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それは今も変わらず



 レアンドラは、狩りの現場でちょくちょく頭の良い獲物と邂逅したことがある。

 こちら側の仕掛けた罠などを上手い具合に避けたり、巧妙にすり抜けたりするのだ。つまり、罠があるということに気付かれているのである。

 餌を仕掛けた罠などの場合、餌のみを食べて罠にはかからないもの中には存在した。

 通常ならば、悔しく感じたり怒ったりなどするだろう――獲物に対して。

 けれども、仕掛けた罠が意味を成さなくなると知る度に、レアンドラは諦めたり、悲しくなったり、怒りの感情を持ったりはしなかった。

 多方面で規格外なレアンドラは、やはりこのときも普通ではなかったのだ。


「ふふふ……」


 やられたならば、やり返す気持ちがむくむくと生じるのだ。

 しかも負の感情からの、「ちきしょう、懲らしめてやる!」や「見てろよ!」等の「やられたらやり返そう精神」からではない。


「……面白いですわねぇ……」


 やられたらならば、喧嘩を売られたならば、真っ向から正々堂々と買って見せようという、なんとも好戦的な心意気からだった。

 また、買ったからには徹底的に勝ちに行くという、たいへん負けず嫌いの精神の持ち主であった。

 ……ただし。


「小汚ない、小賢しくするつもりならば……いいですわ」


 ……相手のやり口が、正々堂々でなかったとき。


「徹底的に、真っ向から迎え討つまで!」


 レアンドラの「勝ちに行く正々堂々の精神」は、より強くなるのだ。正々堂々でなければないほどに。



 ――『ヤられたら、喧嘩ァ売られたら、ぜってぇ姑息な真似は使うんじゃねぇよ』



 レアンドラは、姑息という言葉を嫌い、正々堂々という言葉を好んだ師の言葉がたいへん身に染みていた。



 ――『だから、真っ向から、討て』



 真っ向から、正々堂々と。

 ……よって、小癪な真似でレアンドラの仕掛けた罠をすり抜けようとした獲物たちは、皆さん同じ末路――正々堂々とレアンドラに狩られるのであった。

 そして、それは動物以外にも向けられないはずはなかった。

 小癪、小賢しい、姑息、小汚ない。

 それらの二字熟語が大っ嫌いだったレアンドラ、弟たちがいたずらをしても容赦がなかった。

 やはりレアンドラの弟であるからか、彼らが行ういたずらは「規格外」ないたずらだった。


「人を怪我させるものはいたずらとはいいません」


 忙しい母に代わり、弟たちの教育はレアンドラに任された役目だった。いうなれば母の名代、だからこそレアンドラは雷を落とすにしろ、姉だからとて説教に手は抜かない。


「わかっておりますわよねぇ……?」


 もちろんレアンドラは、正々堂々と真っ向から雷を落とした。ダメなものはダメだと、弟たちが理解するまでそれは続いた。


「アウデンリートの家に生まれたからには、きっちり理解しなさいな」


 ――アウデンリートの息子たちは、実母より何より姉が一番怖かったのだという。




☆☆☆☆☆




 汐見姉弟と出会ったあの日、薫子は汐見姉から連絡先の書かれたメモを渡された。

 そこには、ある程度日数が経過してから連絡をとってほしいと、綺麗な字で記されていた。

 確かに、あれから幾日かが過ぎた。


「起こりすぎでしょ……」


 そして、日数があまり経っていないというのに、たいへん濃厚な日々だった。

 その濃厚すぎる密度に、薫子は思わず深呼吸をした。

 たった数日で、アーシュ・チュエーカの生まれ変わりと真っ向から対面し、手を取り合うことになり。はたまた、「カルツォーネ乙女物語」の作者と出会い、今後も会う展開となり。


「まだ四月になってもいないのに」


 濃すぎることに呆れはしつつも、薫子はその手は止めなかった。

 折り畳み式携帯を開き、慣れた手つきでアドレスを入力していく。

 ――メモには、汐見姉弟の電話番号、メールアドレスが載っていた。連絡はどちらでも構わない、とも。

 薫子は電話番号を使わずに、空メールを送った。

 電話番号はさておき、メールアドレスならばいつでも変更が可能だ。

 例えこれが汐見姉弟の罠だとしても――あの日、メモをその場で書くのではなく、あらかじめ書かれたメモを瞬時に用意した――、すぐにメールアドレスを変えてしまえば、おいそれと追跡はし難いだろう。

 空メールへの返信は、間を置かずしてすぐに返ってきた。


「返信メールにアドレス、か」


 指定されたアドレスへの空メールへの返信メールには、また別のアドレスが記されていた。

 試しに空メールを同一のアドレスにもう一度送ってみれば、返信に代わって「指定アドレスは見つかりません」と携帯会社から直接の案内メールが届いた。


「用意周到ってわけ」


 渡されたメモに書かれたアドレスは、薫子が送ったメールを受け、返信したあとすぐさま破棄されていたわけだ。


「……誘導されているようで、面白くない……けど」


 例え誘導されているようであって、気分を害したとしても……やはり薫子は薫子だった。


「そちらがその気なら、乗ってあげようじゃあないの」


 ――正々堂々とね、と自信に満ちた笑みを浮かべ、薫子は記されていたアドレスへとメールを送信した。

 空メールではなく、きちんと内容のあるメールを、である。


「ふふふ」


 薫子は携帯の画面を見つめながら不敵に笑うのであった。

 汐見姉弟たちとは、一応薫子“たち”と協力関係にある。

 ――敵だろうが味方だろうが、兄弟だろうが協力関係だろうが、試されるような真似をされると、正々堂々と真っ向から受けてたつ姿勢は全く変わらない薫子であった。


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