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これが悪縁というものなのか



 レアンドラに敵意を向ける者は多かった。

 周囲から見ても、当人であるレアンドラからしても、敵意を持つ者の数は真に多かった。

 例えば、代々領地経営に手腕を発揮し、そして経営を軌道に乗せ成功させてきたアウデンリート公爵家をよろしく思わない貴族。

 例えば、国に忠義なアウデンリート公爵家を目の敵にしている貴族。

 例えば、レアンドラの美貌を妬む同性。

 例えば、見向きもされずに、レアンドラを腹立たしく思い逆恨みする異性。

 例えば、将来の有望株で家柄や人柄も良く、全てが優良物件のカシーリャス公爵家子息の婚約者となったことへの妬み嫉み。

 例えば――……数え上げていけば、実にキリがないレアンドラへ向けられる敵意の数々は、だいたいがレアンドラ本人への敵意であった。

 同時に、敵意そのものを向けられた原因は、レアンドラ本人にはどうしようもないものだった。

 つまり敵意の根本的なものが、見当違いも甚だしいものだったのだ。

 美貌を妬む――レアンドラは「あたくしにどうしろと?」と思った。

 レアンドラは美貌の持ち主だ。そもそも美貌を形作る顔の作りは、土台は両親の遺伝子の賜物である。そして、その土台を維持するために、レアンドラが努力を怠らなかった結果得たものでもある。

 見向きもされない?

 確かにレアンドラは「当たり障りない」会話で、レアンドラを誘う異性たちをことごとく相手にせず、墓標をたててきたし、恋愛を馬鹿にしていた。

 けれど向けられた誘いはきちんと相手に向き合って、マナーに則ってお断りをしていた。お断り方も、相手を怒らせない言葉を選んでいた――レアンドラがいくら規格外とはいえ、そこはきちんと貴族令嬢の範疇におさまっていたのである。

 レアンドラがエドヴィンの婚約者になったから?

 それこそ一番見当違いだろう。そもそも、家と家を結びつけるための政略による婚約であり、それは家の当主たちが決めたことで、当人たちの預かり知らぬものだというのに。

 レアンドラは、そんな見当違いの敵意へ、理不尽だとは思うけれど「そういうものだ」と理解し、相手にしなかった。何ともレアンドラらしい対応ではある。

 貴族社会には、見当違いの敵意がたくさん溢れた理不尽な社会だ。そんな理由で? と呆れる理由で意外と対立していたりもするし、妬まれていたりするものだ。

 そんな敵意は、見当通りであれ、見当違いであれ、貴族の位が高位になればなるほど数が多くなり、質も悪くなる。

 レアンドラはアウデンリート公爵家に生まれた時点で、その敵意から逃れられない定めだった。

 だからなのか、敵意の根底にある理由――美貌への妬みだとか嫉みだとか――への理解は、まあできなくもなかった。

 レアンドラだって、敵意とまでいかないけれど、黄金に輝く髪色や、アメジストやサファイアのような宝玉のように例えられるキラキラした瞳に対して、どうしようもない羨ましさを感じていたのだから。

