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戦準備は獰猛で艶やかに

※今回は前世パートがありません



「私に、……いいえ、“あたくし”に、ね?」


 那由多の言葉に、確信を持って薫子は答えた。

 その顔には獰猛な笑みが宿っていた。

 ……見た者をびびらせる、猛者の圧倒的な強さを相手に与える笑みで口許をにやりと綻ばせたのだ。


「………………」

「ちょ、ひいてるから、ひいてるから!」


 那由多はその笑みをまともに見てしまい、蒼白になりながらもどうにか耐えきった。しかし腰が引けているのは隠しきれず、それに気付いた祢々子が必死に薫子の服を引っ張った。


「うふふ……ごめんなさい、何だか楽しくて、ねぇ」

「“ねぇ”じゃないのよー!?」

「……罠かもしれないんですよ?」


 びびりながらも口を開く那由多は、


「罠が何? 行動し増やす前に周囲をもう一度見よ、顧みよ。手元をもう一度見よ。……罠でも何でも利用してこそよ」


 薫子は自信に溢れていて、那由多には眩しく思えた。

 ――まさしく女帝降臨状態の薫子に、那由多は全身の力が抜け、何となくではあるが安堵を覚えた。ああ、大丈夫だと、何故だかほっとできたのだ。

 理由を求められれば説明できないけれど――薫子の笑みには、不安を払拭する何かを感じさせるものが確かにあった。

 そんな薫子は、まだ獰猛な狩人のような笑みを浮かべたままである。いつの間にか威風堂々としたオーラまでまとっているようだ。


「……あんたは逆境さえ力にして糧にしそうよ」


 祢々子はげんなりと遠い目をした。


「そうよ、糧にさせてもらう――遠回りになったけど、するべきこと……クララ・ジスレーヌに会うことがようやく叶う」


 薫子は獰猛に、かつ艶やかに微笑んだ。実にレアンドラらしい、薫子らしい笑みだった。


「クララ・ジスレーヌ。再び私に喧嘩売ったこと、後悔させてあげないと……もちろん、真っ向から迎え討ってね」

「あんたはやっぱりぶれないわね」


 やれやれと首を振る祢々子に、薫子は笑みを深くした。


「レアンドラで薫子だもの」


 ――規格外令嬢は、やはり生まれ変わっても規格外だった。

 敵が会いたいと、罠だとはっきりわかるのに、自ら突っ込んでいくのだから……糧にしてやると、喜び勇んで。


「祢々子は一緒に来てくれるんでしょう?」


 薫子の言葉に、祢々子は目をみはった。


 ――『もし、クララ・ジスレーヌと会うその時がきたら。……あたしも必ず連れてって』


 祢々子は、もう二度とレアンドラのことで後悔をしたくない。そして、祢々子として得た友を失いたくない。


「もちろん!」


 胸を張ってえっへんと答えた祢々子に、薫子はあることを頼んだ。

 その頼みに、祢々子はどや顔で快諾した。


「徹底的に、真っ向から迎え討とうね!」


 そして、三人は作戦を練り始めた。




「確認するのだけれど、あちらは私をどこまで認識しているの?」


 暖かい飲み物とケーキをつつきながら、三人の作戦は着実に形になっていた。

 この作戦で一番重要なのは、クララ・ジスレーヌのレアンドラに対する認識だ。


「私が、レアンドラだと認識していることは判明している」


 汐見姉弟を利用するクララ・ジスレーヌは、薫子がレアンドラだと断定している。

 ――それは、どうやって?


「あいつは、あたしたちと立場が違うのに、あたしたちと同じように判断できる」


 あちら――カルツォーネ国の世界――から現代の地球に生まれ変わってきた者は、同じ立場の者をそれと“見ただけで”判断できる。

 薫子が祢々子をアーシュ・チュエーカとわかったのも、祢々子が薫子をレアンドラ・ベルンハルデ・アウデンリートだとわかったのも。またハーキュリーズのときも、そう。

 生前の人格の地続きである三人は、互いが誰かを見ただけで判断できた。

 これは、記憶もなく人格も地続きではないあちらからの生まれ変わりである、五百龍雅エドヴィン・カシーリャスにはあてはまらない。

 しかし、クララ・ジスレーヌには当てはまるらしい。そうだとすれば、クララ・ジスレーヌが薫子がレアンドラだと看破したことの説明がつく。


「つまり、あたしを見たらアーシュだとわかっちゃうと」

「ハーキュリーズもそうといえる」


 けれども、と薫子は続ける。


「果たして、向こうは“こちらが生前の人格のままだと知っているか”」


 そのあたりは、那由多も判断し難かった。

 那由多が薫子に接触するまで、そんなこと意識することがなかったし、


 ――『憎い、憎い、レアンドラ。あの女は悪女、憎まれることをした。それ以上のことを知る権利など、お前らにはないだろう』


 としかクララ・ジスレーヌはいわないのだ。那由多たちはただ黙って自分の駒になっていればよいと、姉の身体を無事に返してほしいならばそれ以上を詮索するなと脅されたのだ。


「おそらく、知らないでしょうよ」


 薫子は淡々と推測した。


「あの女が知っていたならば、あの女の憎しみはこれだけではすまないはず……あの女はそういう女よ」


 クララ・ジスレーヌという女は、プライドがとにかく高かった。そして一度憎しみを向けたならば、その深さが深いほどより残忍な手段をとる。

 何故か生前のレアンドラを憎んでいたクララ・ジスレーヌ。その深さがどのような結果を為すかは、レアンドラの最期を見れば容易く想像できる。


「私が、あたくしでもあると知ったら……嶌川薫子はいま五体満足でここに座っていない」


 重い沈黙があたりを支配した。


「私がいま無事に生きている。だから、知らないと断定できる」


 薫子は本日、下の兄の助三郎が多忙であることに感謝した。兄に少しでも余裕があれば、兄の側で“妹が危険かもしれない”話などできないのだから。


「そして、この事実は利用できる」


 ――クララ・ジスレーヌが知らない。それを薫子は利用する。


「なぜなら、クララ・ジスレーヌはこちらに記憶がないか確認しようとしているはずだから」


 薫子は、カルツォーネの文字で記されたあの手紙――鷹の公爵令嬢と記された――を取り出した。


「鷹の公爵令嬢は、あたくしのことを示してる。これを見た反応を、あなたは問われていた」

「私は、“相談通り”反応なしと伝えました」


 ――あの日、汐見姉弟との初の邂逅での話だ。


「反応なし、そこからクララ・ジスレーヌはしばらく様子を見た。そして、今に至ると。ここが、あちらがあたしたちの“人格がそのまま”だと知らないということの裏付けにもなる」

「今になって……しびれきらしたっぽい?」


 おそるおそる呟く祢々子に、ふたりがうなずき返した。


「そんな感じに見えます。……バカ虎は怯えきって怯えきって。とてもこちらにつれてこれません。ボロが出そうで」


 那由多はおもいっきり溜め息を大量に生産した。那由多の弟は感情を隠すのが下手すぎるのだ。


「そこで、よ」


 祢々子は、スマホを指でつついた。


「……あいつを呼び出す意味に、どう繋がるの?」

「……あいつ?」


 那由多は、頭の上に大量のクエスチョンマークが飛び交っているようだった。


「紹介しようとしている助っ人がいるのよ」


 微笑む薫子に、


「……あたしたちが知らない情報を得ているヤツがいるの」


 祢々子は複雑そうに呟くのだった。


「もうすぐ来るわ」


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