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過去を紐解けば2


 レアンドラの師・アティエンサ元国軍将軍は、クララ・ジスレーヌの実父である。

 アウデンリート一族の傍系にあたり、代々武官を輩出する家の出だ。

 アウデンリート家の傍系だけあり、アティエンサ家も王家への忠義厚い家柄であった。

 クララ・ジスレーヌはそんな家の一人娘として生を受けた。

 熱血漢の父と体の弱い母の間に生まれ、クララ・ジスレーヌのの母は産後の肥立ちが悪く、娘を産んだ後間もなく儚くなり鬼籍に名を連ねた。

 以降、アティエンサ卿は男手ひとつで娘を育て上げた。

 何人もの弟子を持ち、立派に育て上げてきたアティエンサ卿は、弟子を教育することは右に出るものがいなくても、どうやら子育ては不得手だったらしい。

 母を知らないからなのか、それとも周りが男だらけ――アティエンサ卿の弟子は、アティエンサ卿の屋敷の敷地内の稽古場に出入りしていた――だったからかなのか。

 クララ・ジスレーヌは、レアンドラとは違う方向で“規格外令嬢”だった。


「クララ、またか!」


 クララ・ジスレーヌは初潮を経験した後、渡り鳥のように異なる異性の閨を渡り歩くようになった。


「父様には関係ないでしょう! 放っておいてくださいな!」


 ――長じたクララ・ジスレーヌは、アバズレと陰で囁かれ嘲笑されるようになっていた。

 貞淑を掲げて行う貴婦人教育を受ける貴族令嬢として、アバズレという言葉は不名誉極まりない語句のひとつ。そんな不名誉をつけられてしまえば、嫁の行き先など存在しないことと同意。

 それでも、アティエンサ卿は娘を見放しはしなかった。

 ――この時点では。


「おまえが世間で何といわれているか、わかっているのか?」


 娘と顔を合わせる度に、アティエンサ卿は娘を説得しようとした。説教など、既に娘には意味がないとわかっていたからだ。

 アティエンサ卿は、まだ話し合いの余地は残っていると信じたかったのだ。鬼将軍と呼ばれた戦地の玄人も、子を持つ人の親だった。

 しかし娘は耳を貸すどころか、


「毒婦、でしょう!」


 ――艶やかに、毒々しく微笑んで見せた。


「わたくしには褒美でしてよ!」


 しかしクララ・ジスレーヌは、父の言葉を全く耳を貸さず、意にすら介さなかった。

 反省するどころか、より熱心に閨を渡り歩くだけではなく、無数の異性を侍らせ顎で使うようになった。

 クララ・ジスレーヌはアティエンサ卿をかなり悩ませていたが、彼にとってミス目は妻の忘れ形見。一人きりの家族であるし、どうにか更正させるつもりでいたのだ。

 しかし、限度があったのだろう。


「おまえは、何てことをっ……!」


 父は娘を勘当し、袂を分かった。

 ……何故ならば。

 数多の異性と関係を持ったクララ・ジスレーヌは、誰かわからない子を妊娠したあげく、堕胎したのである。

 ――いらない、邪魔だわ、それだけの理由で。

 醜聞を作っていた娘を、完全に見放す決意をした瞬間だった。相談してくれれば、そもそも気づいていれば、もっと娘と接していれば――彼の孫は、生まれていたかもしれないのに。

