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留守番

作者: 桐島

 なんでも願いが一つかなうなら。彼女は、あたらしい主題について考える。外は暖かいと知りながら、底冷えのする部屋にいる。彼女はこの町にきたばかりで、子どもだから。ひとりきりでの外出は、許されているけれど彼女がしないことの一つ。


 なんでも願いが一つかなうなら。彼女はお金の価値をまだしらない。百万円がたまったら家を買おうと思っている、それくらいの浅はかさ。だから、彼女はお金をほしがらない。お金は、大人になれば手にできるものだと思っている。願い、というのは、自分の力のおよばないエリアにつかうものだと知っている。なんでも願いが一つかなうなら――彼女は思いつき、立ち上がる――わたしは天国がつくりたい。


 天国、というのはどういうところだろう。彼女は部屋の中を歩き回る。いいところには違いない。長い長い人生を終えて、老いた魂の召されるところ。気候は温暖、花、くだもの、やさしい天使。いい匂いがして、すばらしい音楽が聴ける。あまり魅力的に感じないのは、これが借り物のイメージだから。彼女は冷蔵庫を開けてペットボトルのお茶を取り出す。のどが渇いているときは、ジュースを飲んでもしかたがないと知っている。余計にのどが渇くだけだから。


 天国、というのはどういうところだろう。借り物ではないイメージを作らんと、彼女はちいさな頭を熱くする。仲良くなったひとみんな、同じところにいるといい。夜が来ても、引っ越しても、大人になっても、だれかが死んでも――天国だから、当然――一緒にいられる。草いきれのなかを駆け回り、恥ずかしがらず手をつなげる。前は仲が良かったのに、もう喋らなくなったあの子とも話せる。いちばん、いい関係だったときのまま。


 いま生きているところの彼女は、ひとりでいるほうが好き。それなのに、天国のことを考えるとひとといることばかり望んでいる不思議。彼女はその小さな手にあまるコップを流しに置いて、自分の部屋へ戻っていく。両親と飼い犬のいない、家の中はとてもしずか。すり足で進んでみる。厚手の靴下に、いくつもくっつく獣の毛。ほこりがたち、くしゃみがでる。あたらしいうちなのに、もう汚れ始めている!


 いま生きているところの彼女は、ひとりでいるほうが好き。それでも、どうやらひとりではやっていけないらしいことを知っている。これから天国に向かうまでずっと、うんざりするほどの人たちとやっていくのだろう。いまたいせつなのは、両親と犬、死んだおじいちゃんと生きているおばあちゃん、まえの学校のともだちくらい。覚えているから、きちんと天国に入れてあげられる。これから出会うひとたち――友達を、先生を、オットを――ひとりも漏らさずに覚えていることは、できるのだろうか。


 彼女の関心は途切れる。時計からメロディ。四時は、ドラマの再放送がある時間。まえに住んでいたうちとはチャンネルがちがうから、ひとつひとつザッピングしていかなければならない。鍵の回る音。家の中に運び込まれる声、足音、花粉。

 

 彼女の関心は途切れる。二度目のくしゃみが出て、天国のことはすっかり忘れてしまう。


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