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幕間〜求む、対応に困る事案への対応策


 ハーキュリーズ・レザンスカは、異性の友人であるレアンドラ・ベルンハルデ・アウデンリートに好意を抱いている。

 それは初恋であり、また彼は想いを告げるつもりはない。おそらくはずっとこのまま想いを告げることなく、墓の下までもっていくだろう。

 ハーキュリーズは、想い人の恋路を邪魔などしたくはないのだから。

 ――想い人が幸せになってくれれば、ハーキュリーズはそれで自分も幸せなのだ。

 だというのに、レアンドラの婚約者はレアンドラ以外の女を、自分の横に立たせている。

 そこは、その場所はレアンドラのものだ。あんなに想いを向けてくれる正式な婚約者がいるというのに、なぜ。

 ――自分ならば、そんなことは絶対にしないのに。

 あの場面を初めて目にしたとき、ハーキュリーズの視界は一気に湧き沸騰した怒りから真っ赤になった。

 レアンドラの婚約者に掴みかかり、そのお綺麗な顔に何発も何発も拳をぶつけたい衝動にかられた。

 けれども、レアンドラのことを思えば、怒りは瞬時に凪いだ。

 いくら冷静沈着で、色々と多方面に規格外な令嬢であっても、レアンドラとて今はひとりの恋する乙女だ。醜いどす黒い感情に身を任せ、もし彼女の婚約者をタコ殴りにしたら……潔癖なレアンドラは、二度とハーキュリーズを友と呼んでくれなくなり、永久に避け続けることだろう。

 その考えが、彼を冷静にさせたのだ。


「よりによって、あの女か……」


 冷静になったハーキュリーズは、レアンドラの婚約者――エドヴィンの横の女を見て、何でその女なんだよと別の感情からタコ殴りにしたくなった。

 あの女――アーシュ・チュエーカは、色々と問題のある少女である。

 その問題のひとつが、「ハーキュリーズの姉であるイーリスをことあるごとに口説いていたレアンドラの弟が、イーリスをないがしろにしてしっぽを振りだした女」ということだ。

 レアンドラの弟・フランセスクは、レアンドラさえ頭を抱えてしまうくらいに酷い性分の持ち主だった。貴族の嫡男という自覚はおまえにあるのか? と問い質したいくらいに、異性――とくに年上に節操が無かった。あまりに節操が無さすぎて、アウデンリート公爵夫妻は息子の婚約者を選ぶのを渋っていたくらいである。

 年々悪化していくフランセスクの悪癖は、ハーキュリーズの姉「だけ」口説き始めた。複数の女性を同時進行していたあの口説き魔が。

 すわ悪癖の雪解けか、と周囲は思った。

 ――しかし、阿呆は阿呆だった。アーシュ・チュエーカに夢中になったのだ、イーリスへの態度を翻して。綺麗なまでに、翻しやがったのである。

 

 チュエーカ男爵の養女に関しては、当初から羽振りのよい男を狙うと黒い噂が絶えなかった。

 フランセスクだけでなく、数人――他国からの留学中の他国の王族のシプリアン・P・マグフェラーザに、教師のフェリシアン・セルウィガ、そしてレアンドラの婚約者――が犠牲になっている。

 これらは噂でもなんでもなく、ハーキュリーズが確かめるもない事実であった。あまりにも堂々と、アーシュ・チュエーカは彼らを侍らしていた。


「おい」


 ハーキュリーズは、その横に立つ女に何度か口頭で注意をしたことがある。


「クピドの恋煩いという言葉を知らないのか?」


 クピドの恋患いは、あまりにも有名な言葉だ。

 恋を神による病と見立て、クピドの病(恋)にかかった=どうしようもない阿呆というレッテルを貼られるのである。恋に現を抜かしている彼らは、まさしく平静さを失った阿呆といえるのだ。


「はぁ?」


 彼らを阿呆にしたその原因たるアーシュ・チュエーカは、ハーキュリーズに注意される度に反発した。


「そんなの関係ないわ。あたしの力は、世界が求めているの。世界が求めるあたしに、注意するっていうの」


 この時のアーシュ・チュエーカは、同情できる成長の背景があるとはいえ、確かに狂っていたのだろう。

 ――アーシュ・チュエーカは、不可思議な異能を持つことから「聖女の再来」と呼ばれていた。

 そして、聖女の再来ということでなのか、周囲がかなりちやほやしていた。

 ちやほやされ、「世界は自分を中心に動いているの」と傲慢になっていったのだ。

 また、母親譲りの恋愛への節操の無さも浮き彫りになり、誠に酷い性格へと成り果てた。

 聖女の再来。それは周囲を熱狂させ、浮かれさせ、正常な判断を失わせるには十分だったが、当人も狂わせるにも十分だったのだ。

 ……だから、彼女とその周囲は誰もが気づかなかったのだろうか。

 聖女とは、王族の祖先にあたるとされている伝説の存在。王族の血を引いていないものが、再来と目され、まるで旗印の如く持ち上げていけばどうなるか――決して良い未来など待っているはずないということを。

 ――聖女の末裔を名乗る王族が、国王が黙っているはずなどないのだから。

 それでも、ハーキュリーズからすれば「だからそれが何だ?」だった。

 どんな背景があろうが、どんな原因があろうが、結果としては同情できないことをしでかしたのだ。

 レアンドラが失意のまま、天に召された結末はどうやっても変わらないのだから。

 彼が想いを向けたその人は、もういないのだ。



 やがて時も流れ、世界さえ越えて。

 敵同士であり、どちらも互いを因縁といえるふたりは、再び出会った。

 かつて狂っていた彼女は自省し、相手にいくら謝罪を重ねても足りないと悔いていて。

 ――……なら、恋慕った想い人を失った彼は、想い人を死なせた原因のひとりである彼女と再会したとき、どうするのだろうか。……再会した想い人が、彼女を赦していたら、なおさらどうするのだろうか。


「……金太郎、何て言った、いま」

『会いたいっていってる』

「何でだよ」

『こっちが知りたい。ネコが、今すぐ会いたいとかって、まさかネコお前に一目惚れしたとか!?』

「それはない」


 電話相手の友人の言葉をぴしゃりと叩き潰しながらも、ハーキュリーズは戸惑っていた。

 再会したアーシュ・チュエーカは、狂った気配が全く見受けられず、真っ当にしか見えなかった。それどころか、


「……何で仲良くなってんだよ……」


 想い人であるレアンドラと、ぎすぎすした空気は微塵もなく、普通の友人同士のようにしか見えなかったとはこれ如何に。

 ――ハーキュリーズ・レザンスカは、生まれ変わった彼女たちに対し、頭の中で疑問符が飛び交ってしかたかなかった。


『とりあえず、ネコは猪突猛進だから、すぐ連絡してくれよな。でないとオレが害を被る』

「害ってなんだ、害って」

『言えねぇ、絶対言えねぇ……とにかくよろしくな! あ、連絡先伝えちゃったから』

「おいっ! ……あー、切りやがった……」


 友人の宣言通りに来たメールに、彼が頭を抱えるのは数分後の話。


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