おわり
それから、どのくらいの時間がたっただろう。
ほんの少しだったかもしれないし、長かったかもしれない。あまりの驚きに口を開いたままフリーズしているおにーさんを、私は飽くことなく見ていた。
さらさらの髪は大学生の時とは違って、少し短くなっている。
よく見ると、首もとが少し赤い。
もしかして、Yシャツの襟が擦れちゃうのかな。弟がそんな事言ってたよね、そういえば。バイトで着ているクールビズのYシャツはボタンダウンが多いから、衿が首に擦れるとか……。
少し垂れてる目尻に、ちいさな黒子。
なに、無駄に色気だしてんの。
あぁ、でも顔が可愛いからそうは見えないんだなー。
それに小っちゃいから、今まで私も気が付かなかったし。
随分肩幅大きいなー。
大学の時、何かしてたのかな。
そういえば、そんな話もしなかったな。
ホント、電車の中だけの付き合いだったんだな。
なのに、彼女になれるかもとか夢見てた自分。
どんだけ乙女ーーーっ!
「あのさ」
「へっ?」
つい色々観察していた私は、おにーさんの剣呑な声に引き戻された。慌てておにーさんの顔を見上げれば、……あれ?
「怒ってらっしゃる」
「当たり前だろう」
あ。
笑って許してはもらえなかったようです!
私は、そりゃそうか、と思わず苦笑してしまった。
「何笑ってるの」
それを見咎められて、慌てて口元を引き締めた。でも、やっぱり緩んでしまう私に、おにーさんは小さく首を傾げている。
その癖は、直ってないんだね。
へへ、と笑ってからおにーさんをもう一度見上げた。
もうね、おにーさんには嘘つかないよ。誤魔化さない。
「おにーさんと喋れること自体、もうないと思ってたから。怒られてるの分かるんだけど……それでもちょっと嬉しいなぁ……とか」
だって、もう話す事さえできないと思ってたんだもの。向けられる感情が怒りでも、私は嬉しい。むしろ、怒りだからこそ嬉しいのかもしれない。
何でもない相手には、きっと見せない一面だろうから。
いつも笑っていた、……いつも微笑んでいたおにーさん。それしか向けられることのなかった私。負の感情でも、なんでもない’私という存在’が、少しでも変わるのなら。
あれ、私Mですか?
怒られて喜んでるとか、私Mですか!
「じゃぁ、おにーさんはサド……」
「ちょっと待て。どんな脳内会話をしていた、今」
あ、一番声にしちゃいけない所を口にしたらしいよ私。それでもへらりと笑えてしまうのは、やっぱり嬉しいから。昔と同じようなやり取りに、泣きたくなるほど。
――気持ちはあの時と変わってない事に、今気が付いたから
おにーさんは少し息を吐き出して、眉間にしわを寄せた。本当に、怒らせてしまったようだ。
「ごめんなさい?」
「なぜに、疑問形」
うーん、迷いを読み取られた。
「あのね、おにーさん」
「うん?」
それでも、ちゃんと私の話を聞いてくれるおにーさんが好き。
――だから。
「あのね」
終わりの幕を引こう。