的に、音次郎はにこにこと微笑みながら、設けられているベンチを指差した。


「あちらでお話をいたしましょうか」


 蔦村は呆然としながら頷き、ふらふらとベンチへ向かった。

 ――薫子はその後ろ姿を見て、蔦村が今年で二十五になる音次郎の「先輩」にはとうてい見えないな、と思うのだった。


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