行くに径によらず
行くに径によらず 【論語】→道を行くときには大通りを歩き、近道を通るような行いをしないことをいう。
レアンドラは、いつだって自信に満ち溢れていた。
何にたいしても、その自信はどこから湧いてくるんだといわんばかりに、無駄に自信満々だった。
自信満々のレアンドラは、いつも決まってこういう。
「あたくしにお任せないな」
――と胸を張り、どこか威風堂々と。
幼少の頃より、その台詞は何度も発言されてきた。もはやお決まりである。
レアンドラが育てたといっても過言ではない彼女の弟たちは、皆その決まり文句を耳にタコが出来るくらいに聞いて育った。
大抵、長男が阿呆をやらかした問題(※特に女性関係)の尻拭いの前に発言されるその言葉は、レアンドラの友人となったレザンスカ侯爵姉弟も、耳にタコが出来るくらいに耳にするようになった。
そして、この発言をした後のレアンドラは、必ず問題を百発百中で解決した。必ず、だ。失敗はなかった。
そんなレアンドラの完璧な手腕に、ハーキュリーズはこう問うたことがある。
「どうしてそんなに百発百中なの?」
ちょっとした好奇心からの質問だった。深い意味はなかった。
レアンドラは、にんまりと笑みを深めて、
「あたくしだからよ」
きっぱりと答えた。実に清々しく、潔い返答であった。
そして、返答の内容はどうやって解決したのか、の意味ではなかった。
レアンドラは「自分だから」という――やはり規格外だと、ハーキュリーズに再認識させる返答をしたのだった。
☆☆☆☆☆
真っ青な那由多はぽつり、と呟きを溢した。
「……どうしたら、離せるのでしょうか……?」
何を、何からとはこの場の誰も問わなかった。
クララ・ジスレーヌを、どうやって汐見八重歌から引き剥がすか。
祢々子と漣彌はお互いに顔をあわせた。どちらも、那由多への返答がすぐにでてこないようだった。
ふたりはお互いに不安な表情は浮かべてはいるが、那由多の不安よりはどことなく程度は軽そうに見えた。
この問題が持つ難題さを、自分たちには解けなくとも――
「大丈夫よ」
ふたりの視線を受けて、薫子はにやりと口角をあげて笑う。まるで、良からぬ企み事を考え付いた悪女のように。
「あたくしに、任せなさい」
自信満々に告げる薫子に、那由多は一瞬呆けたように口をぽかんと開けた。しかしすぐに頭を勢いよくさげ、ごんっ! とテーブルに額をぶつけてしまい、そのあまりの痛さに悶絶した。
「あ、氷、氷!」
冷やすものをもらいにテーブルを立った祢々子を視界に入れつつ、漣彌は薫子に向かって苦笑した。
「レアンディは強いね」
「あら、“薫子”の私も強いわよ?」
薫子はいたずらっ子のようにクスクスと笑った。
レアンドラは、今回のような難事に遭遇する度に、すぐさまに解決してきたのだ。レアンドラの側によくいたからこそ、ハーキュリーズはレアンドラなら、解決してしまうだろうという直感めいた確信を持っている。
それはレアンドラが薫子になっても全く変わらず、それどころか薫子になった今でさえ、周囲に影響を与えているようだった。前世では敵対していた祢々子が――先ほどの視線に見られるように――無意識に絶対の信頼を向けていたのが良い証拠だ。
「さぁ、楽しい楽しい狩りの時間の始まりよ?」
そういった薫子は、猛禽類の鳥もかくや、というたいへん獰猛な笑みを浮かべていた。
――やはり、薫子になってもレアンドラは規格外だった。
一行は、昼食をとった後解散した。
一行は、昼食をとりながら“作戦”を練り――始終獰猛な笑顔を絶やさなかった薫子に、那由多は少し引くという場面も見られたが――、出来上がった内容は、普通ならば思い付かない代物だった。
その内容を薫子が口にした途端、祢々子と漣彌、那由多はすぐに思い止まるように説得をしようとした。
作戦は、あまりにも危険にさらされすぎた――薫子が。
「大丈夫よ」
しかし、薫子は「何をいっているの」とばかりに首をかしげる。薫子が放つ強者の雰囲気に、薫子=レアンドラの規格外を知るふたりでさえ黙らせられた。
――やはりどこまでも規格外な彼女は、自身を囮にしてでさえ、けして負けないのだ大丈夫なのだと自信満々だった。
その自信はどこからくるの、と思わず呟いた祢々子に、
「あたくしだから」
――と、薫子は答えた。
やはり、薫子はレアンドラだった。
薫子が考えた作戦はいたってシンプルだった。
餌を求める猫に対し、包み隠さずに正面から堂々と餌(囮)として薫子が彼女の目の前に姿を現し、御用にする。
どのようにして御用にするかは、
「内緒よ?」
と、薫子は祢々子にさえ漏らさなかった。
――この時の薫子の顔を見た三人は、敵であるクララ・ジスレーヌに対してちょっぴり同情を禁じ得なかった。




