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機を見るに敏


 レアンドラ・ベルンハルデ・アウドンリートは、社交界デビューするとたちまちその美貌ゆえに、その名を轟かせることとなった。

 父親譲りの闇夜の色の豊かな髪、母譲りの黒真珠のような瞳、そして何より彫刻のように整った――整いすぎた薔薇の妖精の化身のようなその美貌から、いつの間にか黒薔薇姫と謳われるようになっていった。

 ……しかし。

 狂い忠とまでいわれるアウドンリート家の血筋と、幼きより武を極めんとする気性のせいか、はたまた規格外とまでいわれるせいなのか。

 美貌もあり、淑女としても――規格外はさておき――何ら問題はないのに、なかなか縁談は整わなかった。

 一度、整いかけたけど流れてしまったときがあった。理由ははっきりと告げられていなかったが、だいたいは「自分より強い姫は守れません」とのことであった。レアンドラはまことに騎士を負かすほどには強かった。


『やはり、どこか癖がありますのよ、きっと。顔だけ姫ですわ、はしたない』


 そのとき、口さがないものをいうご婦人がたがいると取り巻きに教えられ、レアンドラは笑みを浮かべこう返したという。


「王家をお守りするのが我が一族の誉れ。なら、あたくしが強いことに何ら瑕疵はございませんわ。堂々としていればよろしいでしょう?」


 ――その時の笑みは、とても凄みのある迫力のあるものだった。


「こわっ……」


 居合わせたものは、心底そう感じ、口さがないご婦人に合掌したのだという。

 それより一ヶ月程もしないうちに、そのご婦人の悪評が社交界に蔓延したという――人を呪わば何とやら、である。




☆☆☆☆☆




 ――三月。

 春の訪れ、そして芽吹きの季節の始まり。また、出会いと別れが交差する季節。

 平良島第二高等学校では本日、卒業式が執り行われていた。

 桜の枝々あちらこちらに硬い蕾が見られ始めるなかで、校庭では左右どこを見渡せど、涙をハンカチで拭う生徒ばかり。

 しかし、薫子たちはそこにはいない。

 在校生がほぼ出席するなかで、薫子と祢々子と汐見姉弟の姉・那由多は欠席だった。汐見姉弟の弟・景虎は出席である。

 何しろ、クララ・ジスレーヌが憑依する汐見八重歌のかわりに卒業証書を受けとるらしい。

 汐見八重歌は、卒業式で病欠となっていた。汐見八重歌の肉体は、もともと病弱だったというのに、現在クララ・ジスレーヌが宿るせいでより体力を消耗しているらしい。

 ――不幸中の幸いか。そのおかげでクララ・ジスレーヌは思ったように身動きがとれず、出席日数もギリギリのラインであり、また出席しても保健室直行だったそうだ。

 いつも保健室の窓から、校庭の様子を――食い入るように――見ていたという。


「その保健室から、あの人は薫子さんたちを見つけたようですけどね」


 那由多の説明に、薫子は眉を潜めた。そんな身近な場所で目撃されているとは思ってみなかったのだ。灯台下暗しとは、こういったことを指すのだろう。


『ストーカ……』

「バカ虎、あんたはデリカシーとかデリケートとか単語が脳内辞書にないの?」


 汐見那由多は、基本丁寧な喋り方をする。後輩である薫子と祢々子相手話すときも、今のようにですます口調だ。バカにしているとかではなく、これが素らしい。

 けれども、姉や弟といった身内やクララ・ジスレーヌが関わるとその限りではなくなるようだ。受話器の向こうの弟には、ですますのついていないストレートな言葉で突っ込んでいた。


