そして、おとうと。
全てを聞き終えた弟は偉そうに椅子にふんぞり返っていたけれど、カレンダーに視線を移してから自分の首もとに手を置いた。
「自分で、もう、分かってんだよな?」
言った言葉は、これだけ。
それに私が頷くと、椅子から立ち上がった。
「なら、いいんじゃね? 思った通りにするといいよ」
もっとこう……馬鹿にされるかと思ったのに、弟はそんな言葉は一言も言わず。そのまま部屋から出て行こうとする。
「え、そんだけ?」
こっちの方が呆気にとられてそう問いかけると、首を押さえていた手を外してドア枠にそれを置いた。廊下の天井を見るかのごとく少し上を向いてから、こちらに振り向いた。
「そんだけ。自分で分かってんならいいじゃん、俺が言う事なんもねぇし。俺、腹減ったし」
何でもない様にそう続けると、さっさと部屋から出て行ってしまった。
階段を下りる音と、階下にいる母親へと掛ける声。それは昼ご飯を催促する言葉だった。
ゆっくりと視線を巡らせて机に置いてある時計を見れば、すでに二時を過ぎている。休日の昼と言えど、食べるには遅い時間。そんな事を考えながら、私は自分の手元を見下ろす。
弟の、言葉は。
私にとって、厳しくもあり優しくもあった。何か……例えば文句の一つ、もしくは同調の一つでも言われれば気持ちは楽になる。
けれど何も言われなかった。弟だって、言いたい事はあっただろう。確かに、受験中私が何も言わなくても、家族は気を遣ってくれていた。
受験が終わって気を遣わなくて済むはずなのに、落ち込む私。一体なんなんだと、思っただろう。
けれどそれに対して文句を言われたんじゃない。さっき触れられたけれど、本心で言ってるわけじゃないのくらい分かる。そうやってふざける事で、私の本心を聞き出そうとしただけだ。
目を、伏せる。
それが出来るのは、相手の事をちゃんと見ているから。私が答えを出しているなんて、表面上の付き合いじゃわかるはずがない。ちゃんと私を見て、その本音を知ろうとしてくれているから。
あの時、最後に会った時。
おにーさん、何か言いたそうだった。私が帰ると言った後、何か言いたそうにしていた。
それを見ない振りして、逃げたのは私だ。私は、おにーさんをちゃんと見る事をしなかった。
聞かれないから、言われないから。
全て相手次第の、考え。
期待だけが大きくて、行動を起こさなかった。
――駄目だ、こんなんじゃ。
ちゃんと、……ちゃんと話をしないと。
どうにかしなきゃって思ってても行動を起こさなきゃ、それは何もしてない事と一緒だもの。こんな風に終わらせるなんて、私に付き合ってくれていたおにーさんに対して失礼だ。
ほわりと笑う、おにーさんの姿を思い浮かべる。それだけで、気持ちが解れていく感覚。
おにーさんに、ちゃんと、謝ろう。
既に出ていた答えを、弟の言葉で背中を押してもらえた感じ。
「おーい」
私は弟の後を追うように階下に降りると、持っていたマグカップをシンクに置いて狙いを定めた。それは、何でもない様にテレビに目を向けながらテーブルの横に立っている弟の後姿。
図体ばかりでかくなった、一つ下の弟。
「この、可愛い奴め!」
感謝をこめて、背中から抱きついてみたら。
「……今からでも、きっと成長するさ」
ぼそりと言い放たれた言葉に、背中に頭突きをかましてみました。
痛みに睨みつけられても、全く恐かないよ我が弟よ。
「照れ屋さんめ」
「……」
……頭を掴み上げられるまで、あと三秒。