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これは滅裂というものか


 世の中には自作自演という言葉がある。最初から最後まで、ある物事の準備から何から実行まで全て自分で行うことを指す。

 レアンドラがアーシュにした小さな悪戯は、自作でも自演でもなかった。

 協力者を得て、彼女の庶民時代の悪行を「あること」を全て調べあげ、学園に流布させたのである。

 つまり、噂を流したのだ。

 このとき、「ないこと」はでっち上げてはいない。レアンドラはきっちりと裏を取り、証拠を手に入れた上で実行に移した。

 そして、このような悪戯をしたのにも理由はあった。

 ――アーシュに対する、婚約者がいる異性を手に入れようとした罰、報復だ。

 レアンドラは一応報復前に諫言はしたのだ。

 婚約者がいる異性に言い寄ることで発生するであろう代償を、もたらされるであろう結果を、周囲にも与えるであろう影響を、アーシュに説いたのだ。もちろん、靡いたエドヴィンにも。

 しかし、ふたりは耳を貸さなかった。

 そしてレアンドラは嫉妬から行動に移した。

 それが、小さな悪戯だった。

 この小さな悪戯をきっかけに、アーシュの自作自演の被害者劇の幕が上がるとは、もちろん誰にもわからなかった――当人のアーシュ・チュエーカ以外には。




☆☆☆☆☆





 レアンドラ・ベルンハルデ・アウデンリートのその短い生涯は、比類なき波乱さに満ちていた生涯であった。

 レアンドラは、王と国家、そして王族への忠がとても篤いアウデンリート家に生を受け、晩年直前まではアウデンリート家の典型的な人間だった。

 十五で人生で最初で最後の恋に落ち、溺れ、我を見失うまでにひとりの異性を恋い焦がれた。

 嫉妬ゆえに、恋敵相手にとひとつ可愛らしい悪戯に手を染めたならば、坂を転がるように次から次へと悪戯を繰り返すようになった。

 その悪戯は、ふたつめからは恋敵により誘導された罠だった。恋敵が彼女の婚約者を手に入れんがために仕掛けた、邪魔な彼女を陥れるためだけの卑劣な罠だった。

 恋に落ち、忘我の状態だったレアンドラは、我に帰れば八方塞がりの四面楚歌の状態であった。

 誰も彼も――片手の指ほどのごくごく少数を除き――レアンドラの味方などいはしなかった。

 そして、レアンドラの罪への処罰は決定的なもので、最早覆すことはできなかった。

 水を吸った綿のように膨れ上がった自身の罪に、誰かにはめられたと訴えても、何をしても無駄、焼け石に水だった。

 ――そして処刑まで牢へ入れられ、発狂し、衰弱した果てに病死した。

 まさしくレアンドラ・ベルンハルデ・アウデンリートの最期は、恋による狂い死にといえただろう。

 恋により人生は転落し、恋に狂い、壮絶な最期を迎えた。かなり激動の悲劇の人生である。全く穏やかではない。

 だから生まれ変わったと悟ったレアンドラは、もう一度生きるならば穏やかにと決心したのだ。

 平々凡々でいい。何も刺激などいらない。ただ、平穏に生きて、平穏に最期を迎えたい。

 長生きもしたい。狂う恋などしたくない。食卓を笑顔で囲む家族が欲しい。

 ――薫子となったレアンドラが願うのはただ、ただそれだけだった。

 なのに。

 前世の因縁は、彼女を解放してくれないらしい。

 エドヴィンとの再会により恋に落ちた。恋に落ちたくなかったのに落ちてしまったのだ。

 その恋は、恋に狂いたくない彼女でも抗えなかった。

 けれども溺れることなく失恋したことは、彼女にとっては不幸中の幸いだったのだ。

 ――しかし、現実は残酷なものだ。

 恋の難を逃れたならば、次から次へと前世の因縁が原因と思われる事態に遭遇するはめになった。

 登校前に現れたかつてのアーシュ・チュエーカ、現・五百祢々子が今こうして彼女の前に立ち、彼女――薫子にとって理解しがたいことを口にする。


「とにかく。立ち話もなんです、歩きましょう」


 薫子は冷静に、とりあえず登校するべく歩くことを、立ち竦む五百祢々子にすすめた。


『って……』


 五百祢々子は薫子に声をかけようと口を開き、すぐさま薫子の言葉を思い出して口を開き直した。


「あんた何で落ち着いているのよ!」


 先ほどまでのどこか毅然とした態度はどこへやら、五百祢々子は焦りながら喚く。おかしなもので、その辺りはアーシュ・チュエーカそのものだ。