「――で、それ以外はだいたい、おうちの離れの自室か、今からいく入院先の総合病院ということ?」


 マスク装備の薫子が、ごほごほいいながら問う。それに、電話を切りながら那由多は頷いた。

 ちなみに、薫子の隣に立つ祢々子もマスク装備である。

 薫子、祢々子、那由多は今現在、各自別々に市内の総合病院へとやってきていたのであった。

 薫子と祢々子は簡単にいえば病欠と付き添い、那由多は姉の見舞いでの欠席扱いである。

 ……ちなみに、薫子は“本当に”たまたま風邪気味であり、祢々子は仕事で来れない薫子の保護者に代わり、それに付き添う形だ。


「ええ、そうなります……薫子さん、大丈夫ですか……?」


 薫子はごほごほ咳き込みながら頷いた。顔色は若干悪いものの、咳が続くことと、おトイレのお友達になるところ以外はとくに症状はない。病院に来るまでに飲んだという、楽器のマークの黄色い独特の香りのお薬が効いているのだろう。


「兄からのもらい風邪です」


 薫子は普段、何々は風邪をひかない――といったわけではないが、超のつく健康優良児で、この年まで大小関係なく病気などほとんどしなかった。今まで得た病は、流行する麻疹やおたふく風邪、水疱瘡くらいである。

 ところが先日、長兄・太一郎が胃腸風邪をもらってきたのだ。太一郎が治った後のタイミングで、薫子の罹患が発覚。熱でふらふら、頻繁にトイレ、常にゴホゴホといった有り様だった。

 そこで病院に行かなければとなったとき、兄が三人とも付き添いが無理となってしまった。

 年度末やら、人事異動やら何やらの多忙ゆえに、薫子に付き添いたくとも付き添えなかったのである。

 可愛い可愛い妹の看病といったイベントなど、妹バカの兄からすれば垂涎ものだったようだが……会社には勝てなかったらしい。

 太一郎は年度末、音次郎は職場で病欠が相次ぎ人手が足りず、兄の助三郎にいたっては、調理師が彼とマスターしかいないうえに人気店で忙しく――結果、三人ともかなり悔しがっていたが、渋々出勤していった。

 きっと、そのかわり三人とも、仕事をはやく終わらせてまっすぐ帰宅してくることだろう。いつも以上に。

 ――両親も、近所に親戚もいない。ならば、頼れるのは……となって、お隣さんで薫子と親しく、かつ同性の祢々子に白羽の矢が刺さった、という次第である。

 


「ちょっと、はばかりに……」

「診察の番号ももうすぐだし、先輩――」

「じゃあ、私は病室に」


 遠回しにおトイレです、といった薫子の発言を機に、三人は別行動となった。




「お大事に」


 総合病院らしく、薫子は診察までは長い間待たされた。やはり胃腸風邪やらインフルエンザやらが流行っているようで、通常より倍近くかかってしまっているようだった。


「あとはお薬と会計だっけ。個人病院と違って一回で終わらないのって面倒だね」


 実はよく病院を利用するという祢々子は、初めての総合病院に辟易していた。


「私は普段から縁遠いし、個人病院ってどこへ行けば全くわからないし」


 雑談を交わしながら、ふたりは一階の投薬カウンターと支払い窓口へと向かっていた。

 彼女たちが半日かけて診察を終わらせている間、那由多は既に面会を終え、少し離れた公園で待っていると連絡があった。

 少し離れた公園というのは、散歩と称してクララ・ジスレーヌが病院付近――総合病院と入院先の病棟は同じ敷地の隣り合わせ――に出没するためで、薫子たち転生組と鉢合わせを防ぐことと、薫子たちと那由多がいるところを見られないためだ。