 まだ生まれてさえいなかった孫の堕胎という悲しい死が、彼に娘の勘当を決意させたのだ。

 ……こうして、親子は決別したのだ。




 クララ・ジスレーヌを知る者はこう語るだろう。

 クララ・ジスレーヌは賢しかった。ずる賢くもあった。

 クララ・ジスレーヌは優秀だった。文武どちらにも。

 ――誰よりも、優れていた。周囲は妬むことなく彼女の優秀さを褒め称えた。

 クララ・ジスレーヌはそれが面白くはなかった。

 クララ・ジスレーヌは美しかった。その美しさが毒々しい艷花のようでも。

 クララ・ジスレーヌは、確かに優れていたのだ、多方面において。

 しかし、頭が良すぎる者の思考は、良すぎる故に凡人とは異なり、また理解はされない。

 父も、また理解出来なかった。

 また、娘も父を理解できなかった――否、理解しようとしなかった。

 まだ話し合いの余地があると思っていた父、話し合いなど無駄だと、無意味だと判断した娘。

 そしてクララ・ジスレーヌは、理解者を求め、得た――と彼女は思った。

 クララ・ジスレーヌは、その理解されない優秀さへ理解を示した国王に心酔していった。

 当代の国王は、クララ・ジスレーヌの狂気を理解するだけあり、狂っていたのだろう。

 決別した実父を、「気に食わない」と殺そうとしたのだ。同じ血が流れ、男手ひとつで育て上げてくれた唯一の肉親を。

 ――子殺しに、親殺し。

 過程は望んでいなくとも、孕んだ己の子を殺そうとし、親でさえ殺そうとしたクララ・ジスレーヌの狂気を。

 国王は、黙認し後宮へ召しあげた。

 ――さらに、黙認だけでなく重用もした。

 果たして、本当にクララ・ジスレーヌは理解者を得ていたのか。理解してもらっていたのか。

 それは、否。

 クララ・ジスレーヌ本人は、それを晩年に思い知る。




☆☆☆☆☆




 ぽつり、ぽつりとレアンドラとアーシュが死んでからの「それから」を語りだした漣彌は、どのあたりから語り始めるか悩んでいるようだった。

 そして、彼がしばらくして開口一番に話題にあげたのは、クララ・ジスレーヌの「それから」と最期に至るまでの顛末。

 好色王と呼ばれるエフシミオス三世の後宮に住まう側妃の人数は、カルツォーネ王国史上、歴代の王たちのなかでも群を抜く多さであった。

 クララ・ジスレーヌは、そのたくさんの妃のなかであって真の寵姫だといわれていた。

 実際、政治的背景を持って他国より嫁いだ王妃を除き、王の子を唯一生んだのは彼女だけである。

 ――国王に最も愛された、情熱的な美を持った佳人。

 それが、国民の共通の認識。

 しかし、それはあくまでもカモフラージュであったと漣彌はいう。


「クララ・ジスレーヌは、国王を心の底から恋慕の情を捧げていた。それこそ、己の存在全てをかけて」


 クララ・ジスレーヌは、王の駒だった。

 それはレアンドラもアーシュも認識していた。そのことを漣彌もわかっている。

 漣彌が伝えたいのはそこから先だ。


「王は最初からクララ・ジスレーヌを駒扱いしていた」


 クララ・ジスレーヌは、寵姫であって寵姫ではなかった。

 寵姫であり最強の懐刀たるクララ・ジスレーヌを隠すために、たくさんの妃をカモフラージュに後宮に集めた――それは、さらに別のカモフラージュでもあったのだ。

 寵姫であり懐刀であるクララ・ジスレーヌが、真の寵姫でも何でもなく、ただ単に使い勝手の良い従順な駒だということを隠すための。


「子を堕ろし、実の親をその手にかけようとしてまで失いたくなかった寵愛が偽りって……」


 敵とはいえ哀れだと、祢々子は絶句した。


「……いくら哀れでも、あの女がしたことは許せないけど」


 祢々子の呟きに、那由多も含め皆が頷き同意を示す。

 アーシュは刑死という最期を迎えている。

 それは国王が行ったことだが、その影にはちらちらクララ・ジスレーヌが見え隠れしていた。

 レアンドラが獄中死した黒幕でもあり、アーシュが刑死した影にもいたクララ・ジスレーヌ。


「数多の死に必ず影あり、といわれたあの女は、国王の命を受けてアーシュ・チュエーカを処刑されるように誘導したが」


 漣彌は祢々子を見て、次に薫子を見た。


「けれど、レアンドラを弑そうと動いたのは国王の命じゃなかった」


 優秀なクララ・ジスレーヌが、レアンドラの獄中死に関わっていた事実は、薫子がレアンドラだった頃から薄々わかっていたことだ。

 クララ・ジスレーヌが軽率な理由で子の命を奪い、親を手にかけようとしたことはレアンドラも知っている――レアンドラが師匠の危機を直接救い、その過程で堕胎の罪も聞かされたからだ。