 確かに「あの女」だけれども、確かに「あの女」でもない五百祢々子。

 平静と泰然さを保ちながらも、薫子は戸惑っていた。薫子は現在、とてつもなく複雑な心境だった。

 ――かつての敵対者に、命を奪われた原因たる人物にいきなり謝れたのだから。しかも嫌って無視すると決めた当人から。

 当初、薫子は五百祢々子が「生前のまま」ならば「徹底的に関わらない」と決めた。結果は黒と判断したからこそ、先日はお巡りさんに補導されるように持っていったのだ。

 けれども、いまの五百祢々子はどうか。

 生前のように喚くし、空気を読まないし、相手の都合など考えずに突撃する辺りは全く成長していない。

 同時に、生前らしくもなく「まともな思考」をして「謝罪をする」ことができるようだ。あの生前からは想像すら出来ない進歩だ。

 アーシュ・チュエーカと来たら、「自分本位で、世界は自分を中心にまわっている」思考の持ち主であり、謝罪に至っては「する」のではなく「させる」方であり、「謝罪する、何それ美味しいの、不味いでしょ」な有り様だったから。

 薫子は、五百祢々子を「あの女」と別と考えなければならない場面に直面していた。

 レアンドラの人生を滅茶苦茶にした「あの女」を、レアンドラでもあり薫子でもある彼女は許せない。誰だって、己の命を奪った原因たる人物を簡単に許せなどは出来ないだろう。人は皆、聖人君子でも神でも仏でもないのだから。

 ――しかし、そこは普通ではない彼女のことである。

 複雑なれど、答えを出してしまった。

 きゃんきゃん吠える五百祢々子を丸無視し、学校までの道のりで答えを出した。

 ――「貴族令嬢モード」、女帝降臨の状態で。


『レアンドラ!』


 その女帝降臨の状態を見た五百祢々子は、目をかっと見開いてきゃんきゃん喚きを止め、じいっと薫子を見つめた。


「貴女に贖罪の気持ちがあるならば。協力なさい、あたくしに。協力して、その気持ちを真であるとあたくしに見せなさい」


 ――薫子は、かつての敵対者に跪け、頭を下げろといったのだ。つまり敗けを認めろと。

 まだ誰もいない無人の校門の前で、五百祢々子は目を見開いたまま固まっていた。

 その様子に、薫子は泰然と構えて堂々としていた。それはどこまでも「凛乎と名高いレアンドラ・ベルンハルデ・アウデンリート」だった。

 五百祢々子は、唾をゴクリと飲みほして口を開いた。


『それがあたしのあんたへの贖罪になるなら、やってみせるわ、あたし、あんたの駒になる』


 ――かつてアーシュ・チュエーカだった人物は、かつて貶めた相手へ頭を下げた。

 どこまでも「アーシュ・チュエーカ」らしくもなく、狂気ではなく正気の宿った眼差しで。

 決意と覚悟に満ちたその様は、どこまでも「アーシュ・チュエーカ」と正反対だった。

 それを見て、薫子は「あの頃のアーシュ・チュエーカがこのようにまともだったら」とふと考えたけれど、すぐさまその考えを振り払った。

 過去とは過ぎ去っていったもの、あの頃こうだったなんて仮定しくよくよするのは「レアンドラであり薫子である」彼女らしくないのだ。

 仮定ではなく、彼女は現在を見る。

 アーシュ・チュエーカは寂しいと過去に囚われ、前世に固執し、狂気ではなく正気を得た。

 あの女がしたことはもちろん許せはしないし、許すつもりもない。

 けれども、彼女は過去に囚われない。前世に固執しない。

 ――レアンドラ・ベルンハルデ・アウデンリートは、レアンドラ・ベルンハルデ・アウデンリートのまま、嶌川薫子として平穏な人生を歩みたいのだから。

 だから薫子は、アーシュ・チュエーカであってアーシュ・チュエーカではない五百祢々子を無視しないことに決めた。




 ――最後まで、この先ずっと、あの女を理解はできないし、許しはしないけれど。

 ……けれども。

 彼女は、いつしか五百祢々子がアーシュ・チュエーカという前世の固執から解き放たれる時が来ればいいと思った。

 もう、五百祢々子はアーシュであってアーシュではないのだから。変わったのだから。

 ……五百祢々子が変わったことに、彼女は少し寂しいと思ったのは、もちろん五百祢々子には内緒である。


もと腹黒ヒロインがもと悪役令嬢の手下になりました

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