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時は過ぎ去っても、変わらないものは変わらず


 貴族というものは、古今東西いつでもどこでも、個性豊かすぎる傾向があった。

 カルツォーネの国の貴族も、他国の貴族同様その例に漏れなかった。

 国中の貴族のなかでもとりわけレザンスカ侯爵家は、“書物中毒の一族”の異名をもっていた。

 そんなレザンスカ侯爵家は、書記官を多く輩出する文官の名家ともいえた。また、武術や剣術といった主に体を動かすことを生業とする武官は、一名も輩出したことはなかった。もちろん、志す者もいなかった。 レザンスカ侯爵家には、体を動かす時間があるのなら、書物を読む時間にあてるという――まさしく書物中毒な思考回路の者たちしかいなかったのだ。

 レザンスカ侯爵家は貴族として一応、緊急や有事の際にある程度動けるくらいの、「護身術は一応扱える」レベルでしか身に付けていなかった。

 ……いなかったのだが、何事にも例外というものはある。


「ハーク、そちらへ行きましたわ!」


 その例外は、今日も剣を振るっていた。

 おそらくレザンスカ侯爵家で、「一応扱えるレベル」以上に剣術を学ぼうと意欲を示したのはハーキュリーズが最初で、そして理由からして最後だろう。

 毎日、ハーキュリーズは姉と共にアウデンリート公爵家を訪れ、アウデンリート公爵家長女レアンドラと一緒に剣術を学んだ。

 日々、姉弟子と剣戟の音を響かせ、汗水を垂らしていった。

 全ては、恋慕うレアンドラと同じ時間を過ごしたいがためという、下心満載な――下心でしか成り立っていない理由からだった。

 ハーキュリーズも姉や身内ほどではないが、書物“は”好きだった。

 けれども、恋とは人を変えるもので。

 ハーキュリーズは書物“より”、剣術“を“好きになっていった。

 いつしか、きっかけは下心満載の動機だったとはいえ、いつしか剣術――体を動かすことが、書物を読み漁って知識を吸収する貪欲さに勝っていたのだ。

 そして、この日もレアンドラと一緒に剣を振るってはいたが、この日は郊外の森に出てある課題をこなしていた。

 ――規格外な師から、ある魔物を狩ってこいという課題を出されたのである。

 もちろん、ふたりで狩ってこいと――何度目かもはやわからない回数の課題だった。


「レアンドラ、そっちに行った!」


 ふたりで協力しながら魔物を追い込み、今回は――


「おーほほほっ!」


 ――レアンドラが勝利の鬨を叫びながら、嬉々と魔物を一息に切り伏せた。


「相変わらずだね、レアンディは」


 レアンドラは己の糧となりそうなことは、自ら率先して経験を積みにいく――嬉々として。決して魔物を切ることが好きなのではなく、己が強くなっていくことが好きなのである。とことん貴族令嬢として規格外であった。


