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おとうと。

 ……今思い出しても、どれだけ独りよがりな女だよ。





 思わず苦笑を浮かべて、小さくため息をついた。

 相変わらずおにーさんは、電車のドアに凭れて外の風景を見つめている。初めて見たけど、腕の筋肉素敵ですね……じゃなくて。

 一瞬見惚れそうになって、慌てて顔を伏せた。私に、おにーさんをそんな風に見る資格はない。




 あれからおにーさんに会いそうな時間帯を避けて電車も使ったし、車両も変えた。もともと自主的に登校していただけだったから、登校日以外通わなくなれば格段に電車を使う日も減った。


 それを、寂しいと思いながら。

 悲しいと思いながら。

 今思えば、失恋した自分に酔っていた。

 あぁ、恥ずかしい。


 それでも、会えない寂しさよりも決定的な場面を突き付けられない安堵の方が、その感情を上回って。



「嫌われた、よね」



 いくらたまに会う程度だと言ったって、いきなり姿が見えなくなれば避けてるのが丸わかりだし。


 それに……










「ねーちゃん、一体なんなの?」


 おにーさんとの事があって、しばらくした後。すでに卒業式を二週間後に控えた、三月の初め。

「え、何!?」

 部屋で片づけをしていた私は、突然ドアを開けて顔を出した弟の声に驚いて顔を上げた。驚かした本人である弟は、むすっとした顔をしたまま床に広がる荷物を避けながら勉強机の前にある回転いすにどすっと腰かけた。

「ほら」

 ずいっと目の前に出されたのは、なにやら甘い匂いのする液体の入ったマグカップ。じっとそれを凝視していたら、大きなため息をつかれて掌に押し付けられた。

「ちょっ、ちょっと熱い!」

「なら、取っ手を掴めばいいだろ」

 どんくさいなぁと言いながら取っ手をこちらに向けて差し出してくる弟に何も言えず、勢いのままそれを受け取った。


「ココア?」

 中身を確認して呟くと、好きだろ、と呟く弟。

 うん、なんだろうね、これ。

 マグカップの茶色い液体と弟を交互に見ていたら、飲め、という無言の圧力に屈して一口啜った。その甘さと温かさに、ほわんとした気持ちになる。立ったままだった私は、マットレスのみのベッドに腰掛けた。

「なぁに? わざわざこれ持ってきてくれたの?」

 最近生意気だなぁと思ってたけれど、中々可愛い所もあるじゃない。


「持ってこさせられたんだよ、母親といううちの魔王から」

 ……それ聞かれたら、ランクアップするよ魔王から。

 とは、内心の声。


「で、一体何」

「へ?」


 もう一口、とマグカップに口をつけた私に、面倒くさそうに弟が問いかける。けれど、意味が解らず首を傾げた。


「何って、何が?」

 それ、私の方が聞きたいんだけど。

 首を傾げたまま聞き返す私を、弟は呆れた様に見遣った。

「高校卒業が、そんなに嫌なわけ? 大学入学が、不安なわけ?」

 矢継ぎ早に言われた言葉に、困惑は深まる。

「え、別に何もないけど。やだ、心配してるわけ?」

「あほか」

 ……一刀両断されました。即答で。


 弟は手に持っていたマグカップを一気に呷ると、あちぃと小さく呟いて顔を顰めた。

 当たり前だ。私と同じものを飲んでいるのなら、舌、火傷してるぞ。


 手の甲で口を拭うと、持っていたマグカップを机の上に置いた。それを何とはなしに目で追っていたが、振り向いた弟の顔が正面に来てその眼が少し真剣なことに気付く。ふざけるところじゃないんだと気付いて、私はマグカップを両手で包んだ。

 しかして弟の口から出てきたのは、私の感情を引きずり出すような的確な言葉だった。




「大学も受かって喜んではっちゃけるならわかるけど、なんでそんなに暗いわけ?」

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