過去を紐解けば
カルツォーネという国では、死してのち復活するアンデッドや、死してのち強い未練に地上を彷徨うゴーストといった概念は無かった。
――確かに、無かった。
レアンドラ・ベルンハルデ・アウデンリートが獄中死を迎え、アーシュ・チュエーカが刑死を迎えたころまでは。
彼女らが若い命を散らし、しばらくして国王が討たれたあと。
討たれた国王が行った残虐にすぎる治世の影響なのか、はたまた別の何かに起因するのか、それとも元よりあってただ知られていなかっただけなのか。
後世には定かには伝わってはいないが、一人の逸話がその概念――とくにゴースト――を強くした、といわれている。
その逸話は――……
☆☆☆☆☆
彼女彼らの前世の異世界のカルツォーネ王国には、地球世界での死後の魂が地上に残る、といった概念が存在しない。
だからこそ、クララ・ジスレーヌのことを知ったとき、薫子とレアンドラはこう思った。
――クララ・ジスレーヌが何かしらの手段で、あちらからこちらへ異世界トリップを果たし、汐見八重歌に憑依した。
現代日本では、二十年ほど前に「異世界トリップ」なるファンタジー小説が大流行し、今ではファンタジー小説を支える一角のジャンルとなった。
その異世界トリップでは、現代日本出身の主人公が何かしらの手段ないし陰謀により、現地の主人公に成り代わる、もしくは憑依するという定番のストーリーがある。
――つまりは、クララ・ジスレーヌがその過程を経たのではないか……というのが見解だった。
幽霊といった概念を信じきれない祢々子は、「異世界トリップによる弊害か何かで体を乗っ取った」、つまりクララ・ジスレーヌが生きていると思っている。
一方、順応性まで規格外な薫子は、「クララ・ジスレーヌの魂が汐見八重歌を乗っ取った」と見なし、クララ・ジスレーヌが生きていないと考えた。ゆえに、漣彌へのお祓い発言に繋がるのである。
「普通、乗っ取ったって言葉は“死んでいる人の魂が”というのが前提では……?」
生粋の地球人の那由多が、静かに突っ込みを入れた。那由多の発言は実に的を射ていた。乗っ取ったという単語に対する見解の違いは、異世界出身の地球人と生粋の地球人での文化の違いからくるものだろう。あちらには、魂が乗っ取るという概念などないのだから。
「まあ、そうよね」
頷く薫子に、祢々子と漣彌は「やはり規格外だ」と改めて感じた。あちらから生まれ変わった二人は、いまだあちらの死生観を完全に拭いきれていやしないのだ。
「となると」
薫子は漣彌を見据えた。その視線は、かつてのレアンドラとの魔物退治を漣彌に思い起こさせた。
――『たくさんいますわねぇ! さあ、全てあたくしの糧とおなりなさいな! おーほっほっほ!』
魔物に囲まれたとき、嬉々として八つ裂きにせんと斬り伏せに突入したあの視線と同じ。
自信に溢れすぎた――けれども過信ではない――闘いへの意欲に満ちていた。
レアンドラは戦闘狂気味だった。まさしく貴族の令嬢としては規格外であった。
「貴方の知る情報は最大の武器になるわね」
薫子は獰猛に笑む。
その笑みに祢々子と那由多はぞくりと悪寒を覚えた。
「貴方の情報が“あたくし”の剣となる。さあ、教えて」
薫子はレアンドラであるがゆえに、レアンドラが獄中死したあとのカルツォーネ王国を知らない。
祢々子はアーシュであるがゆえに、レアンドラが死んだあとのカルツォーネ王国を知り、またアーシュが刑死をしたあとのカルツォーネ王国を知らない。
よって、薫子と祢々子の情報は、アーシュが刑死を迎えるそのときまでとなっていた。
漣彌はハーキュリーズであるがゆえに、レアンドラとアーシュが死んだあとのカルツォーネ王国を――二人が知らないことを知っている。
薫子が漣彌に促したのは、その情報である。
具体的には、レアンドラとアーシュの死んだあとの「クララ・ジスレーヌの生存及び結末」と、ふたりが死んだあとの情勢。
それは薫子が知らない、けれども祢々子の知る、そして二人が知らなくてかつ漣彌が知る、事実と真実。
「どこから話すべきか――……」
あちらで起こった様々な出来事の数々。
両の手の指では数えきれないくらいの事が生じた。
「まず。クララ・ジスレーヌのこと」
薫子はいつの間にか手帳を広げ、いつでもメモをできるようにペンを構えていた。
「汐見八重歌さんに憑依しているあの女が、生きているにしろ死んでいるにしろ。それをひっぺがしてあちらへ戻すのが目的だから」
クララ・ジスレーヌが汐見八重歌に“憑依をしている”にしても、それが死んでいるのか生きているのかはわからない。
しかし、こうしてレアンドラとアーシュ、ハーキュリーズそしてエドヴィンが生まれ変わっているならば。
「こうして“あたくし”達が生まれ変わっているなら、死んでいる可能性が高い。なら、どのような結末を迎えたのか。教えて」
薫子の問いに、漣彌は簡潔に答えた。
「あいつは、処刑したよ。……俺とジャシント、リベンツィオ、師匠、姉上を中心に、謀反を起こし、成功させたから」
――……想定外の返答に、薫子と祢々子は固まった。




