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平気の平左

平気の平左=薫子


 レアンドラたちが暮らしていた世界には、魔法と呼ばれるものは“ほぼ”存在しなかった。

 アーシュ・チュエーカのような治癒の力は、それこそ奇跡という事象の範疇内。

 このような不可思議な力は、王家に伝わる聖女の伝承や、各地に伝わる昔話やお伽噺に出てくる、奇跡を使う登場人物の成せる業でしかなかった。

 つまりアーシュ・チュエーカの治癒の力は、当時の王国の民達にはまさに『昔話やお伽噺から出てきた』といえるだろう。

 逆に、同じように昔話やお伽噺に登場する存在でも、現実に存在するモノもいた。

 ――それは魔物という存在だ。ソレラは古くより存在し、人間たちと敵対してきた。

 魔物は、お伽噺や昔話の虚構の中だけではなく、現実の世界にも存在していたのだ。

 魔物というモノは、動物に似て非なるモノだった。

 魔物は、自然界の弱肉強食や食物連鎖といったカテゴリの枠外に位置する。

 そして、どうあっても動植物と同じ枠組みに組み込めない危険生物だった。

 人々は、お伽噺や昔話の魔物殺しの英雄と違い、自分たちの力で戦わざるを得なかった。

 レアンドラ達が生きたあの世界、あの大陸、あの国は神は熱心に崇拝するものではなかった。

 クピドのように神は気まぐれで、そして一柱ではなくたくさんいた。

 神と精霊、妖精といった存在は曖昧で。実在する魔物とは違い、確かに信じられているのに誰も見たことがない――そんな存在だった。

 見えないけれど、確かに存在する。それが、あちらでの神だった。




☆☆☆☆☆




 薫子達が生前の人生を送ったあちらの世界は、こちらのように神という存在がきちんと祀られるという慣習が薄かった。

 ハーキュリーズは、生前何度も「次があれば」「次こそは」と、レアンドラに再び会いたいと強く願った。

 そして、神を祀り奉じる神社に新漣彌として生を受け、神を祀る祭祀等に常のように接してきた。

 それは当たり前だった。『新漣彌』の父は宮司であるし、家系も代々宮司という家柄だった。

 だから、漣彌はたくさん見てきた。

 目には見えずとも、参拝者は鳥居をくぐり、本殿に柏手を打ち頭を下げ、神に願い祈っていく――そんな姿を。

 老いも若きも、男も女も、皆が皆神に願い、祈る。

 漣彌は……神は、神社は、神を祀るということは、人々の生活に深く根付いていて、切っても切れないもなのだと知った。

 ――神は、見えないけれど、確かに存在する。

 あちらと同じように“見えない”というのに、こちら――地球の日本での神の存在感並びに人々の接し方は、あちらと雲泥の差だった。

 ハーキュリーズが漣彌として生まれ、育った新日枝神社は、滋賀県にある日吉大社の末社として、山末之大主神やますえのおおぬしのかみを主祭神とする地元に古くから根付く神社だ。

 今も、境内で参拝する人々がたくさんいる。

 狛犬ならぬ狛猿に頭を下げたり、撫でたり記念撮影をしたり――猿は魔が去る、転じて魔猿と古くから言われ、神の使いとされている。

 実際、日吉の神様は厄除けに霊験灼かで、猿を神の使いとするとされている。

 漣彌は境内にある御神木を見上げた。


「厄除け、か」


 漣彌の脳裏には、漣彌が神社の息子と知ったときの薫子の反応がよみがえっていた。

 ――新日枝神社に祀られる神とその由来のこと等を知っていたから、浄化だのが出来るのだと連想したのだろうか。

 だとしたら、可能だったりするというのだろうか。

 ――……汐見八重歌の身を蝕む、あの女の浄化が。

 今日薫子と会話をするまでの漣彌なら、首を横に振っただろう。

 そんなこと、できるはずはないと。

 今は日本人の新漣彌とはいえ、元々は記憶と人格を維持したまま生まれ変わった、日本人とは価値観の全く異なる異世界人なのだから。

 薫子と会話している途中まで、その気持ちは覆らなかった。できない、と。

 しかし、レアンドラは薫子になっても全く変わらなかった。

 むしろ、地球という異世界への生まれ変わりという不可思議なことを体験したことで、その自信に磨きがかったともいえるかもしれない。


 ――『あたくしに、任せなさい』


 ハーキュリーズだった頃に何度も聞いたあの言葉は、あちらで聞いたときよりもさらに説得力と妙な迫力が増していた。

 レアンドラの難事の解決力は半端ない。今回もきっと、大丈夫だと漣彌は直感でもって確信している。

 けれども、心配ではある。心を寄せてやまない彼女が、大丈夫だと確信していても危険な敵地に真っ向から飛び込んでいくのだから、心配しないはずがないのだ。


「――……」


 そして漣彌は、いつも神社の息子としての日課の参拝を、常よりも熱心に行い、魔猿さんにまで頭を下げ、祈りを捧げた。

 ――レアンドラである薫子を、お守りください、と。

 この地を昔より永く見守ってきた狛猿は、そんな彼の後ろ姿をじっと見つめていた。


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