 薫子は、クララ・ジスレーヌがレアンドラを狙ったのも、おそらくその辺りの恨みだと思っていたのだが――どうやらそれは半分正解、らしい。

 漣彌は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。

 そして、非常に言いにくそうに口を何度か開閉した後、爆弾発言をした。


「……国王は、レアンドラを妃に迎えようとしたんだ」


 ――薫子の両目が点になった。

 祢々子は、茫然自失となるレアンドラ(=薫子)という珍しい光景を見たなー、と思いつつも自身も驚愕から口を開けたまましばし固まっていた。

 那由多だけ顎に手を当て、首を傾げていた。


「レアンドラは、社交界の華だった。つまりそういうことだ」


 ――しっとりと艶を放つ黒檀の如き黒髪に、黒真珠のように輝く瞳、そしてたぐいまれな美貌。

 しかし、レアンドラは社交界の華であると同時に、規格外令嬢としても有名だった。

 美しい華には棘がある、ではなく美しいけれど色々常識はずれ――そんなレアンドラを、国王が見初めていた。

 薫子は、生まれ変わって新事実を知った。知りたくない新事実だった。


「国王はレアンドラを手中におさめようとしていた……婚約を破棄させるための任務を別の駒に命じたのを、クララ・ジスレーヌが気にくわなかったらしい」


 そこでようやく、クララ・ジスレーヌが登場した。


「レアンドラを亡き者にしたクララ・ジスレーヌを、国王はぞんざいに扱い始めた」


 レアンドラの死後、国王はその狂気をより悪化させていった。

 手中におさめたかった令嬢を、ただの駒に奪われたのだ。それは飼い犬になめられ、噛まれた飼い主と同意。

 そんな飼い犬を、狂った飼い主は許しはしなかった。

 飼い主はそれでも、飼い主の機嫌を取ろうとした。何で不機嫌なのか理解できずとも、一生懸命動いた。

 その過程でチュエーカ男爵やアーシュが処刑された。

 しかし、国王は許しはしなかったという。


「クララ・ジスレーヌは捨てられた」


 ――自分の身内を捨ててまで尽くした相手から、捨てられた当人の気持ちはどのようなものだったのだろうか。


「その後は、酷いものだったよ。ただ武器を振り回すだけの殺戮兵器になった。自身の部下も、国王との子も、敵味方関係無く」


 近づくだけでも至難だったと漣彌はいう。


「そうして、日に日に狂っていく国王とともに、クララ・ジスレーヌも処刑台の露となったんだ」


 ――だから、クララ・ジスレーヌは。


「確かに、あいつは鬼籍に連ねられてる存在なんだよ。……直接手は下してはいないが、最期を見届けたから。けれども、やっぱ信じれねぇな……乗り移るなんて、それ……」


 ――怨霊悪鬼の類いじゃないか、と漣彌は呻いた。


「まあ、そういう背景から、奴は……俺とレアンドラを相当恨んでる」


 クララ・ジスレーヌの動機は、何ともおどろおどろしいものだった。


「あら……なおさらお祓いじゃない、ほら、浄化しないと。とっとと浄化」


 顔を真っ青にして震える那由多と祢々子と対称的に、薫子はにやりと――さながら獲物を前にした悪鬼羅刹のように微笑むのだった。

 レアンドラである薫子は、やはりどこまでも規格外に違いなかった。


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