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あるものは使え、顧みよ


 カルツォーネ王国には、あるひとつの長文で有名な諺があった。


 ――行動し増やす前に周囲をもう一度見よ、顧みよ。手元をもう一度見よ。


 その諺は、「増やさず、あるものは何でも利用して使え」といった意味を持ち、節約を後世に伝える性格で、教壇で教えられてきた。

 レアンドラは特にこの諺を好んで実践した。

 だからなのか、同世代の令嬢と比べ、レアンドラの身に纏う衣服や装飾品はあまり数が多くなく、それでいてそのことを悟らせないものだった。

 あるものは何でも利用する――新たにものを増やさず、あるものを再利用したり、組み合わせを変えたり、様々な手段を用いて、レアンドラは使い回した。

 質素、倹約、節約――見事なまでに主婦感覚、貴族としては規格外どころかあり得ない感覚を持っていたのだった。




☆☆☆☆☆




 平良島第二高等学校二年三組所属・汐見那由多、同じく一年一組所属・汐見景虎――汐見姉弟は、隣の県から通う他県の学生だった。

 薫子の住む街は、県境の街だ。

 実は県庁所在地へ行くよりも、隣の県の県庁所在地に行く方がよほど近い、そんな街。

 平良島第二高等学校のある隣の市は、そんな薫子の街と同じ県境の街故に、他県からの学生も通えるという環境であった。

 ……その他県の汐見姉弟が接触を持っていること、すなわちジスレーヌが他県の学生に接触したこと、その点に、薫子は違和感を持っていた。腑に落ちなかったのだ。

 たくさんの学生がいる中で――平良島第二高校は、普通科が各学年十クラスある――ジスレーヌは他県の学生を選んだ。

 一年八組の薫子に接触を図るならば、他の学生でもいいはずだ。

 なのに“わざわざ”他県の学生を選んだ。

 それは“わざわざ”なのか、それとも“理由があって”の選択なのか。はたまた、全く異なる“何か”があるのか。

 憶測はいくつもいくつも湧いてくる。こうかもしれない、ああかもしれない、たくさんの「かもしれない」が薫子の頭を過っては消えていく。

 しかしどれもがしっくりこない。


「つまりは、他県の学生を使い易い環境にある可能性……か」


 結局、薫子はひとつの答えに行きついた。

 レアンドラのときに培ったハンターとしての勘、たくさんの魔物や野生動物と戦って身につけた直感的なものが、「それが正解だ」と伝えてくるのだ。

 その勘が外れたことがない事実は、薫子本人がよく身をもって知っている。

 ……レアンドラの頃、恋愛にうつつを抜かし、眼が濁っていたときは全く働かなかったのではあるが。


「……レア、じゃなかった薫子、いた!」


 屋上の扉が勢いよく開かれ、薫子は思考の海から現実へと引き戻された。


「昼休みどこ行ったかと思ったら……」


 走ってきたのか、祢々子はぜえぜえ肩を上下させていた。


「考え事があったから」


 薫子は、こめかみを指先でトントンと軽く叩きながら答えた。その顔は、答えを得て実にスッキリしていた。


「答えは出たの?」


 薫子の考え事の内容を知らされていた祢々子の問いかけに、薫子はにやりと笑んだ。


「わー、わー……悪代官の微笑みだ、悪代官の微笑み……痛い痛いっ!?」


 薫子は祢々子の耳を引っ張りながら、祢々子の顔の前にずいっと携帯の画面を取り出した。

 二十年程前にスマホが普及して以来、今ではほぼ見かけなくなり、生きた化石と呼ばれる折り畳み式の携帯。その画面を見て、祢々子は目をしばたたいた。

 それは折り畳み式携帯へのリアクションではなく、スマホより遥かに小さな画面の中身。


「……やっちゃったー……?」


 祢々子のリアクションに満足したのか、薫子の人の悪い笑みがより深くなった。


「あちらが手をこんだことをしたのなら、こっちもってね」


 薫子が口にした手をこんだこと、というのは“渡されたメモに書かれたアドレスは、薫子が送ったメールを受け、返信したあとすぐさま破棄された”ことだ。

 これに対し、薫子は正面から受けてたち、堂々と迎え撃った。


「正々堂々、手をこんだこと、したわけ」

「……まあ、ある手段は使わないとね?」


 ふふふと笑う薫子は全く悪びれていない。


「それは姑息とはいわないの?」

「姑息とは、根本的解決をしないで間に合わせで済ませることをいうのよ。それをいうなら、卑怯でしょ」

「……とにかく。それって、結局は卑怯じゃないの?」


 証拠をなるだけ消したいからとられた手段だろうが、とられた側はそれを卑怯と思うかもしれない手段を、とられた側が同じことをする。それを卑怯だと、汚い手だと指摘したのだ。

 つまり、レアンドラらしくないのだと。

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる祢々子に対し、薫子は意に介さずに続けた。


「卑怯じゃない。正々堂々よ。だって、ふたつあるもの」


 祢々子が豆鉄砲をくった鳩のような反応をした。


「……え、全く同じことを仕返したのではなく?」

「もう一度、よく見なさい、画面を」


 祢々子は携帯の画面を凝視した。


「え、でもアドレス違うじゃない。変えて送ったのではないの?」


 携帯の画面は、既に送信したメールの内容を表示している。

 宛先は例のアドレスだ。内容としては、祢々子の知らないアドレスと、薫子の名前、そして「こちらへお願い致します」の短文のみ。

 内容にあるアドレスは、祢々子が知る薫子のアドレスではないのだ。だから、別のアドレスだと思ったのだ。こちらのアドレスに変えるので、こちらに送ってくださいという意味だととったのだ。

 ただし、違うという。

 祢々子が勘違いしたことに、薫子は悪戯が成功した幼子のように無邪気に笑った。


「これ一台で、ふたつの電話番号とアドレスがあるのよ。AとBとね」


 薫子の持たされている携帯は、普段家族と親しい“同性の”友人用のAの電話番号とアドレス、それ以外のBの電話番号とアドレスといった「一台でふたつ」の契約がなされているのだという。「可愛い妹に悪い虫がつかないように」と、まだ信用の置けなさそうな相手や、異性相手の場合はこちらを使いなさいという“過剰な兄心”であった。


「わー……おっもーい……」


 口をひきつらせながら、祢々子は棒読みで語った。


「あるものは使わないともったいないしね。こういう時でもないと使わないでしょう。せっかく料金を支払っているのに。ほら、“顧みよ”って長い諺あったじゃない」


 清々しいまでにもったいない精神だった。


「すごく面倒臭いアドレス交換ね……」


 疲弊しきった様子の祢々子に、薫子は全く意に介さず携帯を操作する。飄々とした面持ちで、親指で素早くボタン打ちする薫子に、祢々子はただただ感嘆した。どこまでも泰然した様子と、その速度に、である。スマホが普及しきった現在、画面をタップする時は頻繁に親指は使わないのだ。

 ――ブブ、とバイブレーションが響いた。


「――来た」


 呟いた薫子は、再び祢々子に画面を見せた。


「放課後、情報交換――第一図書室の、Sの書架前のテーブルにて、教科書と筆記用具を持ちあって。もちろん、あなたも同席で」


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