 その少し離れた公園は、そこまで行くのに汐見八重歌の肉体が耐えられなく、また病院の敷地からほどよく死角にある。

 ――そして、もうすぐ実行する作戦の目撃地となる予定だ。

 汐見八重歌の入院する病棟と、その周辺の立地。そして汐見八重歌の日課を考慮しての作戦。

 祢々子が発案し、薫子が作戦の骨子を練り、那由多がトリガーとなる。

 ただ、春休みに実行するはずだったのが、薫子自身が己の体調不良による通院を理由に「ちょうどいいわ」とばかりに前倒しにしてしまったが。

 それ以外は、とくに変更点はない。


「午前中、終わっちゃった。お腹空いたー……」


 午前は終わり、薫子の腕時計の針は正午を示していた。


「ご飯は作戦の後、にね」


 目的地へ歩き出した薫子に、


 ――ぐうきゅるる……。


 祢々子のお腹が返事をした。祢々子は赤面し、慌てて薫子の背を追った。





「こりゃ、八重歌さんの体じゃ、無理、だ……」


 作戦の発案者・祢々子が肩を上下させながら呟いた。

 目的地である場所は、小高い丘の上にある公園。

 頂きまでもちろん坂道であり、歩きやすく整備された遊歩道であるけれども、やはり坂道は坂道だった。


「この上が目的地でしょう」


 ぜぇはぁと肩を上下させる祢々子とは正反対に、薫子はすたすたと坂道を進んでいく。


「ここ、貴方が調べたんでしょうに……」

「こ、こんっなに、高いと、思わなかった、のっ!」


 祢々子はぜえぜえと反論した。たクララ・ジスレーヌの行動範囲を那由多から聞き、ならばと周囲を調べて作戦――丘の上にある公園から、クララ・ジスレーヌの姿を、写真ではなく肉眼で確認できないか――を思い付いた。

 そして丘の公園の詳細を薫子が調査、観光望遠鏡から覗けるのではないかと思い立ち、作戦の肉付けを行った。

 丘の上ならば、ふもとからは誰かなんてはっきり識別はできない、そして丘の上からは観光望遠鏡で確認できる。また、頂きの公園はそれなりに賑わい、いざとなっても紛れるだろう、と。

 ただ、薫子の「小高い丘」と祢々子の「小高い丘」の認識に甚だしい食い違いがあったくらいだ。


「あんっ、た、病、人、よね……っ?」

「日頃の鍛え方が違うのよ」


 ――薫子は、レアンドラの頃と同じく、生きることに手を抜かない。よって、体力だけは同じ年の祢々子よりもあった。


「すっご、く、あんた、らしいわ……っ」


 薫子には、「あんた」がレアンドラに聞こえた。


「さ、もう着くわよ――ほら」


 頂上では、ベンチや公衆トイレ、簡単な遊具に観光望遠鏡があった。以外と広く、何組かの親子連れや、中高生たちで溢れ、賑やいでいた。

 観光望遠鏡とは、百円を投入し、短時間だけれど、町の様子や丘の麓やらを観察できる仕様になっている小型の地上望遠鏡のことをさす。


「あ、いた」


 幾つか設置された観光望遠鏡には、たくさんの人がいた。那由多は既にレンズを覗き込んでいた。


「お疲れ様でした」


 合流した二人に、那由多は早速結果を伝えた。

 ――眼下に、ヤツがいると。


「果たして、現物はどう見えるか、ね」


 ――写真などではない、実物を見て改めて確認する。それが、今回の目的だ。 硬貨を入れ、まず祢々子が覗き見た。


「…………………………」


 時間が終わるまで、祢々子は無言であった。

 重苦しい沈黙が終わり、祢々子はレンズから離れた。


「ヤツだわ」


 青ざめた真顔で、祢々子は言いきった。


「……直感でわかっちゃった……」


 鳥肌が立ったらしく、祢々子は両腕を必死にさすっている。

 その横で薫子も確認し、すぐに顔をあげた。


「じっと見ていたら、何だか目が合いそう」


 そういう薫子の表情は、祢々子とはまるで対称的だった。


「……間違いなく、“あたくし”を嵌めたヤツね」


 ――そういって、薫子は悪役女優顔負けの“人の悪い笑み”を浮かべたのだった。

 その迫力のある笑みに那由多はビクッとし、祢々子は懐かしく思うのであった。




「どうした、漣彌れんや?」

「……探し物が、見つかった」


 ……そのとき、薫子の笑みを見て別の感想を浮かべるものがいた。


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