「規格外ですもの、あたくし」


 そういって、レアンドラは満開の薔薇の如く笑った――多少恋する少年の美化は入っているが。

 ハーキュリーズは、レアンドラがレアンドラらしくあることが一番好きだった。

 ハーキュリーズはいつからレアンドラに恋していたかは覚えていない。

 それでも、ハーキュリーズは「必ずレアンドラに恋をしていた」と断言できる。

 たとえ違う出会い方をしていても、違う過ごし方をしていても。必ずや同じ時間を過ごし、その顔を見つめていたいと思うようになると確信していた。

 ハーキュリーズは、レアンドラの微笑みにいつも心を奪われていたのだから。

 ――たとえ、恋情からくるその微笑みを向けるのが、彼と違う相手でも。違う相手でも、ハーキュリーズは幸せだった。

 ……レアンドラが、死ぬそのときまで。




☆☆☆☆☆




 輪廻転生とは、そもそも仏教用語だという。

 死した後、魂は輪廻を経て再び地上へ降り立ち、生を受ける。そして、前の世で業や縁を得、結んだ相手と再会すべく再会し、再び業や縁を結ぶのだと。

 その考えでいくのなら、レアンドラとハーキュリーズとの再会は決まっていたのだろうか。前世で培った縁とやらを、再び結ぶべく。

 薫子がそう感じてしまうくらいに、運命的な再会だった。


「えっと……お久しぶり、ハーク」


 ならば、再会を想定していなかったとき。例えばそんなときはどんな反応をすればよいのだろうか。

 これが、アーシュ・チュエーカやクララ・ジスレーヌ、エドヴィン・カシーリャスといった因縁を持つ相手ならまた違った。

 ……けれども、親しくしていた友人となると……これまた気まずいものとなるようで。


「………………………………………………」


 先の邂逅でもあまりスムーズではなかったが、薫子は今もハーキュリーズの顔を直視できなかった。

 いま、薫子と祢々子、那由多がハーキュリーズの生まれ変わりの少年と、テーブルを挟む形で対面している。

 ……のだが、薫子は視線をそらしたり泳がせていた。

 対し、ハーキュリーズの生まれ変わりの少年といえば、こちらはにこにこと薫子をロックオン中である。祢々子が気になるのか、時折ちらちらと複雑そうな視線を向けてはいる。

 薫子から目を離したくない、けれども祢々子も気になって仕方ない――そんな、どこかそわそわした雰囲気がそこには感じられた。

 彼の視線が祢々子を見る度に、薫子は何だか面白くなくなってきた。その度合いは、祢々子を見る回数が増える度に強くなっていき、薫子の胃のむかむかを発生させていく。

 そんな初めて感じる感情に、薫子は珍しくも落ち着かなかった。


「………………」


 一方、祢々子はふたりの醸す雰囲気と、ふたつの視線から気まずさをこじらせかけていた。こちらは、別の意味で胃に不快感を覚えていた。ハーキュリーズの生まれ変わりの少年がちらちらと向けてくる視線、そして――


(お兄さん、落ち着こうよっっ!!)


 ――厨房の方から飛んでくる視線。薫子の兄の助三郎の視線が、射抜くように鋭いのだ。

 色恋事に鈍感な自覚のある薫子が、いまは別のことに気をとられているため、気づいていない。あんなに視線に――生まれ変わり、平和に多少毒されたとはいえ――敏感な薫子だというのに。

 那由多は、偶然トイレで席を立っている。つまりここは薫子・祢々子・ハーキュリーズの生まれ変わりの少年がいるわけだ。

 薫子の兄からすれば、先ほどまで女の子同士で集まっていた妹のもとへ、突然異性が――しかも見知らぬ――現れ、向かい合って座ってしまったのが気にくわないのだろう。

 こりゃ、外から見れば一対二の三角関係の修羅場にしか見えないのだから。

 だからこそ、薫子の兄の視線に、「可愛い妹に何近づいとんじゃボケェ」と、そんな暴言が込められていても無理はないのかもしれない。そうだ、無理はないのだ――視線が殺気で満ち満ちていても、と祢々子は必死に思うことにした。

 そんな三者ともに発言をしていない、ひたすら重苦しい空間に一石を投じたのは、


「……あの?」


 一応このメンバーでは年長者の那由多であった。




「……まず自己紹介から、始めまてみしょうか」


 着席した那由多は場の空気に尻込みしつつ、三人の顔を見ながら提案し、視線で促してみた。何かしらアクションを起こさないと、いつまでたっても黙りが続きそうだったからだ。

 また、厨房付近から、何やら言葉に表現したくない何かが漂ってきているような気がしたため、直感で言葉を挟まなくてはと押されるように動いた結果でもあった。

 結果、那由多のその判断は正しかったといえる。

 名乗っていなかった三人は、それぞれ我に返って名乗りをあげた。

 ――それで、互いに名乗っていくなか、意外な事実が判明した。


「新、漣彌あたらし れんやだ。ここから少しいった辺りにある新山あたらしざんの麓の新日枝神社の宮司の息子だ」


 新日枝あたらしひえ神社――この辺りの氏神であり、山王信仰の神社だ。境内には狛犬ならぬ狛猿が鎮座している。

 狛猿は神猿まさるさんと呼ばれ親しまれ、まさる=魔が去るということから、新日枝神社は破魔の神様として近隣では名の知られた神社であった。とくに厄除けは効き目がある、らしい。

 その神社の宮司の息子、と聞いて一番驚きを示したのは那由多だった。

 目をこれほどかと見開き、新漣彌を穴が開くほどに凝視した。


「神社の……?」


 ――那由多が驚愕を隠しきれない一方で、薫子はといえば、


「神社の……?」


 同じ台詞を、獰猛な笑みを浮かべながら楽しそうな――何かを思い付いた悪戯小僧のような口調で呟いたのだった。


(うぉわあっ……)


 その笑みを見てしまった祢々子は口をひきつらせた。たいへん心臓に悪い、何とも悪役らしい狩人のような笑み――とってもレアンドラらしい――に。


「相変わらずだね、レアンディは」


 同じく笑みを見た漣彌は苦笑を浮かべた。

 その笑みを見た薫子の脳裏に、過ぎ去りし日の事が過る。


『相変わらずだね、レアンディは』


 よく二人で師の課題――何々という魔物を狩ってこいといったもの――を遂行するとき、魔物を率先して嬉々と狩りにいくレアンドラを見て、ハーキュリーズはよくそういったものだった。

 漣彌にハーキュリーズの姿を重ねて見た薫子は、より深く笑み、


「規格外ですもの、あたくし」


 ――あの時と同じ受け答えをしたのだった、あの時と同じ表情で。顔かたちは違うのに、全くの別人になったというのに、その笑みはやはりレアンドラで。


「本当に、レアンディらしいや」


 ハーキュリーズである漣彌は、想い人の変わらないそこに嬉しそうに笑うのだった。


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