 ――そんなレアンドラでも、戸惑いを隠せない敵意もあった。

 いつも向けられるものよりさらに理不尽で、身勝手で、見当違いで。

 敵意を向けてきたのは、レアンドラが在籍する学園の一学年下の下級生だった。


「エディと別れて、エディを、彼を自由にしなさいよ。貴女は彼に相応しくないの。わかる?」


 ――わかるはずもなかった。

 初対面の相手に、勝手に連れ出され、勝手に講義の参加を邪魔され、勝手に婚約解消を命じられ――睨まれ、いわれのない殺気を向けられるなんて。

 しかも、真っ赤な他人。今はじめて言葉を交わしたばかりの見知らぬ人に、だ。

 レアンドラは最後まで、いや、この先ずっと、あの女を理解はできない。

 もちろん、薫子に生まれ変わっても、変わらない。レアンドラは薫子で、薫子はレアンドラなのだから。




☆☆☆☆☆




「五百 祢々いお ねねこです。よろしくお願いいたします」


 転入生はそういって、小首を傾げた。小柄で童顔なのに豊満、といった特徴的な見た目のどこもかしこも違うのに、薫子にはやはりわかった。転入生が、誰なのか。

 季節外れ感満載の転入生を見て動揺した薫子だったが、それも一瞬だった。

 レアンドラだった頃に叩き込まれたアウデンリート公爵家のあの教えのおかげか、薫子はすぐさまに泰然と構えたのだった。

 きっとあの教えは、魂の隅々まで叩き込まれていたのだろう。薫子は心中で、レアンドラの時の両親と使用人たちに向かって合掌した。


「さ、皆静にしろよー」


 薫子が久々の動揺からすぐさま立ち直っていた間にも、転入生である女生徒はクラスメートに囲まれ、ちやほやされていた。

 その顔を眺める薫子は、表面上はいつもと変わらず泰然自若としていたけれど、内心では落ち着きつつもたくさんの考えに溢れていた。




 ――結論からいえば。

 薫子のクラスへ編入した転入生は、やはりあの女であった。

 あの青年といい、転入生といい、どうやら薫子以外にもあちらから生まれ変わってきた人物がいるようだ。

 そして、何故かはわからないが、薫子はそれを「顔を見ただけで」直感で判断できるらしい……今のところは。

 ……ただ、あの青年もあの転入生も、薫子のように生前の人格のままなのか、そして薫子のように判別ができるのかはわからない。

 生前のままなのか、それとも違うのか。

 答えによっては――特にあの女への対応は変わってくるだろう。

 生前のあの女のままではなく、ただ魂が同じだけならば。薫子は距離をおいて当たり障りなく接することだろう――表面上は。内心は荒れ狂う嵐の海になりそうだが。

 生前のままであったなら、徹底的に関わらない。それこそ表面上は波風立てずに、クラスメートとして必要最低限以外は関わらない。

 レアンドラである薫子は、生前の二の舞を演じたくはないのだ。今世こそ、心穏やかに暮らしたいと望んで何が悪いというのか。


「薫子、帰るよ」


 その日の全ての授業が終わり、生徒が帰り支度を始めるや否や、五月子はすぐさま薫子の手をとって教室を出た。

 薫子はいわれるがまま、されるがままに五月子の後を自然についていく。

 教室内はまだ今朝の興奮の余韻が残っていて、ほとんどの生徒が転入生を囲んでいた。

 誰もが転入生に夢中だった。

 だから、五月子と薫子が足早に帰宅したのを、誰もが気づいていなかった。彼ら彼女らの興味は全て転入生に向いていたのだから。

 誰もが夢中だったのに、その彼らの一人たりとも気づかなかった。転入生が、笑顔の仮面の下で――まん丸な目で、じとりと五月子と薫子を見つめていたのを。

 気づいていたのは、五月子と薫子、見られていた側のみ。彼女らは、転入生のねっとりとした絡みつくような視線に気づいていた。




「ちょっと、何だいあれ? 気持ち悪いんだけど!?」


 五月子は、帰路にてずっと二の腕を擦っていた。どうやら鳥肌でもたっていたようだった。

 五月子のさす「あれ」はもちろん転入生の五百祢々子のことである。

 五月子は、一日中転入生からの転入生の視線を感じたらしい。

 その視線が絡みつくような、生理的に嫌悪感をもよおすもので、帰り際にとくに強く感じ、この気持ち悪い発言に繋がった。

 その視線に関しては薫子も同意見である。その視線の件で、薫子は転入生へのひとつの疑惑を強くしていた。


「何もしてないのに、じっと見つめてきて気色が悪い……しかも、あの転入生、得体の知れない何かが仮面でも被って正体隠してそこにいます、みたいな」


 昔から五月子は好き嫌いがはっきりしていた。

 薫子は好き、ピーマンは嫌い、日南子は好き、生物は嫌い、といった感じに人だろうが食物だろうが、何でもきっぱり好悪を決める。そして転入生は嫌いらしい。

 その潔いまでに白黒つける好悪加減は、ほとんど本能に近かった。


「とにかく、転入生には悪いけど! あたしは駄目だ!」


 あったばかりの人を嫌うのもいけないことではあるが、あの転入生だけはどうも違うと五月子は続けた。


「私も」


 間髪を容れずに薫子は答えた。薫子は、転入生があの女だから、という理由ではあったけれど。


「ああ、何となく薫子も嫌いそうだった」


 朝も、五月子はそういっていた。それに対して薫子は「悪嬢?」と問いかけ、応えを得る途中というタイミングで、転入生が担任とともにやって来たのだった。


「何となく?」

「うん。何となく……見て、ピンと来た?」


 五月子もよくわかっていないようだが、とにかくそうピンと来たらしい。


「何ていうか……」


 五月子は、実に的を射た言葉を紡いだ。


「薫子の嫌いな悪嬢でもないけど、ヒロインでもないし、どちらかといえば……ヒロインの皮を被った真の悪嬢?」


 その言葉を聞いた薫子は、転入生への疑惑を確信に変えた。

 転入生は、生前の記憶を持っている――と。

 薫子がレアンドラであるように、あの転入生はアーシュ・チュエーカそのものだ。




 薫子が帰宅したとき、自宅には次兄の音次郎がいた。


「おかえりなさい、薫子さん」


 音次郎は介護職であり、勤務が不規則であるために、三人の兄の中でも一番遭遇率が低い。特に、起きている音次郎はレアだ。


「薫子さん、これを落としませんでしたか?」


 リビングのソファーで寛いでいた音次郎が、薫子に小さなメモを差し出した。


「……あ」


 レシートサイズに折り畳まれ、可愛らしいシールで封をされたメモだった。

 朝、財布に入れたままだったのを、業間に確認でもしようと鞄に入れたつもりだったのを、玄関に落としていたらしい。結局学校では転入生の件で確認する暇がなかったため、悪としたことには全く気づかなかったらしい。


「ありがとう、音次郎兄さん」


 音次郎はどういたしまして、といってソファーに横になった。すぐに寝息が聞こえ、薫子は近くにあったブランケットを音次郎に重ねがけした。ブランケットは、この季節ところ構わずうたた寝する音次郎のために用意されているもののうちのひとつだ。


「いい加減確認しないと」


 何のモニターだろうな、と軽い気持ちでメモの中身を確認した薫子は絶句した。


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